14-18「敵情偵察」
音を立てない様に、小銃には防音のための布を巻き付け、馬には口枷をして、蹄(ひづめ)の音を消すために藁(わら)の靴を履(は)かせている。
先頭を年配の近衛騎兵、その次をシャルロット、彼女の後ろに僕、そして最後尾を若い近衛騎兵が進んでいった。
たった4人だけだったが、敵を攻撃しに行くわけでは無いから、見つかるリスクを避けるために少人数で十分だ。
だから全員武装も軽装で、僕以外の3人はカービン銃とサーベルが1丁ずつで、弾薬も反撃に撃ち返すのに必要な分しか持っていない。
僕らはあくまで隠密に任務を遂行しなければならなかった。
年配の近衛騎兵が先頭に立ったのは、最も経験豊富なベテランだからだ。
騎兵が行う敵情偵察には敵と直接遭遇(ちょくせつそうぐう)する危険もあるために、高い状況判断力と鋭い観察力が無ければならない。最終的な判断はシャルロットが下すにしても、ベテランの経験と勘は欠かせないものだった。
街は連邦軍によって包囲されていたが、小人数であれば抜け出せる余地は残っている様だった。
街に立て籠(こも)もっている王立軍の将兵全員が脱出するのはとても不可能だとしても、僕らだけであれば忍び込むのは何とかなりそうだ。
途中、僕らは連邦軍の将兵の巡回や移動中の車列などを見つけては茂みなどに隠れてやり過ごし、敵中に深く入り込んで、連邦軍の陣地や将兵の配置を調べ、できるだけ詳細に記憶していった。
記憶するだけなのは、暗がりの中では目立つので明かりは使えないし、いちいち地図に書き込んでいる時間は無いからだ。僕らの記憶だけが頼りで、帰還後に4人全員の記憶をすり合わせて情報を地図に書き記すことになっている。
連邦軍に発見されないために、僕らは複雑な経路を進んで行った。この辺りの土地勘を持っていなければ、僕はすっかり迷子になっていただろう。
その道は、馬にとっても難しいものだった。
しかも、シャルロットがわざと僕を試す様なことをしかけてくる。
小川などを飛び越えなければならない場所で急に馬の速度を上げたり、突然速度を落としてみたり。
競争ができる様な状況だったら、彼女は勇んで僕に挑戦して来たことだろう。
敵情の偵察中ということもあり、シャルロットも自重はしていて、僕にいたずらをしかけてくるのは周囲に敵がいない、少し余裕のある場面でのことだったが、僕は気が気では無かった。
ゲイルは僕の意思によく答えてくれて、馬としては高齢であったのにもかかわらず、他の仲間たちの馬に全く後れを取らなかった。
急に立ち止まったシャルロットとぶつかることを避けるために、僕は久しぶりに輪乗りをしなければならなかったが、その時も、ゲイルはよく僕の指示に従ってくれた。
どうやら、それでシャルロットは満足してくれたらしかった。
彼女は僕の腕前を試す様な行動を止め、それ以降は何事も無く任務に集中することができた。
「キミ、なかなか上手いじゃないか。さすがだな」
連邦軍の車列と何度目かの遭遇(そうぐう)をし、それをかわすために茂みの中へと隠れた時、シャルロットが感心した様に小声でそう言ってくれた。
隠れている最中なので、僕も小声で返事をする。
「ありがとうございます。父さんにだいぶ、鍛えられましたから」
いじわるをされたことには少し腹が立っていたが、その全てをゲイルと一緒にかわし、シャルロットを感心させられたのだから、僕は誇らしかった。
暗闇越しにだが、シャルロットも嬉しそうにしているのがかすかに見える。
「実は、私はずっと、話しに聞いたことがあるだけだったキミのお父上と馬首(ばしゅ)を並べてみたいと思っていたのだ。だが、キミの父上は多忙の身だろう? キミには迷惑だったかもしれないが、おかげで、間接的にだが夢が叶(かな)ったよ」
そう言われると、僕も悪い気はしなかったが、シャルロットの次の言葉にはどう返答してよいか分からなかった。
「何なら、パイロットなどやめて、このまま騎兵隊に入ってしまえ。少なくとも、墜落する心配はなくなるぞ」
シャルロットのその提案は冗談なのか、本気なのか。
僕は、空をどうしても飛びたくてパイロットに志願したのだが、馬が好き、というのも正直な感情だった。
父さんに幼いころから乗馬を教えられ、影響を受けたということもあったが、馬たちは僕にとっての友人であり、仲間と言って良い存在だった。
きっと、騎兵になって、毎日馬に乗ることを仕事に出来たら、楽しいに違いなかった。
その時ふと、僕の眼の前に、仲間たちの顔が浮かんで来た。
どういうわけか、ライカが不満そうな顔をしている。リスみたいに頬を膨(ふく)らませながら、僕の方を睨(にら)みつけているのが見えた。
変な白昼夢(と言っても今は夜だが)を見ている様な気分だ。
だが、その白昼夢のおかげで僕は、自分には帰らなければならない場所があることを思い出していた。
僕が何かを返答する前に、年配の近衛騎兵が「シー」っと唇(くちびる)に人差し指を当てて合図した。
僕らは息を殺し、その近衛騎兵の視線の先を確認する。
どうやら、連邦軍の兵士が1人、こちらへ向かって歩いて来ている様子だった。
巡回にしては、様子がおかしい。1人しかいないからだ。
どうも、茂みかどこか適当な場所で用足しでもしようとしているらしい。鼻歌なんかも歌っているから、僕らに気づいているわけでは無く、油断し切っている様子だった。
懐中電灯を使っているために、どんな顔をしているのか、男性なのか女性なのかも分からない。だが、体格と鼻歌の音程から言って男性だろう。
武器は小銃を持っている様だったが、肩にベルトでかけているので、すぐには使えないはずだ。
「どうしますか? 」
「ちょうどいい。ご同行願おう」
小声でたずねて来たベテランの近衛騎兵に、シャルロットは即答した。
その連邦軍の兵士は最後まで僕らに気づかず、僕らから少し離れた茂みの所へ近づくと、用を足し始めた。
僕らは闇の中にまぎれているから、見えないのだろう。その兵士は懐中電灯も持っていたのだが、僕らがいるのは茂みの影になっていたから、気づくことは無理だっただろう。
連邦軍の兵士は上機嫌で、鼻歌を歌いながら用を足し始める。
どうやら、酒でも飲んで、少し酔っぱらっている様子だった。
その間に、ベテランと若手の近衛騎兵が、音を立てずに茂みを回り込んでいく。
僕とシャルロットは、待機だ。
何かあった時に備え、一応、僕は拳銃を構えることにした。小銃も支給されているが、片手を怪我しているから使うことができない。
拳銃も、初弾を発射できるようにするにはハンマーを起こしておく必要があったから、僕は片手が不自由な中でどうにか音を立てない様に準備をしようと悪戦苦闘する。
「ミーレス、銃は降ろしておけ。心配するな、2人なら大丈夫だ」
だが、シャルロットに小声でそう言われて、僕は拳銃をしまった。
考えてみれば、ここは連邦軍の陣地の真ん中だ。何かあったからと言ってすぐに発砲してしまっては、周囲から集中攻撃を受けてしまうかもしれない。余計に危険だろう。
僕はシャルロットに言われた通り、2人の近衛騎兵を信じて待つことにした。
やがて、連邦軍の兵士は用を足し終えたようで、上機嫌で来た道を戻ろうと踵(きびす)を返した。
2人の近衛騎兵が動いたのは、その瞬間だった。
2人は息を合わせてその連邦軍の兵士へと襲いかかり、1人が背後から羽交(はが)い絞(じ)めにし、もう1人がその兵士の口をふさぎ、喉元(のどもと)にナイフを突きつけて制圧する。
あっという間にその兵士は拘束されて、若い近衛騎兵の馬の尻に、荷物の様にのせられていた。
「今日はこれで十分だろう。退くぞ」
捕虜を獲得したことで、今日の偵察の成果は十分だとシャルロットは判断した様だ。
僕らは彼女のその言葉で再び馬にまたがると、来た時と同じように慎重に、静かに、街への帰路についた。
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