16-21「鹵獲(ろかく)」

 グランドシタデルの迎撃を終えた僕らは、すぐには飛行場へと帰還しなかった。

 敵機の目標は新工場だと判明しているが、僕らの基地、クレール第2飛行場は新工場と隣接した位置にある飛行場だ。

 敵機が急に目標を変えて飛行場を攻撃したり、そうでなくても、流れ弾などが基地へと降り注いだりすることは十分に考えられる。それに巻き込まれる様なことは避けたかった。


 それに、できればもう一撃、という願望が僕らの中にあった。

 誰もそれを口にはしないが、間違いなく心の中ではそう思っているはずだ。


 僕らは、確実に戦果をあげた。

 その上、全機が健在で、おそらくは簡単な修理だけで次の作戦にもすぐ出撃することができるだろう。


 高高度を高速で突入して来る敵機を迎撃するという困難な任務に対して、これは十分な成果だった。


 だが、ほとんどの敵機は、無傷のまま取り逃すことになった。

 それが、僕らが保有する機材や、様々な条件の下で、僕たちパイロットの技量がどれだけ優れていようとも、そうならざるを得ないということであっても。

 僕らはみんな、後ろ髪を引かれる様な気持ちがある。


 だが、もう一度高度10000メートルまで上昇したところで、それまでの間に敵機の爆撃は完了してしまっているだろうし、爆弾を投下して軽くなった敵機が全力で逃げ出すのに追いつくことは不可能だ。

 何故なら、王国の燃料事情のせいで僕らの機体が全力を発揮できるのは30分程度しかなく、全力発揮のために必要な水メタノールのタンクはすでにほとんど空になってしまっているからだ。


 これでは、例え運よく敵機と再び会敵することができても、敵機に追いつくことは難しい。

 それが分かっているから、僕らは誰も、再び敵機を攻撃しようとは口にしない。


 僕らは確かに戦果をあげたはずだったが、虚(むな)しい気持ちだった。


 敵機の撤退が確認され、飛行場の安全が確保するまでの間、僕らは同じ空域をぐるぐると旋回(せんかい)しながら待機することしかできなかった。

 今回の迎撃戦では、王立空軍は持てる全ての戦闘機を迎撃に発進させた。僕らの後からもいくつもの飛行隊が敵機を攻撃したはずで、僕は、それができるだけ多くの効果を上げてくれたことを願い続けている。


 できれば、敵機が友軍機からの迎撃の激しさに驚いて、爆弾を目標に投下する前に退却してくれていればいいのだが。

 連邦が目標としている新工場では、僕の母さんが働いているのだ。

 母さんも、母さんと一緒に働いている人々にも、誰一人として傷ついてほしくはない。


 戦争という状況の中で、それは贅沢(ぜいたく)な願いだとは分かっている。

 分かってはいても、祈らずにはいられない。


 僕らが黙々と、言葉少なに待ち続けている間、空からはいろいろなものが降って来た。

 それは、敵機の破片であったり、撃墜された敵機そのものであったりした。


 味方機の迎撃は、うまく行っている様だった。

 これまでは敵機の侵入を探知してから爆撃が実施されるまでの猶予(ゆうよ)時間が足りず、高高度にまで到達して敵機と会敵することさえできないという状況が続いていたが、王国がなりふり構わず対空監視網を前進させたおかげで今回は迎撃に十分な時間を確保できている。


 連邦の攻撃目標に最も近いクレール第2飛行場からだけではなく、旧オリヴィエ王国を構成していた島嶼(とうしょ)に点在するいくつもの飛行場や、タシチェルヌ市周辺の飛行場群からも迎撃機が出撃し、グランドシタデルを迎え撃つことに成功した様だった。


 その中には、敵機からの防御射撃を受けて撃墜されてしまった味方機の姿もある。

あの強力な防御火力を前に、僕らが一方的に損害を与えることはできないことだ。

 味方機が墜ちていく様には心が痛むが、戦う以上は、避けて通れないことだと納得するしかない。


 僕にとって救いだったのは、空には戦いの残骸だけではなく、多くのパラシュートの姿を見ることができたことだった。

 敵も、味方も、数えられただけで優に2ケタはある数のパラシュートが、空に開いているのを確認することができた。

 それは、ほんの少しだけだが僕の心の痛みを和らげてくれる光景だ。


 僕はいつの間にか誰かを殺(あや)めることに抵抗を無くしてしまっていたが、自分がそうなっていると気がついて以来、少しでも多くの命が助かればいいと願う様になっていた。

 戦う以上は誰かが傷つき、誰かが命を失う。それが戦闘という行為に伴(ともな)う結果であり、その戦闘に関わる1人の人間として「死者が少なくなればいい」と思うことは矛盾でしかないということは分かっている。


 だが、王国にとってはそもそも、この戦争は何の益も無い不毛なものでしかない。

 そんなことのために、失わなくても済む命が失われるのは、つまらないことだと思う。


 戦場において、敵と仲間のどちらを取るかと言えば仲間を取るし、相手と自分のどちらを取るかと言えば自分を取る。

 僕は1人の戦闘機パイロットに過ぎず、常に敵の命のことまで心配して戦うことなど、とてもできっこない。

 それでも、避けられることであるなら、避けたいと思う。


《ヘイ、中尉サン! あれ、まだ生きている機体じゃありませんカ? 》


 いくつも連なって降下して行く連邦軍のパラシュートを目で追っていた僕は、唐突に耳に届いたナタリアからの無線で、視線を彼女の機体の方へと向けた。


《おいコラ、ナタリア。報告は正確にしろ。あれって、何だ? どこにいる? 》

《あ、ハイ、えっとデスね、8時の方向、雲のすぐ真下辺りデス》


 言われた方向を見上げると、そこには、1機のグランドシタデルの姿があった。

 右の主翼から煙を引いているが、左側の主翼に装備された2基のエンジンはまだ正常に動作している様で、プロペラが元気に回っているのが確認できる。


 その機は、王立空軍機からの迎撃を受けたか、対空砲火を受けたかして損傷し、本体から離れて離脱中の機体である様だった。

 針路はおおよそ南西の方角へと向けられている。あのまま基地へと帰還するつもりである様だった。


《中尉。撃墜しましょう。あの様子なら、今の僕らでも十分に追いつくことができます》


 真っ先にそう言ったのは、カルロス軍曹だ。


 軍曹の言うことはもっともなことだし、当然のことだっただろう。

 あのグランドシタデルは大きく損傷を負っているが、操縦はできているらしく、パイロットは自軍の基地へと帰還を目指している様子だった。

 彼らが無事に基地へと帰還できるとは限らなかったが、それでも、仮に帰還に成功してしまえば僕らにとっては都合が悪い。

 機体が修理可能な状態であれば、次の出撃で王国に爆弾を投下しようとする敵機が1機増えてしまうことになるし、そうでなくても、搭乗員たちが連邦の側に戻ることができてしまえば、別の機体に乗り換えて飛んで来るだろう。


 撃墜できるのなら、してしまった方がいいと考えるのが当然だ。


《そうだな……、どうせ弾薬には余裕がある。よし、301A各機、あの機を撃墜する。全機、続け! 》


 レイチェル中尉はすぐにカルロス軍曹の意見を採用し、機首を敵機の方へと向けた。

 僕らも、その後に続く。


 エンジンの全力運転はできないが、その状態であってもベルランD型は600キロ前後の速度は十分に発揮することができる。

 敵機のエンジンは半分が止まっており、速度はあまり出ないはずだ。これなら、十分に追いつくことができるだろう。


 損傷を受けて退避中であった敵機は、降下した先に僕らがいるとは想像もしていなかったことだろう。

 僕らの接近に気がついて逃げようとした様だったが、片翼の側のエンジンだけが無事であるためにバランスを取るのが難しいようで、もたもたとしている感じだ。


 機体のあちこちには、無数の被弾痕があった。

 王立空軍機からの激しい迎撃を受けたのだろう。防御射撃を行うための銃塔もほとんどが破壊されている様子で、無事なのは機首の側にあるものだけの様だった。


 敵機は、弱っている。

 攻撃して撃墜することは簡単なことだろう。


 だが、そう思った時、僕の心の中に「ちょっと待て」と疑問が浮かんだ。

 それは、敵機の搭乗員たちに対して、憐(あわ)れみとか、情けをかけようとか思ったわけでは無い。


 少し前に不時着した時、地上で知り合った近衛騎兵たちが戦場で敵の兵士を捕虜として、貴重な様々な情報を入手していたことを思い出したからだ。


 今、手負いの敵機は僕らから逃げることができず、銃塔もほとんど破壊されていて反撃することもできない。

 もしかすると、鹵獲(ろかく)することができるのではないか?


 僕らに抵抗できない敵機を捕らえ、王立軍の基地へと連行して着陸させれば、搭乗員を捕虜とすることができるし、その上、機体まで手に入る。

 グランドシタデルの全てが、明らかになる。


 そう持った僕は、無線のスイッチを入れていた。

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