16-8「新工場」

 僕は残りの休暇をクレール市の観光に費や予定でいたのだが、アリシアによると、僕の母さんがすぐ近くに居る。

 会いに行っておくべきだと思った。


 それに、母さんが新工場でどんな風に飛行機を作っているのかがとても気になっていた。

 母さんが最新の機械の塊であるはずの飛行機をどう作っているのかは相変わらず想像もつかなかったし、新工場では僕らが乗っているベルランD型を生産している。

 自分たちが命を預けている機体がどんな風に生み出されているのかについても、興味がある。


 翌朝、目を覚ました僕は、基地の隣の新工場へ外出するための許可を朝イチで申請しに向かった。

 こういった外出許可についてはいろいろ面倒な手続きがあり、それも最低でも前々日にはしておかなければならないのが当たり前だった。だが、僕は元々この日にクレール市への観光を予定していたから、基地の外へ出る許可自体はすでに持っている。

 その行き先を少し変えるだけだったから、当日でもどうにか対応してもらえないかと思っていた。


 外出許可の申請を処理する事務の担当官は、新工場を見学したいという僕の話を聞いて、最初はとても怪訝(けげん)そうな顔をしていた。

 クレール市に外出したいという話なら頻繁(ひんぱん)に聞くが、新工場を見学したいと言い出したのは僕が初めてなのだそうだ。


 だが、僕が事情を話すと、担当官は一応、急な外出先の変更を受けつけてくれる様だった。

 担当官は気難しい顔でどこかへ問い合わせをし、本当に僕の母さんが新工場で働いているかについて確認をした。そうやって僕が虚偽の説明をしていないことを確かめた後、母親に会うためであればと、特別に外出許可の変更を受けつけてくれた。


 その担当官は親切なことに、新工場の側にも僕が母親に会いに行くことを伝えてくれるということだった。

 これなら、確実に母さんと会うことができるだろう。


 僕は担当官に感謝を述べると、外出の準備を整えるために一度部屋へと戻り、用意を済ませてから新工場へと向かった。


 新工場こと、王立クレール市航空工廠(しこうくうこうしょう)は、クレール第2飛行場と同じくらいの広さの敷地を持っている。

 機体と航空機用のエンジンの両方を生産し、組み立てて1機の飛行機にすることができる能力を備えた新工場は王国が戦時下にある現在、昼夜を問わず稼働を続けており、だだっ広い敷地の中では多くの人や車両が動き回っていた。


 将来的な航空輸送の増大に伴う航空機の需要増に対応するためと、戦時における軍用機の大量生産に備えるために建設された新工場は、本格的な稼働を開始してから半年と少ししか経っていない真新しい施設だ。

 航空機の生産ラインが納められた大きな長方形の建物が建ち並んでいる。採光のための窓が高い位置にたくさん作られ、周囲に植樹されて緑の木々に囲まれたそれらの建物には、工場と言って思い浮かべる様な汚れたイメージは無い。どこも清潔で、これまでとは違う新しい時代の工場という印象がある。


 飛行機という複雑な機械を生産しているためか、材料や部品の製造から保管、組み立てまでが全て屋内で行われる様になっていて、材料や部品の保管倉庫、エンジンと機体の製造工場、機体とエンジンを組み合わせて1機の飛行機にしていく工場、そして完成した機体を一時的に保管しておくための倉庫と、生産に関わる施設が流れ作業で連結して稼働するように建物の配置が工夫されている。

 そして、完成機を保管する倉庫からはクレール第2飛行場の滑走路へ向かって誘導路がのびており、工場で完成した機体はそこから直接飛び立って、王国のどこへでも向かえる様にされていた。


 新工場で必要とされる材料や部品は、王国で一番の港湾都市であり、重要な工業地域でもあるタシチェルヌ市から供給されている。

 タシチェルヌ市で製造された材料や部品は船で運ばれ、新工場に併設する様に建設された専用の港から直接搬入される仕組みだ。また、自力で空輸する以外の方法で機体を運び出す際には、完成機をもう一度分解してコンテナに詰め込み、ここから運び出されることになっている。


 工場の生産ラインは三交代制で昼夜を問わずに稼働を続けており、僕らがエメロードⅡの後に乗ったベルランB型も、そして今乗っているベルランD型も全てこの工場で生産されたものだった。


 僕が工場の敷地の入り口の警備所で訪問の目的を告げると、外出許可の担当官から連絡を受けていた警備員は僕に施設を簡単に案内してくれ、僕にどこへ向かえばいいのかを教えてくれた。


 新工場は、活気にあふれていた。

 この戦争を戦い抜くために王国は1機でも多くの軍用機を必要としており、新工場は忙しく働き続けている。

 敷地内のあちこちから、人の声や、工作機械で作業をする音、生産に必要な資材などを運搬する車両の音が聞こえてくる。

 僕の母さんは、その新工場の中で、機体を生産する工程で働いているということだった。


 大きな工場だったので母さんの職場まで歩いて行くのにはちょっと時間がかかったが、活気のある工場の様子は見ていて飽きない。

 しかし、工場の敷地内には、効率的で安全な操業(そうぎょう)のためにいろいろなルールがあるらしく、僕は一度呼び止められて注意をされてしまった。

 目新しいものがあって少し目移りしてしまい、僕は少しふらふらと歩いていたから、怒られてしまったのも仕方の無いことだっただろう。


 そういうちょっとした事件もあったが、僕はようやく、母さんの職場までたどり着いた。

 本当に、この工場の敷地は広い。

 僕が建物の入り口で警備をしていた兵士に身分証を提示して訪問の目的を伝えると、事前の連絡がきちんと届いていたのかあっさりと中に入ることができた。


 建物の中に入り、工員たち用の様々な施設が並んでいる廊下を抜けると、そこには、息をのむ様な光景が広がっていた。


 僕の目の前に、数えきれないほどたくさんの機体が並んでいる。

 製造途中でまだエンジンの装備がされていない首なしの機体だったが、全て新型のベルランD型だ。

 まだ塗装もされていないから、ジュラルミンと呼ばれるアルミニウム合金の地肌が剥(む)き出しになっている。

 まだ飛行機として完成していないものばかりだったが、天窓から差し込む光を浴びて銀色に輝く機体が整然と並んでいる様子は、それだけでも壮観だ。


 僕から見て手前側に並んでいる機体は、機体としての製造が完了し、後はエンジンや武装などを施して最終的な組み立てを行う工程に回されるのを待っている機体ばかりで、その奥の側にはまだ作りかけの、骨組みが見える機体も並んでいる。


 どうやら、ベルランの機体の製造工程は、前後に分けられた胴体部分、主翼の部分、垂直尾翼や水平尾翼をそれぞれ別にまず作って、それからそれらを合体させ、飛行機らしい形に作り上げていくというものであるらしかった。

 飛行機としてほとんど組みあがっているものの向こう側には、でき上った部品を組み立て中の機体があり、そのさらに向こうには、それぞれの部分を作っている製造ラインが作られている。


 頭上には移動式のクレーンが何台もあって、機体の部品や、組み立ての終わった機体はそれらで簡単に運べる様になっている様だ。

 クレーンが動く時は安全のために黄色い回転灯が回る様になっているのだが、クレーンは忙しく動いているからいつも頭上で黄色い光がチカチカしている。

 完成した機体の1つが、クレーンによってひょいっと持ち上げられていった。


 ちょうど完成した機体の積み出しが始まっている様で、工場の脇に設けられた扉が開かれ、機体を運搬するためのトレーラーが入って来ている所だった。

 組み立ての終わった機体はトレーラーに乗せられ、隣にある建物へと移動し、そこでエンジンや武装などが装備され、実際に飛行して戦うことができる戦闘機として誕生することになる。


 僕は入って来るトレーラーの邪魔にならない様に移動しながら、母さんの姿を探した。

 僕の母さんは恰幅(かっぷく)の良いたくましい女性で、いつも陽気に笑っている様な人だった。

 アリシアもそうだったが、僕は母さんと何年も会っていなかった。それでも、見かければすぐに母さんだと分かるはずだ。


 だが、母さんを探すのには苦労しそうだった。

 何しろ、工場の中では数えきれないほどたくさんの人々が働いているからだ。

 しかも女性の姿が多い上に、母さんと同じ様な年齢の人ばかりだった。


 これは仕方の無いことだった。

 王国では18歳から20歳までに兵役の義務があり、その後、30歳になるまでは予備役として、戦時になれば軍隊に動員されることになっている。


 だから、こういった工場などで働く人には、どうしても30代以上の年齢の人が多くなってくる。


 それでも、軍用機を製造する工場で多くの女性が働いていることは、僕にとっては驚きだった。

 これは偏見かもしれないが、同じ工場で働くのだとしても、女性は縫製(ほうせい)工場とか、缶詰工場とか、そういう、兵器とは直接関係ない様なものを作る職場にいるものだと僕は思っていた。


 何と言うか、僕の母さんの様な人たちが、飛行機などの複雑な機械を作っている姿をどうしても想像できなかったのだ。

 特に僕の母さんは機械が苦手だったから、すっかり僕はそういう風に思い込んでしまっていた。世の中の年配の女性はみんな複雑な機械が苦手だと勝手に思ってしまっていた。


 だが、実際には違う様だった。

 僕らが乗っている機体は、誰かの母親であるかもしれない様な年齢の、多くの女性たちによって作られていたのだ。

 それも、三交代制で、昼夜関係なく作られ続けている。


 もちろん、工場で働いている人々のおよそ半数は男性だったが、「新工場」の雰囲気は僕が想像していたものよりずっと、何と言うか、汗臭くない様だ。


 やがて、工場の中に設置されたスピーカーからチャイムが聞こえて来た。

 どうやら休憩時間になったことを知らせるチャイムであったようで、働いていた工員たちは半分ずつ交代で休憩を取るために動き始める。


 新鮮な空気を吸うために工場の外へと向かったり、休憩所へ向かったりする人たちをかわしながら、僕は母さんを探して工場のさらに奥へと進んで行った。


 すると、正面から、陽気に笑い合っている一団が僕の方へと向かってきた。

 どうやら休憩所へと向かっているらしいその一団は、40代のご婦人方ばかりだった。


 そして、そのご婦人方の中にとうとう、母さんの姿を見つけることができた。

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