16-22「説得」

《中尉、あの、提案があるのですが》

《あぁん? なんだぁ、ミーレス。攻撃前なんだ、手短に頼むぞ》


 レイチェル中尉は少し面倒くさそうだったが、それでも僕の意見を聞いてくれるつもりである様だった。

 僕はレイチェル中尉の声に少したじろいでしまったが、それでも、一度口を開いた以上は自分の意見を正直に言うことにした。


《あの敵機なのですが、鹵獲(ろかく)することはできないでしょうか? 》

《はぁ? お前、本気で言っているのか? 》

《はい。僕は、本気です。以前、地上で陸軍の近衛騎兵と一緒に行動したことがあるのですが、その時、敵の捕虜を獲得すると多くの情報が得られるのだと知りました。……あの敵機は僕らから逃げるのはとても無理でしょうし、どうやら、防御火器も機能していないようです。うまくすれば降参させられないかと。もしそうなれば、あのグランドシタデルの秘密は全て明らかにできますし、捕虜からも情報が得られるかもしれません》


 僕は自分の考えを最後まで言い切ったが、レイチェル中尉はすぐには答えなかった。


 僕は、少しの期待を持って、中尉からの反応を持った。

 無言のまま返事が返ってこないということは、中尉が僕の提案についてきちんと考えてくれているということだ。

 もしかしたら「呆れてものも言えない」方かも知れなかったが、きっと、そうだと思う。

 きっと、そうだろう。

 多分、きっと。……恐らく。


 レイチェル中尉が再び口を開いたのは、段々、僕の自信が無くなって来た時だった。


《カルロス軍曹。どう思う? 》

《敵機が簡単に降伏するとは思えませんね》


 中尉からの問いかけに、カルロス軍曹はほとんど即答した。


《撃墜してしまう方が良い様に思います。確かにあの機にはこちらに抵抗する術は残っていないと思われますが、機密を保持するために機体は自爆させて、搭乗員はパラシュートで脱出するという可能性の方が高いかと思われます。捕虜から情報を得るということなら、撃墜してしまった方が早くて確実かと》

《軍曹の言う通りだ。あたしもそうなると思う。……だが、仮に敵機が降参して、こちらに鹵獲(ろかく)された場合、得られる利益が多いのも確かだ。しかも、こっちにリスクはほとんど無いと来ている。……そういうわけで、ひとまず敵機に投降を呼びかけ、応じなかった場合に撃墜することとしたい。軍曹、意見を聞いておいてすまんが、試すだけ試してみたいと思う》

《……了解。ついて行きますよ、中尉》


 短い間をあけて、軍曹は了承した。

 意外にも常識外の選択をした中尉に、肩でもすくめているのだろう。


《というわけで、ナタリア! ちょっと、敵機に降参しないか呼びかけてみろ》

《……、ふへっ!? わ、私がデスか!? 》


 藪(やぶ)から棒に指名を受けたナタリアは、戸惑った様な声をあげた。


《そうだ。ナタリア、「国際共通語」のレッスンをつけてやったんだから、その成果を見せてみろ》

《そ、それは、確かに教えてもらいマシたが……、けど、中尉サン、私まだそんなに上手じゃないデスよ? 》

《だからいいんじゃないか。練習になるだろうが? それにな、301Aの中じゃ貴様が一番適任だ。人当たりがいいからな。軍曹はうまくできるのは分かりきっていてやらせてもつまらないし、他のひよっこどもは口下手なのばかりだからな》

《な、なら、中尉サンがやればいいのでは? 》

《あたしはな、面倒なことはやらん主義だ。何のために士官学校を出たと思っている? 》


 身も蓋(ふた)もないレイチェル中尉の返答に、ナタリアは沈黙せざるを得なかった様だった。


 そうしている間にも、僕らは損傷して逃走中のグランドシタデルを捕捉することに成功していた。

 損傷のためかやはり速度が全く出ていない。反撃もほとんどなく、慌てた様に窓から僕らのことを見上げる連邦の搭乗員たちの姿を見ることができた。


《よぉし、ナタリア! 説得開始だ! 敵が降参しないようだったらそのまま撃墜する! 》

《りょ、了解ネ、中尉サン》


 ナタリアは中尉からの指示にそう答えると、無線の周波数をマグナテラ大陸の上空を飛行する航空機すべてに通じる緊急無線の周波数に変更し、大陸のパイロットであれば誰にでも通じる国際共通語で敵機の説得を開始した。


《は、ハロー、ハロー? こちらは王立空軍機デース! そこを行く連邦軍機の皆サーン! よーく聞いてくださいネー》


 ナタリアが話す王国の言葉には彼女の母国語の影響なのか独特の訛(なま)りがあるのだが、どうやら国際共通語にもその訛(なま)りが出てしまっている様だった。

 それに、何と言うか、少し話す内容が変だ。

 少なくとも過度に敵対的に受け取られることは無いだろうが、どうにも、気が抜ける様な感じだ。


《御覧の通り、貴方たちは完全に包囲されていマース! 抵抗しても無駄デース! 降参してくだサーイ! 》


 敵機の無線機が故障でもしていない限り、ナタリアの少し緊張感のない説得は相手の搭乗員の耳へと届いているはずだったが、応答は無い。


《連邦軍の皆サーン、降参してくだサーイ! 降参しないと、攻撃しちゃいマスよー? 降参すれば、皆サンの安全は保障できマース! 》


 やはり、グランドシタデルからの応答は無かった。


《ヘイ! 中尉サン、どうしますか? まだ説得、続けますかー? 》

《もう少し続けろ。中で何か話し合っているところかもしれん。あと、もうちょっと言い方を考えてくれ》

《了解したネー! 》


 ナタリアはレイチェル中尉からの指示に操縦席の中で敬礼して答え、敵機の説得に戻って行った。

 やはり、彼女にはあまり緊張感が無いのではないかと思う。


《連邦の皆サン! 王国は良いところデスよ! 食べ物は美味しいデスし、海も空も綺麗デース! あと、私みたいにかわいい女の子もいっぱいいマースよ? 戦争なんかやめちゃいマショー? きっとその方が楽しーデース! 》


 中尉に「考えろ」と言われたからか、ナタリアは説得のしかたを変えた様だった。

 だが、中尉が「考えろ」と言ったのは、こういうことでは無いだろうと思う。


 僕には中尉の表情は見えなかったが、額に青筋を浮かべて、頬をひくつかせている中尉の顔が簡単に想像できた。

 僕はレイチェル中尉と知り合って長いからそういうことが分かるのだが、ナタリアにはそれが分からないらしい。

 彼女は、彼女なりに「考えた」説得を続ける。


《連邦軍の皆サン! 今降伏するなら、いろいろサービスしちゃいマースよ! アイスクリームは好きですカー? 私は大好きデース! 皆サンが降参してくれたら、全員分のあまーいアイスクリームを差し入れしちゃいマース! 》


 無線にはナタリア以外の声は聞こえてこなかったが、僕は戦々恐々としていた。

 ナタリアとレイチェル中尉以外の301Aの仲間たちも全員、同じ様な気持ちだっただろう。


 どうしてかは分からなかったが、はっきりと感じるのだ。

 レイチェル中尉の怒りのボルテージが、どんどん、天井知らずに上昇していくのを。


《あ、チョコレート味が好きデシたら、チョコレート味もつけちゃいマース! チョコチップ入りデース! 》


 その時、レイチェル中尉の機体から閃光が瞬(またた)き、ベルランD型に装備された5門の20ミリ機関砲が一斉に発射された。

 放たれた曳光弾の軌跡がナタリア機を包み込み、大気を切り裂いて飛びぬけていく。


 発砲は2秒ほども続いたが、それがグランドシタデルではなく、ナタリアを狙った威嚇(いかく)射撃であることは確かだった。

 この辺りが海上で、流れ弾で被害が出そうにない場所で、本当に良かったと思う。


《わっ、わヒーっ!!? ちゅ、中尉サン!? 何するデース!!! 》

《黙れ! アホみたいな説得しやがって! ナタリア、貴様は着陸したら再教育してやる! 徹底的にだ! それから、連邦軍機! 》


 レイチェル中尉はナタリアを怒鳴りつけると、その怒りの矛先を、説得を無視して飛行を続ける連邦軍機へと向けた。

 乱暴な口調の国際共通語が、無線越しに荒れ狂う。


《こっちが親切に降伏を勧めてやっているのに、応答も無しとはどういう了見だ!? こっちは貴様らの機体をバラッバラにしてやれるんだぞ!? それを、情けをかけて呼びかけてやってるんだ! 言っておくがな、こっちの武装は全部20ミリだ、1機あたり5門! 全部で35門の機関砲が貴様らを狙っているんだ! さっさと降参しやがれ! さもないと跡形(あとかた)もなく吹き飛ばしてやるからな! こっちにゃ徹甲弾も榴弾もあるんだ! 多少の装甲鈑が役に立つと思うな、アァ!? 貴様ら全員ハチの巣か、火だるまになるんだからなっ!? 》


 僕は、今すぐに機体のスロットルを全開にし、最大速力で100キロメートル以上先にまで逃げ出したいような気分だった。

 中尉が怒っているところは何度も目撃しているが、こんなに怒っているのはこれが初めてだ。


 恐らく、これで連邦軍機が降参して来なかったら、中尉は本気で敵機を跡形(あとかた)もなく吹き飛ばしてしまうつもりでいるのだろう。

 そして、その中尉の怒りの意思は、連邦軍機にもしっかりと伝わった様だった。


 グランドシタデルの離着陸用の車輪が展開される。

 僕らに投降するという意思表示だ。


《分かった、分かった! 我々は降参する! だから、攻撃しないでくれ! 》


 中尉の説得のしかたはあまり穏便なものでは無かったが、しかし、最終的には最も平和的な結果になった様だった。

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