第14話:「敵中」
14-1「不時着」
戦闘を終えた僕らは、南へと進路を取って飛行していた。
僕らが南へと進路を取っているのは、基地があるのは南であるということしか分からないから、とりあえずそうしているというだけだ。
正直に言うと、僕らは自分たちが今、どの辺りを飛んでいるのかを、すっかり見失っていた。ただ、コンパスは正常に動いているので、とにかく、南に向かっているということだけは断言できる。
空戦中は、右に左に旋回を繰(く)り返し、上下が反転したりするので、戦いが終わる頃にはすっかり自分の位置を見失っていることは珍(めずら)しくない。
そのため、パイロットは迷わずに基地に帰って行ける様に航法の訓練をする。だが、単座機にはパイロットが1人しかおらず、操縦(そうじゅう)と航法の両方を同時に正確に成り立たせるというのは無理だ。
普段、僕ら301Aの出撃では、ハットン中佐がプラティークで誘導を行ってくれるのだが、今回は敵地奥深くへの攻撃任務ということで、飛行性能に劣るプラティークは出てきていない。
代わりに、僕らの護衛対象だったベイカー大尉率いる202Bが僕らの行きと帰りの誘導をしてくれることになっていた。だが、僕らは友軍を支援するために202Bと別れてしまったので、すっかり迷子になってしまっている。
予定していた航路とは外れているのは分かっていたが、王国北部は深い雪に覆(おお)われ、目印となるものも少なく、予定とどれくらい外れているのかも分からない。
だが、幸いなことに、僕の周りには301Aの全ての機体が揃(そろ)っていた。
レイチェル中尉とカルロス軍曹、ジャックとアビゲイル、そして、ライカと僕。
被弾している機もあったが、とにかく、全員がいる。
中でも一番多く被弾していたのは僕の機体だったが、無線機が故障している以外は特に問題は起きていなかった。
エンジンは全力運転で酷使された後だったが、順調に回っている。
僕の機体を整備してくれた整備班には、本当に頭があがらない。
僕らは南へと飛行しながら、地図を取り出して何とか自分たちの位置を割り出そうと努力していた。
南に基地があることは分かっているのだが、広い空から見ると点の様なものでしかなく、発見できない可能性も大きかった。
このまま南に飛んで行っても、基地を発見できなければ無事に着陸することはできない。
基地に帰りつくのにギリギリの燃料しか無いから、僕らは必死だ。
燃料が切れれば、飛行機は墜落するしかない。
それまでにどこでもいいから味方の飛行場を発見し、そこに着陸することができれば、部隊の今後の作戦行動においても、安全面でも一番良い。
仮に飛行場を発見できないまま燃料が切れても、最悪、不時着をすれば命は助かるのだが、僕らはどうにかして、味方が守りについている地域にまではたどり着きたかった。
敵の占領地に不時着して捕虜になるなど、想像したくも無い。
捕虜になったからと言って、すぐに殺されてしまう様なことはないはずだったが、戦争が終わるまで収容所生活を強いられることになる。しかも、仮に戦争が終わったのだとしても、すぐに母国に帰れるとは限らない。
僕は被弾した時に敵弾で大きく破れて焦げ目もついてしまった地図の残った部分を広げながら、必死になって自分たちの位置を割り出そうと四苦八苦していた。
だが、王国の大地は一面の銀世界で、やはり目印になる様なものは見当たらない。
せっかく生き残ることができたのに、これでは困る。
僕は視線を地図から外し、それを折りたたんで、被弾で焼け焦げてしまっている地図入れに放り込んだ。
僕の地図はほとんど使い物にならなくなってしまっていたし、そんな地図を見ているよりも、周囲の地形や構造物に注意していた方がまだマシだと思えたからだ。
風防には蜘蛛(くも)の巣状にヒビが入っているものもあり、弾痕(だんこん)もできているので、僕の機体からの視界は決して良いものでは無かった。
そんな状態だったが、僕は少しでも多く情報を得ようと、目を細めながら辺りを見回す。
今日の空は、かなり眩(まぶ)しい。
降り積もった雪に、朝の太陽の光が反射して、きらきらと輝いているからだ。
冬の空でしか見ることのできない、印象的な光景だった。
これが、戦争ではなく、遊覧(ゆうらん)のための飛行だったら、僕はその光景を心行くまで楽しむことができたのに。
そう残念に思いながら、僕はふと、計器の異変に気がついた。
そんなはずはないと思いながら慌てて確認し直したが、僕の目は正常だ。
燃料計の値が、ほとんどゼロを指している。
僕は半ばパニックを起こしながら、どうしてそんな表示がされているのかを考えた。
計器の故障だろうか? しかし、他の計器は正常に作動しているし、計器類の動作の信頼性は高いものだったからまずありえない。
だとすると、やはり、燃料タンクに燃料がもう残っていないということになる。
空戦で、思ったよりも多く、燃料を消費してしまったのだろうか?
それとも、僕の機体は被弾していたから、気づかない間に燃料が漏(も)れてしまっていたのだろうか?
僕はそこまで考えて、それ以上、考えることをやめた。
とにかく、無いものは無い。
どうしてそうなってしまったかを考えるよりも、次にどうするかを考える方が、この場合はより必要性が高い。
僕はライカに状況を伝えるべく、ジェスチャーを何度も送った。
無線が無いので、僕がメッセージを伝えるためには、ライカがこちらのジャスチャーに気がついてくれる必要があった。だが、ライカは地図を見たり、周辺の地形や構造物を探したりで忙しかったので、僕のジェスチャーに気がつくまで少し時間がかかった。
無線が無かった頃のパイロットはみんな、ハンドサインなどだけで連絡を取り合っていたのだというが、何とももどかしい。
ライカはしばらくしてから僕がジェスチャーを繰り返しているのに気がつき、その意味を理解すると驚(おどろ)いた顔をして、表情を青ざめさせた。
何故なら、僕らはまだ、味方の前線にたどり着いてさえいなかったからだ。
そんな状況で燃料が切れるということは、敵の占領地のど真ん中に不時着するしかないということだった。
だが、どんなに都合が悪かろうと、燃料タンクのガソリンは増えてくれたりしない。
燃料計がゼロになったとしても、燃料タンクの中には機構上の都合でまだわずかに燃料が残るはずだったが、それで飛んでいられる時間はほんの短い間だけだ。
レイチェル中尉の決断は早かった。中尉は僕に、燃料が完全に無くなる前、エンジンがまだ動いている内に不時着をする様に命じた。
エンジンが動かなくなるまで飛べば、それだけ味方の前線に近づくことができる。にもかかわらずレイチェル中尉がこの判断を下したのは、不時着時に完全に動力が無い状態だと余裕がなく、やり直しや修正ができなくなってしまうからだ。
レイチェル中尉やカルロス軍曹くらいの優れた腕前のパイロットであれば、そんな状態でも難なく着陸を決められるのだろう。だが、中尉は僕がまだ経験が浅いことも考慮して、動力があるうちに不時着を実施した方が良いと判断した様子だった。
それは、敵中にたった1人、取り残されるということでもあった。だが、僕は実際のところ、動力を完全に失った状態での不時着に自信が無い。
もちろん、訓練で疑似(ぎじ)的に、エンジンの動力を失った状態での着陸は経験したことがある。しかし、それは設備の整った飛行場でのことで、その時は優れた教官が僕の機体に同乗してくれていた。
今回、僕は滑走路でも無い場所に、僕1人だけで、無事に着陸を決めなければならない。
深呼吸をすると、僕は、覚悟を決めた。
心配そうに僕の方を見ているライカに、不時着を開始することを連絡すると、僕は機首を下げる。
なるべく前方、少しでも味方の前線に近い場所に、不時着できそうな場所が無いかを探す。
辺り一面、雪景色で、一見するとどこも平らで、着陸に適している様に思われた。
だが、それはそう見えるというだけで、実際にはそうではない。
降り積もった雪の下には何が埋まっているか分かったものではないし、機体にひっかかる様なものがあって、着陸した時に機体に大きなダメージが出たら、僕はひとたまりもない。
なるべく、周囲の地形や構造物から推測して、本当に平らで障害物が無いと思われる場所に不時着をしたかった。
以前、僕はフィエリテ市を流れる河に不時着したことがあったのを思い出す。
あの時は、何とかなった。
今度も、うまくやれる。
その時に、僕を助けてくれた男性から教わった幸運のおまじないを、僕は今でも出撃前に欠かさずにやっている。そのおかげかは分からなかったが、少なくともそのおまじないをする様になってから僕はこれまでに一度も大きな怪我(けが)をしていない。
きっと、今度も僕を護ってくれるだろう。
僕は自分にそう言い聞かせながら、着陸地点を探し続け、やがて、これだ、と思える場所を発見した。
そこは、土地の区画を区切るためと、時折吹く強い季節風から土地や建物を守るために植えられた防風林で四角く囲まれた場所だった。
ああいった場所は、多くの場合、耕作地や家畜の牧草地だ。雪の下に何が埋まっているかは予想もつかなかったが、そこは平らで、それなりの広さがあるはずだ。それに、何か建物があるという可能性はほとんどない。
他にも似た様な候補はあったが、その空き地は僕の左前方にあった。
これなら、着陸前に空き地の横を通り過ぎて、不時着場所の状態も確認できるし、訓練時に学習する最も基本的な着陸のパターンに当てはめることができる。
僕はその空き地に不時着することを決めると、着陸用の車輪を出す操作をやろうとして、止めた。
下は雪が積もっているから、車輪を出すとかえって危ないと思えたからだ。雪の中に車輪が埋まってしまったら、何が起こるか分からない。
それよりも、胴体で着陸させれば、雪の上をソリの様に滑走できると思った。
まだ、エンジンは動いてくれている。
僕は自分自身にうまくやれると繰(く)り返し言い聞かせながら機体を操作し、その空き地への着陸コースへと乗せた。
速度と高度を落とし、丁寧に、丁寧に。
空き地を囲う防風林を越えると、僕は高度をさらに落とし、機体を雪原の上に降ろした。
衝撃と共に、雪に食い込んだプロペラが勢いよく雪を跳ね上げた。
跳ね上げられた雪で視界が全て奪(うば)われる。
僕は少しでも怪我を減らそうと、身体を精一杯縮こまらせながら、このまま無事に機体が停止してくれる様に、神様と、僕の知っている全ての聖人に向かって祈り続けた。
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