16-15「爆撃」

 遥かな眼下に、美しい海と、島々が浮かんでいる。

 それは、僕が生まれて初めて目にしたばかりの、夢にまで見た様な場所だった。


 そこには、僕らが今の家としているクレール第2飛行場があり、僕の母さんが働いている新工場があり、そして、多くの人々が開戦前の平穏さを残したままで暮らしている街並みがある。


 かつての僕が、写真や絵でしか見ることができなかった世界。

 パイロットになった僕にとってそれはもはや空想の産物ではなく、僕の目の前にある現実だった。

 いつか見てみたいと僕が憧(あこが)れた景色は僕の手の届くところにあり、そして、その中で、多くの人々が息づいている。


 グランドシタデルから投下された爆弾は、ゆっくりと落ちて行った。

 多くの人々が生きている、その場所に。


 僕は、その光景から目を離すことができなかった。


 全てが、スローモーションに見えていた。

 だが、着実に時間は進んでいった。


 爆弾は豆粒のようになり、砂粒のようになり、やがて、地上へと至って炸裂した。

 爆発の焔が連続的に生まれ、美しい絵画の上に乱暴に絵の具を叩きつけた様に爆発の白い煙が眼下に広がっていく。

 

《くそっ! 各機、アイツ等を逃がすな! 1機でもいいから落とせ! 》


 僕の意識は、レイチェル中尉の叫び声で、自身の任務へと引き戻される。


 そうだ。1機でもいいから、あの敵機を落とすんだ!

 僕らはベルランのエンジン出力を限界まで振り絞り、グランドシタデルを追った。


 だが、僕らは彼らに追いつくことができなかった。

 爆弾の投下を完了し、爆弾倉を閉じたグランドシタデルは重荷が無くなったこともあってさらに加速し、僕らを振り切って行った。


 グランドシタデルと僕らとの間の距離は、実際には少しずつ縮まっていた。

 だが、夜間飛行中にグランドシタデルと遭遇した時と同じだ。追いつくことがどうしてもできない。


 僕らが同高度であれば、十分にグランドシタデルに追いつくことだってできただろう。

 ほんの少し。

 あと、ほんの少しが足りていなかった。


 僕らはグランドシタデルを必死になって追跡した。

 それでも、結局は追跡を諦めなければならなかった。


 エンジンに最大出力を発揮させるための水メタノールが底をついてしまったからだ。

 僕らは少しでも早く高空へと到達するために、エンジンを酷使してきた。そんな状態でさらにエンジンを酷使すれば、エンジンはオーバーヒートし、最悪の場合は機体を失ってしまうことになる。


 僕らは、虚(むな)しく引き返すことしかできなかった。


 基地へと帰還するため、高度を下げている間、僕らは無口だった。

 一体、何を話せばいいというのだろう?

 僕らは出撃したのにも関わらず敵機を攻撃することができなかった上に、目の前で爆弾の投下を許してしまったのだ。


 僕らが、もう少し早く離陸できていたら。

 機体に使われている燃料が高品質の100オクタン燃料で、水メタノール噴射装置に頼らずともエンジンを全力で運転できていたら。


 僕らは、うまくやった。

 自分たちにできる範囲のことは全て、望みうる限り素早く実施した。


 それでも、僕らはあの敵機に追いつくことができない。

 あの、銀翼の巨人機に。


 僕らは、自分たちの手の届かないところで、連邦に負けてしまっているのだ。

 僕は悔しかった。

 悔しかったが、その怒りの矛先をどこに向ければいいのか、少しも分からない。


 ただ、自分はこれほどまでに無力なのかと、思い知らされるばかりだった。


 着陸のために地上の管制官やハットン中佐と連絡を取り合っているレイチェル中尉の声は一見すると平静なものに思えたが、内心では僕と同じ様に悔しさを感じていたのだろう。


「このっ! 」


 着陸を終え、機体の操縦席から外に出るなり、手袋を地面へと叩きつけたその時の中尉の表情を、僕は忘れることは無いだろう。


 僕らは敵機の迎撃に失敗し、虚(むな)しく帰還するしか無かったが、幸いなことにこの日の攻撃で大きな被害が出ることは無かった。

 いや、数名の負傷者が出ているのだから、喜ぶわけにはいかないのだが。


 グランドシタデルの編隊から投下された爆弾は、以前、1機だけ飛来して爆弾を投下して行った時と同じように、クレール第2飛行場の外れ、前回よりも新工場にやや近い空き地へと落下した。

 そして、そのおよそ半数は、風に流されたのか海へと落下した。


 負傷者はたまたま付近で操業していた漁船の乗組員たちで、直撃は受けなかったものの爆弾が爆発した衝撃で生まれた波で船が転覆し、海へと投げ出されてしまったということだった。


 これは、敵機の爆撃の狙いが甘いということでは無かった。

 高高度から爆弾を投下したため、風によって爆弾が流される量が大きく、その計算が十分にできていなかったため目標を外したということだ。

 恐らくだが、クレール市周辺の気象データをあまり豊富には持っていないのだろう。


 グランドシタデルの大半が無事に帰還して行ったから、今回の爆撃のデータは連邦の側にすっかり渡ってしまっているだろう。

 恐らく次回以降の攻撃では爆撃の精度が向上し、こんな軽微な被害では済まなくなるはずだった。

 先行きは暗いものだと言わざるを得ない。


 だが、今回のグランドシタデルの攻撃で、王立軍の側に全く収穫が無いわけでは無かった。


 予(あらかじ)め戦闘空中哨戒を実施しており、僕らに先行して攻撃をしかけた戦闘機部隊が、グランドシタデルの撃墜に成功していたからだ。


 その飛行隊は僕らと同じくベルランD型を装備する戦闘機部隊で、出撃した機数は10機。その内1機が機体のトラブルで哨戒中に引き返したから、残りの9機でグランドシタデルの迎撃が行われた。


 9機はセオリー通り、グランドシタデルの後方から攻撃をしかけ、撃墜1機、撃破2機、撃退2機を報告している。

 僕らが遭遇した時、最初の報告よりもグランドシタデルの機数が少なかったのは、彼らが迎撃に成功していたためであったらしい。


 その隊の報告によると、ベルランD型が装備する5門の20ミリ機関砲の威力であれば、グランドシタデルであろうとも撃墜することは十分可能だということだった。

 これは、僕らにとっては朗報だ。少なくとも、僕らが持っている手持ちの武器が通用する相手だとはっきりしたからだ。


 戦いに持ち込むことができれば、倒すことはできる。

 戦いに持ち込むこと自体が困難なことだということは今日の出撃で骨身に染みたが、それでも、倒すことができると分かったのは心強かった。


 だが、同時に、グランドシタデルの性能の高さもはっきりとした。


 20ミリ機関砲5門の火力があれば通常の双発機程度の敵機であれば1撃で粉砕できるはずだったが、グランドシタデルはその巨体にふさわしく高い防御力をも兼ね備えているらしく、複数の命中弾を与えないと撃墜はできないということだった。

 また、ベルランD型の火力は十分だが、反動は大きく、空気の薄い高高度では射撃時に機体の姿勢が崩れやすく注意が必要になるとのことだ。


 しかも、グランドシタデルは高高度でも高速飛行ができるために、迎撃に成功した隊は反復攻撃を加えることができず、僕らと同じ様に水メタノールが底をついたためもあって追撃を諦めざるを得ない状況になってしまった。


 僕が少し不思議に思ったのは、グランドシタデルからの防御砲火は、濃密だが精度が低いと報告されている点だった。


 被弾痕から、グランドシタデルが装備している防御火器は12.7ミリ機関砲以上の火器であり、機体に配置されている箇所が適切であるために死角が少なく、しかも配備門数が多く編隊飛行して火力を集中してくるため、接近を躊躇(ちゅうちょ)するほどの反撃が飛んで来るということだった。


 だが、迎撃に成功した部隊では、こちらの動きに対して狙いをうまく取れていないのではないかとの印象を持ったそうだ。

 特にそれは敵機に接近した時に顕著で、懐に飛び込みさえすれば攻撃は容易だ、という報告がなされている。


 連邦が誇る新鋭機であるらしく防御火力は優秀な様だったが、命中精度が低いのではあまり意味が無くなってしまう。

 果たして、連邦がその威信をかけて投入してきた新鋭機に、そんな欠点が本当にあるのだろうか?


 もしかすると新鋭機故の欠陥があるのかもしれないが、とにかく、グランドシタデルを迎撃しなければならない僕らにとってはつけ入る隙があるという部分だけが重要なもので、あまり詮索する必要は無いだろう。


 いずれにしろ、グランドシタデルが、僕らが危惧(きぐ)した通りの強敵であることは間違いない様だった。


 そして、僕らはこれから、そんな敵を相手に戦っていくことになるのだ。


※作者注

B29の防御火器は無人化された動力銃塔で、照準は遠隔照準で行っていました。

この無人化された銃塔を採用したことでB29の銃塔は従来のものよりもスマートで、その高速の発揮に貢献していたそうです

その一方で、遠隔照準のために、実際に弾丸が発射される位置と照準をする位置とでは視差が生じ、目標の見え方が違うという問題があり、B29を攻撃しようとする戦闘機が懐まで接近すると修正が間に合わず命中率が悪化するという話があり、今回作中に取り入れてみました

実際、B29と交戦した日本の戦闘機部隊からは、「被弾したのは1、2発しかない(防御火器の命中率が低い)」という内容の報告があがったこともある様です

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