14-32「チェイス」

 僕とブラザーはなるべく姿勢を低くして走り、林の端の方までやって来た。

 僕らは倒木の影に隠れると、そこからそっと、連邦軍らしい兵士たちがいるという方向をのぞき見る。


 そこには、確かに連邦軍らしい将兵の姿があった。800メートルほど先だ。

 輸送用のトラックが5台ほどあり、兵士の数は優に50人はいる。

 遠目なので詳細は分からなかったが、兵士たちは小銃などで武装しており、僕らが抵抗してどうこうできる相手では無いことは明らかだった。


 連邦軍の兵士たちはそれまで乗って来たトラックから降りて、トラックの周りに集まって何かをしている様だった。

 僕らからはよく分からなかったが、トラックが故障したらしく、その場で立ち往生している様子だ。

 まだ、こちらに気づいてはいない。


 僕とブラザーは、ひとまず様子を見ることにした。

 相手がこっちに気づいていない以上、余計なことをして敵の注意を引きたくなかった。

 僕は、このまま相手がこちらに気がつかず、何事も無く立ち去ってくれることを祈った。


 連邦軍は、僕らに都合よく動いてはくれなかった。


 彼らは、トラックの修理が終わるまでの間、周辺の安全を確保しておこうとでも思ったらしい。

 兵士たちの内10人ほどが本隊と別れて、まっすぐこちらへと向かって来る。

 開墾されて農地になっているこの辺りは見通しが良く、何かが隠れられそうな場所と言えばこの林しかない。

 連邦軍がこの場所を調べようと思ったのは、理解できることだ。


 だが、僕らにとっては、最悪だった。

 その10人の兵士が林の手前で引き返してくれればそれで良かったが、彼らの偵察の目標がこの林である以上、それは期待できなかった。


 となれば、僕らは事前に決めていた通り、囮(おとり)になるしかない。


 囮(おとり)になるということは、わざと敵に見つからなければならないということだ。

 相手が十分に武装している以上、一度近づかれてから囮(おとり)になって逃げ出すというのは難しいだろう。

 そうなると、僕らは今すぐにでもしかけなければならなかった。


「ミーレスさん、どうする? 」

「……やりましょう」


 ブラザーの問いかけに、僕は少しだけ迷った後にうなずいた。


「了解」


 ブラザーもうなずくと、小銃のボルトを操作し、弾薬を装填して、倒木を小銃の支えにして構えた。

 それから彼は表尺鈑と呼ばれる起倒式の照門を起こし、表尺鈑の上を上下にスライドする遊標照門(ゆうひょうしょうもん)を敵までの距離と思われる射距離に調整し、照門と照星を合わせて狙いをつけた。


 表尺鈑というのはその名の通り板状の物体で、100メートルごとの目盛りが刻まれているものだ。

 長距離の照準をつけるために使われる照準器の一種で、それを寝かした状態で照準すると小銃の射距離は300メートルになる様に調整されているが、表尺鈑を立てて遊標照門と呼ばれる可動式の照門を目盛りに合わせ、そうして調整した照門と照星を合わせると小銃に適切な仰角がついて、400メートル以上の目標に照準をつけることができるようになる。ちなみに、最大射程は2400メートルほどだ。

 そこまでの長距離で射撃する機会が稀(まれ)なのと、長距離射撃には望遠鏡の様にのぞき込むスコープが用いられる様になったので最新式の小銃では取り外された装備だったが、この小銃の様に半世紀も前の銃では標準的な装備だ。


 小銃は元々僕が持っていたものだったが、僕はまだ片手が十分に動かず、歩兵としての経験も無かった。だから、歩兵として兵役を務めた経験のあるブラザーに小銃を使ってもらっている。

 僕が持っているのは、片手でも何とか撃てる拳銃と、シャルロットのサーベルだ。ブラザーの横で拳銃を取り出した僕は、ぎこちない手つきで弾薬を装填し、いつでも射撃できる準備をする。


 数発射撃して僕らの存在を敵に知らせ、それから、僕らは敵から見える様に全力で逃げ出す。

 そうすれば、敵は僕らに注意を向け、林の中など気にせずに追いかけて来るだろう。


 連邦軍の10名ほどの兵士たちは横に広がって散兵線を作り、武器をいつでも構えられる様に持ちながら、僕らへ向かって接近を続けていた。

 まだ何百メートルも距離があるから、倒木の影に隠れている僕らの姿には気づいていない様子だった。


 ブラザーが、1発目を放った。

 小銃はきちんと作動し、弾薬も問題なかったようで、弾丸はきちんと発射された様だった。


 弾丸は連邦軍に1秒程度で届き、後から銃声が聞こえたはずだ。

 事前に試射もしないで放った弾丸だったから命中はしなかったが、連邦軍の兵士たちは銃声を聞いて、その場に伏せた様だった。


「ミーレスさん、弾は上に行ったと思う? それとも、下に行ったと思う? 」

「多分、上だと思います」

「了解」


 ブラザーはうなずきながら小銃に次の弾薬を装填すると、もう一度それを構え、僕らの様子をうかがうために顔を上げた兵士に狙いをつけ、発砲した。


 今度の発砲も命中はしなかったが、かすりはした様だった。狙われた兵士が身に着けていた鉄製のヘルメットが宙に舞う。


 こちらの攻撃は連邦軍に被害を与えられなかったが、恐らく、この2発の銃声で、彼らは僕らの位置をおおよそ把握したはずだった。

 伏せていた連邦軍の兵士たちの銃口がこちらへと向けられる。それに気づいて僕らが頭を下げた直後、いくつもの風切り音が聞こえ、それから何発もの発砲音が僕らの耳へと届いた。


 まだ何百メートルもある遠距離だったからその狙いは甘く、僕らと同じ様に1発も命中はしない。

 だが、僕らが撃った10倍以上も弾が飛んで来た。


「ひゅ~、おっかない。この場を動きたくなくなるな」

「まったくです。でも、行かないと」

「分かっているよ。せーので、行こう。方向は別々に。……せーの! 」


 僕とブラザーはお互いにタイミングを合わせ、別々の方向へと走り出した。

 別々の方向へ走り出したのは、僕らの内どちらを追うべきか連邦軍が少しでも迷って、追手を分散させてくれないかと思ったからだ。


 そして、連邦軍はどうやら僕の方を全力で追いかけ始めた様だった。


 僕に多額の賞金がかかっているからでは無いだろう。あまりにも距離が離れているから、連邦軍に僕の写真つきの手配書が出回っていたとしても誰だか分からないはずだった。

 多分、僕が軍服を身に着けているからだ。だから、遠目で明確に軍人だと判別できる僕を追って来ているのだろう。


 トラックの内の1台が周囲にいた兵士たちを乗せ、僕を追って走り出した。

 トラックはエンジン音を轟(とどろ)かせながら、耕作地の上に轍(わだち)を刻んで真っ直ぐに僕へと向かって来る。

 僕は走っていたが、トラックの方が速いのは明らかで、じきに追いつかれてしまうだろう。


 しかも、トラックの荷台からは連邦軍の兵士たちが散発的に僕の方を撃ってきている。走行中の揺れで狙いが上手くつかないのか弾丸は空を切っていくだけだったが、それでも、僕の近くを抜けて行ったものもあった。


 僕は少しでも身を守るために、畑の合間に一列に植えられている防風林を走った。

 その防風林も長いものではなく、すぐに途切れてしまう。


 一番近くにある遮蔽物(しゃへいぶつ)になりそうなものは、僕がシャベルを見つけた、壊されてしまったトラックだけだ。

 僕はそのトラックを目指して急いだ。


 そして僕は、追いつめられてしまった。


 壊れたトラックのところまではどうにかたどり着くことができたが、足の速さではやはり自動車には勝てなかった。

 連邦軍のトラックは僕から100メートルほどのところまで距離を詰めて来ていて、壊れたトラックの影に隠れた僕のすぐ近くに被弾が集中した。

 王立軍のトラックは他国のものと同じ様に鋼鉄のボディを持っていたから、弾丸は防いでくれた。だが、もしも僕が顔を出そうものなら、その瞬間に撃たれてしまうだろう。


 連邦軍のトラックからは、乗って来た兵士たちが降りた様だった。車体の隙間から何とかのぞきこむと、彼らは僕が隠れた場所を半円形に包囲し、小銃を構えながらじりじりと距離を詰めてくる様だ。


 僕の手元にある武器は、拳銃とサーベルだ。

 これで、1人ぐらいは倒せるかもしれない。だが、それで終わりだ。

 僕は、敵に捕まるか、殺されてしまうだろう。


 父さんや、シャルロット、街に残って戦っている人々。そして、ゲイルに、申し訳が立たないことになってしまった。

 しかし、これはもう、変えることのできない結果だ。


 僕は、何度か深呼吸をして、拳銃を握りしめる。

 せめて、敵に一矢でも報いてやろうと思った。


 僕がまさに敵の前に飛び出そうとした時、異変が起こった。

 急に連邦軍のトラックが爆発して、四散してしまったのだ。


 それは、どうやら砲撃の様だった。

 そして、連邦軍の国籍章がはっきりと描かれているトラックを攻撃したのだから、その砲撃は連邦軍のものではない。


 ゴゴゴゴゴ、とい地鳴りの音が響いてくる。

 連邦の兵士たちが、混乱した様に叫んでいる。


 様子をうかがうために僕が少しだけ顔を出すと、連邦軍の兵士たちは一目散に逃げ出し始めている様だった。

 地鳴りは相変わらず続いている。そして、その音を発し、連邦軍のトラックを砲撃したもの正体はすぐに分かった。


 それは、王国の国籍章である「王国の盾」を砲塔側面に描いた、王立陸軍の戦車部隊だった。

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