14-33「友軍」

 王立軍の戦車部隊は、連邦軍へ向かって砲撃し、機関銃を発射しながら僕の目の前を横切って行った。

 それらはかつて僕が演習をしているところを目撃した戦車とは違う、新型の様だ。


 無限軌道の足回りを持つ車体の上に、野戦砲と同じくらいの大きさの大砲が納められ装甲された全周旋回式の砲塔を持ち、他には機関銃などで武装している。

 僕が以前に演習しているところを見たことのある王立軍の戦車よりも、街の包囲を突破する時に霧の中で目撃した連邦軍の戦車の方に似ている。

 だが、間違いなく友軍だ。


 友軍の戦車部隊の後方には、王立軍の歩兵部隊もつき従っている様だった。

 それは戦車の機動力について行ける様に機械化された歩兵部隊で、前輪が一般的なゴムタイヤ、後輪が戦車と同じ様な無限軌道となっているハーフトラックと呼ばれる種類の車両で移動している。

 その歩兵部隊は僕を追い詰めていた連邦軍のトラックに乗っていた将兵よりもずっと多い。数えきれないくらいだ。


 壊れたトラックの脇に立って通り過ぎていく友軍部隊を眺めていた僕にハーフトラックの内の1台が気づき、近くにまでやって来て停車した。

 僕はその車両から降りて来た兵士たちを、武器を下ろして出迎える。


 僕は王立軍の軍服を身に着けていたが、ハーフトラックから降りて来た兵士たちを率いているらしい軍曹から身分をたずねられた。

 自分は王立軍のパイロットで、作戦中に墜落し、味方と合流するために前線へと向かっていたのだと僕は正直に答えたのだが、残念なことにすぐには信じてもらえない様だった。


 僕は自分の身分を証明できるようなものを何も持っていなかったし、飛行服だって着ていない。だから、僕がパイロットだということをすぐには話を信じてもらえないのも仕方の無いことだっただろう。

 だが、僕がここにいる経緯を詳しく話すと、軍曹は僕のことを信用するつもりになった様だった。


 そして、近くの林の中に神父たちが隠れていること、僕の他にもブラザーが1人いて、神父たちを敵の目から引き離すために囮(おとり)になったことなどを話すと、軍曹は歩兵の1人が背負っていた背負い式の無線機を使ってそのことを他の部隊へと知らせてくれた。

 それから軍曹は神父たちのところまで案内して欲しいと僕に言ってきて、もちろん僕はそれに同意した。

 僕は彼らのハーフトラックに乗せてもらい、林まで彼らを案内していった。


 途中、降伏した連邦軍の将兵が捕らえられている側を通過することになった。

 圧倒的な兵力差を前に、抵抗は無意味だと判断したのだろう。連邦軍の将兵はほとんど抵抗もせずに捕虜になった様だった。


 彼らから逃げている時には気がつかなかったのだが、その連邦軍の将兵たちは、疲れ切っている様子だった。

 それは捕虜となってしまったショックから来る落胆だけではなく、これまでの疲労と、補給の不足から来ているものである様だ。


 その連邦軍の将兵たちは、王立軍の反抗から逃れ、退却を続けていた部隊の1つである様だった。

 王立軍から逃れるために彼らは昼夜を問わず走り続け、退却の混乱の中でろくに補給も受けられずにすっかり消耗してしまっていた。

 よく見ると、その将兵たちの装備はバラバラで、冬用の防寒着を持っていたりいなかったりした。持っていても軍用の支給品だけではなく、民間のものを徴発したりして得たものであるらしい。


 そして、明確に大人だと分かる様な容姿の者だけではなく、まだ幼さの残る少年兵の姿も入り混じっていた。

 未成年と言うことであれば僕も大人では無かったが、その少年兵たちは僕よりも明らかに年下である様に見える。


 僕を軍用犬と共に追って来た、僕の弟くらいの年齢の少年兵の姿が頭をよぎった。

 恐らくだが連邦軍では兵力の確保が十分にできておらず、徴兵年齢を引き下げて兵員を確保したり、徴兵年齢未満の者でも志願を受けつけ、前線に送り出したりしているのだろう。


 この戦争は、王国にとって無意味で、辛く、苦しいものだ。

 だが、連邦にとっても、相応に苦しいものであるらしい。


 それも、当然だ。

 連邦と帝国は、その一方的な都合で王国へと侵攻して来る以前から激しく戦い続けている。

 大陸の北方、アルシュ山脈の北側に形成されている連邦と帝国の主戦線は膠着(こうちゃく)状態に陥っているが、断続的に戦闘は続いており、今も貴重な人命が浪費され続けている。


 連邦も帝国も、自身が勝利を得るまでこの戦争を止(や)めるつもりは無い様だったが、そうまでして何を得ようとしているのか、僕にはやはり、理解することができなかった。

 お互いの存在を認め、互いに国境を侵さずにいたら、あの連邦の少年兵たちは故郷で学業についたり、職業についたりしていたはずなのに。


 それは、僕が考えても仕方の無いことだ。

 こんなことをしてでもこの戦争を続けるのかどうかは連邦や帝国が決めることで、僕らの側に選択権は無かった。

 これは、最初から最後まで、そういう戦争なのだ。

 僕を含めた王国民が考えるべきことは、どうやってこの理不尽な戦争から自身と故郷を守るかであり、少しでも早くこの不毛な戦争から抜け出す方法だ。


 この戦争は僕ら王国民にとっての防衛戦争であり、戦うべき理由はある。

 だが、連邦や帝国が王国に攻めよせてこなければしなくても済んだ戦いなのだ。

 こんなことは、1日でも早く終わらせるべきだった。


 王立軍の反抗作戦の先鋒として作戦の開始以来前進を続け、連邦軍の左翼を突破し迂回しながらその後方へと突進し、連邦軍の主力部隊を包囲しようとしている友軍の戦車部隊は、このまま僕の故郷の街まで進軍していく様だった。

 どうやら街ではまだ父さんたちの守備隊が頑張っている様で、戦車部隊はこれから大急ぎで駆けつけ、救援するつもりの様だった。


 そして、戦車部隊の最終的な進軍目標は、もっと先にある。

 西側から、彼らと同じ様に連邦軍の右翼を突破して前進中である友軍部隊が存在するらしい。東側から進んでいるこの戦車部隊よりも進軍は遅れ気味だったが、それでも、作戦は順調に進んでいるとのことだ。


 耕作地に轍(わだち)を刻みつけ、土くれを無限軌道で跳ね上げながら前進を続ける戦車部隊は、最終的に西から来る友軍部隊と合流することを目指している。

 連邦軍の両翼を突破し、その主力を迂回して東と西から戦線の後方へと到達した東西の王立軍が合流を果たせば、連邦軍の主力を完全に包囲下に置くことができるからだ。


 王立軍が開戦以来で最大の戦果を得る瞬間は、もう、間近まで迫っている。


 だが、僕がこのままここに留まり、進軍を続ける友軍部隊が栄光を飾る瞬間を目にすることは無い。

 僕には、仲間たちがいる。

 その仲間たちの側(かたわ)らこそが僕のいるべき場所であり、僕はそこへ戻らなければならなかった。


 不時着してから、実際のところは1週間くらいしか経っていない。

 そのはずなのだが、ずい分長い間、仲間たちと離れ離れになっている様な気がする。


 僕の仲間たちは、今、どうしているのだろう?


 軍曹によると、王立空軍は戦場の上空での戦いを優位に進めているとのことだった。

 反攻作戦を開始した初日に行われた連邦軍の空軍施設への攻撃は成功していて、その後も実施されている反復攻撃によって連邦軍の航空戦力は弱体化しているということだった。


 もちろん、連邦軍の航空機の活動は完全に無くなってはいない。

 毎日のように戦場のどこかで空戦が行われており、連邦軍からの対空砲火もあって、王立空軍にも相応の被害が出ているということだった。


 僕は仲間たちのことが心配になってきたが、無事に違いないと、半ば自分に言い聞かせるように考えることにした。

 早く、仲間たちのところへ帰りたかった。


 僕は、父さんやシャルロット、街に残っているたくさんの人々に生かされた人間だ。

 それは連邦軍に僕という存在を政治利用させないためではあったが、僕が、多くの人々と、ゲイルの犠牲の上に生きていることは事実だ。


 僕には、僕だけのものではなくなってしまった自分自身の命で、僕自身に何ができるのかは分からなかった。

 だが、僕の仲間たちと一緒ならば、それを見つけることができるかもしれない。

 少なくとも僕が1人で考えるよりは、ずっといいだろう。


 林の中では、神父たちが待っていた。

 全員何事も無く、無事な様だ。


 ハーフトラックから降り、林の中までついて来た軍曹たちがまた無線機を使い、神父たちのために移動用のトラックを手配してくれることになった。

 そして、僕と同じ様に囮(おとり)となっていたブラザーも無事に保護されていて、すぐに神父たちと合流できるだろうと教えてくれた。


 少なくともこれで、この10人もの戦争被災者たちは安全になるだろう。

 もう、今日の食料を心配して、飢えに苦しむことも無いはずだ。


 神父はすっかり安心したのか、僕と軍曹に向かって何度もお礼を言ってくれた。

 見知らぬ大人たちが急にたくさん現れたせいなのか子供たちははにかんでしまい、若いシスターの後ろに隠れていたが、みんなの表情は明るい。


 戦争の終わりは遥(はる)か彼方(かなた)で、少しも見通すことができなかったが、これは小さくても間違いなく勝利と言っていいことだった。


 僕らは、たくさんのものを失ってきた。

 だが、この10人を守ることはできたのだ。


 僕がやるべきこと。その方向性は、何となくだが、これだ、と思えた。

 僕はこれまで、大切な仲間たちと一緒に戦い、共にこの戦争を生きのびることを第一に考えてきていた。

 これからは、この神父たちの様な人々を少しでも多く救うために戦うべきだと思った。


 こんな戦争を1日でも早く終わらせることができれば、それが一番いい。しかし、僕にはそんな力は無いし、王国の側にその選択権が無い。連邦や帝国が諦めて王国への攻撃を止め、出て行くまで、僕らは戦い続けるしか無かった。

 彼らが僕らを攻撃し続ける限り、僕らは自分自身を守るために、最善を尽くし続ける他は無い。


 それでも、いつかきっと、この戦争は終わるだろう。

 連邦にも帝国にもそれぞれの都合や思惑があるのだろうが、こんな戦争をずっと続けていることは、いくらこの2つの勢力が強大だとは言っても不可能なことだろう。

 現に、王国を開戦以来圧倒し続けて来た連邦軍は、消耗しつつある。

 いつになるかは分からないが、必ず、こんなことは終わる。


 そして、そのいつかを、できるだけ多くの人々と一緒に迎えたいと願う。


 そのために何ができるかは分からなかったが、それは、これから僕自身が考えて行かなければならないことだった。

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