16-16「阻止せよ」
グランドシタデルは、連邦が宣言した通り、僕らの頭上へとやって来た。
その最初の攻撃はほとんどが命中せず、被害は軽微なものに終わったが、それでもこれから始まる戦いが王国にとって苦しく、失うものが多くなるだろうということを想像させるには十分なものだった。
僕らは爆撃が実施されるまでに高度10000メートルに到達することができず、グランドシタデルを迎撃することができなかったが、予(あらかじ)め空中で待機していた戦闘機部隊は戦果をあげることができた。
それでも、グランドシタデルの大半は爆弾の投下に成功し、僕らはとても、「敵の攻撃を防いだ」と言える状況では無かった。
迎撃の戦果が十分なものでは無かった第1の理由は、飛来したグランドシタデルに対し、交戦することができた王立空軍の戦闘機が、あまりに少ないことだった。
ベルランD型を装備した戦闘機部隊によってグランドシタデルが撃墜可能であることは確認することができたが、敵機が50機以上の編隊を組んで襲来したのに対し、こちらは10機にも満たない数でしか迎撃を実施できなかった。
これでは、敵機による爆撃を阻止することなど不可能だ。
加えて、グランドシタデルの高性能だ。
迎撃に成功した戦闘機部隊が一撃を実施できただけで再攻撃を加えることができず、敵機に振り切られてしまったことから、高度10000メートルという高空でグランドシタデルは時速600キロメートル以上の高速を発揮していると考えるしかない。
王立軍にはこのレベルの飛行性能を持った双発以上の機体は、存在し無い。
従来のものよりも高高度での性能が高いグレナディエM31エンジンを装備したベルランD型であれば同等以上の高速を発揮することが可能だった。だが、それでも燃料事情のためにエンジンの全力運転時間が限られてしまっていることもあって、今後も迎撃に成功したとしても攻撃を加えることができる機会は小さくなってしまうだろう。
その上、グランドシタデルは、どんなに少なく見積もっても2トン以上の爆弾の搭載量がある。
しかも、繰り返しになるがそれは「少なくとも」という値だ。
王国の南西に遥か彼方、海を隔てた先の島から飛んで来るということを考慮すると、飛来してきたグランドシタデルはその最大搭載量の爆弾を運んで来たとは考えにくい。
恐らく、グランドシタデルの爆装能力は、2トンや3トンではなく、その倍以上もあるはずだ。
僕は、戦慄(せんりつ)するしか無かった。
連邦は、僕らの想像を遥(はる)かに超えた爆撃機を前線へと投入してきたのだ。
恐るべき性能を誇るグランドシタデルによる攻撃は、数日間の間を置いて断続的に続けられていた。
毎日飛来して来ないのには、何か理由があるのだろう。
往復で6000キロメートルを超える長距離の侵攻作戦を行うにはそれなりの下準備が必要であっただろうし、天候などによっても作戦の実施は左右されるはずだ。
加えて、「いつ来るか分からない」状態とすることで、僕らに心理的な圧迫を与え、物心共に消耗(しょうもう)させようとしているのかも知れなかった。
王立空軍は、満足のいく迎撃を実施できていない。
最初の空襲の時と同じく、戦闘空中哨戒を実施していた戦闘機部隊による迎撃は行われていた。
だが、それはせいぜい1個中隊程度の兵力でしかなく、グランドシタデルの侵入を阻止するには不足だ。
王立空軍は1回の迎撃に参加できる戦闘機を少しでも増やそうと、暖機運転の短縮を規定に盛り込んだり、緊急発進用に燃料や弾薬の搭載量を減少させ軽量化し、上昇力を改善させた戦闘機部隊などを準備したりしたが、なかなか効果はあがらなかった。
グランドシタデルの侵入を探知してから、敵機の攻撃目標到達までの時間的な余裕がどうしても足りないのだ。
高高度を高速で侵入して来るグランドシタデルを王国の対空監視網が察知してから迎撃の戦闘機が飛行し、敵機と交戦するまでには、運用を工夫して見ても1時間以上はどうしてもかかってしまう。
王国の対空監視網がグランドシタデルの侵入を探知してからクレール市やタシチェルヌ市の上空に到達するまでの時間は現状でちょうど1時間程で、もっともっと遠くでグランドシタデルの侵入を探知できる様にならないと問題の解決はできなかった。
しかも、厄介なことに、グランドシタデルは来襲する度にその機数を増して行った。
最初の攻撃は50機を少し超える程度だったが、数日後に実施された攻撃では60機に迫り、そのさらに数日後の攻撃では70機近くになっていた。
王立空軍は消耗(しょうもう)覚悟で戦闘空中哨戒に戦闘機を飛行させ続けていたから、侵入してきた敵機への迎撃が皆無という戦いは無かった。
ベルランD型は、十分な攻撃力を持っていた。迎撃に成功する度に数機のグランドシタデルを撃墜ないし撃破することに成功しており、ただ一方的に爆撃される様な事態は許していない。
だが、僕らがグランドシタデルを撃墜するペースよりも、連邦がその損失を補充し、増強するペースの方がずっと早い。
このまま行けば連邦による攻撃はさらに大規模なものとなり、王国が受ける被害が増大していくことは、誰の目にも明らかなことだった。
時間が経てばたつほど、僕らは不利になる。
グランドシタデルはその数を増しており、これまでの経験の蓄積(ちくせき)から、爆撃の精度も高くなってきている。
連邦の爆撃は、高高度からであることと、王国の気象データの正確なものを持っていないことから不正確なものだった。
だが、爆撃の度に攻撃の精度は着実に向上し、3回目の爆撃が実施された時、とうとう王国の側に少なくない被害が出ることになった。
グランドシタデルから投下された爆弾の一部が新工場へと命中し、そこで働いていた人々に200名以上の死傷者が発生し、工場自体の稼働も一時停止するという事態が起こったのだ。
僕は、心臓が止まる様な思いだった。
新工場では、僕の母さんが働いているのだ。
後日、アリシアから母さんが無事であったと教えてくれたから安心することができたが、もし違う結果になっていたら、僕は平静さを保っていられなかっただろう。
そして、新工場が被害を受けたのは、偶然では無い。
新工場こそが、連邦の攻撃目標となっている様だった。
僕は最初、連邦はクレール第2飛行場を破壊するために爆撃を実施しているのだと考えていたのだが、グランドシタデルによる爆撃は回数を追うごとに新工場の敷地へと接近し、ついには直撃するのに至った。
新工場は、第4次大陸戦争が始まり、「現代の戦争とは航空機の大量消費を伴う」と学習した王国が、自国の防衛に必要な軍用機を十分に供給できるようにするために多くの力を注いで作り上げた貴重な設備だ。
最新の生産設備やシステムが投入された新工場は期待されていた役割を十分に果たし、開戦後短期間で本格的に稼働し、前線へと必要な軍用機を送り出し続けて来た。
新工場があるからこそ、王国は戦い続けることができたのだ。
連邦はそのことをよく理解しているらしい。
新工場が王国の屋台骨であると同時に、アキレス腱となっていることを知った連邦は、全力でそれを潰しに来ている。
もし、新工場が失われるか、その機能の大半を失う様なことになるとしたら。
王国はその意思によらず、連邦に屈する他は無くなってしまうだろう。
それで戦争が終わるのなら、それでもいいのかもしれない。
だが、王国が抵抗を止めたところで、連邦と帝国との間で戦われている戦争までが終結するわけでは無い。
王国の全土が連邦と帝国による戦争の渦中に引き込まれ、戦火に焼き尽くされて、かつての平和だった頃の王国の姿は少しも残らない。
そんな未来が、王国を待っている。
そんなことは、何としてでも阻止しなければならなかった。
連邦が投入してきた新型爆撃機である、グランドシタデル。
その侵入に対して十分な反撃を実施するために、王立軍は大胆な手法を取った。
迎撃の実施に関して、最大の障害となっているのは、グランドシタデルの侵入を察知できる時間が遅すぎる、ということだった。
この点を改善するために、王立軍では対空監視網の前進を図った。
これまでの攻撃から、グランドシタデルが王国の南西から飛来し、王国南部の島嶼(とうしょ)伝いに飛行してクレール市の新工場にやって来ているということが分かっている。
つまり、王国南部の島嶼(とうしょ)部で、南西の方向に最も近い場所に防空レーダーを設置できれば、王国の対空監視網はこれまでより早期に敵機の侵入を探知できる様になる。
そうなれば、王立空軍による迎撃はずっと効果的なものになるはずだった。
だが、レーダー施設の建設には多くの資材と時間が必要だった。
王国には、それを用意する時間がない。
そこで、王国は既存のレーダー設備をまるまる移動させてしまうということを考えついた。
既存のレーダーというのは、王立海軍に所属する軍艦に設置されている、艦載型のレーダーのことだ。王立軍は王立海軍に所属する軍艦の内でレーダーを装備した1隻を王国の最も南西に近い島に移動させ、その場に座礁(ざしょう)させて固定し、即席の防空レーダーとして運用することを決定して、すぐさま実行に移した。
艦載型のレーダーは、陸上に設置するものよりも小型としなければならず、探知能力に劣る面があった。
王国で用いられている陸上設置型の防空レーダーの探知距離がおおよそ300キロメートルであるのに対し、艦載型の防空レーダーは150キロメートル程度の探知距離しかない。
それでも、他に手段が無かった。
このなりふり構わない作戦のために選ばれた軍艦は、僕が以前、クレール市を観光していた時に目にしたあの巨大な戦艦だった。
「ロイ・シャルルⅧ」という、前国王の名を艦名に持つその戦艦は港を出港すると、敵から発見されることを避けるため夜間に航行を続け、王国で最も南西にある島へと到達すると島の中の入り江へと進入し、そこで自ら注水を行って着底した。
こうして、即席だが王国はその対空監視網を前進させることに成功し、グランドシタデルの侵入を探知してから攻撃目標到達までの猶予(ゆうよ)を1時間30分程度にまで増やすことができた。
僕らは、できる限りのことをした。
後は、グランドシタデルが再び僕らの頭上にその姿を現すのを待つだけだ。
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