第12話:「スパイ」

12-1「原因」

 連邦軍機による攻撃は、その日の夜間まで断続的に続き、王立軍は推定で600機以上の連邦軍機が襲来したと考えている。

 その内訳は、双発、単発の攻撃機がおよそ200機に、戦闘機がおよそ400機。


 この攻撃により、王立空軍は10機以上の航空機を地上で失い、空中戦でさらに20機近くの航空機を失った。これに対し、王立空軍が得た戦果は、単発機と双発機を合わせて10機から15機を撃墜(げきつい)、それとほぼ同数に何らかの損害を与え、その他に対空砲火によってもいくらかの被害を与えることができた。

 大きな戦闘が起こったのは主に午前中で、午後は目立った戦闘は少なかった。これは、連邦軍機が午後になって出撃を弱めたのではなく、王立軍機が交戦を回避するため、フォルス市に向けて退避(たいひ)して戦闘を避(さ)けたためだ。


 フィエリテ市の防空戦が終息して以来、連邦軍機による初めての本格的な攻撃だった。

 損失数でみれば王立空軍の敗北は明らかだったが、連邦軍が投入した兵力の規模に比べれば、王立空軍が受けた被害は少ないと言える。


 これは、王立空軍が各地に建設した秘匿(ひとく)飛行場にその保有戦力を分散配置し、連邦軍がその全容をつかめず、全てを攻撃することが数的に不可能だったからだ。

 僕らの基地、フィエリテ南第5飛行場の様に、一見すると飛行場には見えない様に隠された王立軍の飛行場群は航空偵察によっても発見が困難で、連邦軍機は効率的な攻撃を実施できず、準備した大兵力に反して、開戦初日に王立軍に与えた様な大戦果を再現することはできなかった。


 連邦軍機の攻撃の何割かは、王立軍側の秘匿(ひとく)飛行場を正確にとらえ、実際に被害を与えていた。だがその大半は、囮として用意された偽の滑走路や、連邦側が飛行場として誤認した目標に振り向けられ、意味を成さなかった。


 連邦側でも、この攻撃が十分な効果を持たないということは理解されていたのだろう。出撃してきた敵機の内で戦闘機が過半数を占めていたのは、連邦側の攻撃を迎撃するために飛び立った王立軍機を捕捉(ほそく)し、空中で撃破するという狙いによるものだと、王立軍では考えている。

 王立空軍の所在がつかめないため、とにかく王立軍機がいそうな場所を攻撃し、慌(あわ)てて反撃に出てきたところを戦闘機で撃破するというのが、連邦側の作戦であるらしかった。

 地上で撃破された王立軍の機体が10機前後であるのに対し、空中戦で失われたのが20機前後もあるのは、このためだ。


 僕ら301Aも、今回の戦いでは、かなり危なかった。全員で帰還できたのは、運が良かったのだと思う。


 王立軍では、攻撃が王立軍の飛行場や航空機へと向き、王立陸軍の防衛陣地には向けられなかったことから、この攻撃が王立空軍の航空戦力を低下させるために行われたものだと分析している。


 連邦軍は王立軍へのさらなる攻勢作戦を計画し、王国中部の重要な都市であるフォルス市を占領することを意図して準備を行っており、その攻勢の実施に先立って盛んに航空偵察を実施していた。

 だが、王立空軍による妨害によって連邦軍の偵察活動は満足のいくものではなかった。連邦軍としては航空優勢を再び獲得(かくとく)して、今後の作戦を有利に進めたいという思惑(おもわく)があったのだろう。


 夜間になり、連邦軍機による攻撃は散発的なものに変わったが、連邦軍機による攻撃は翌日も実施されると予想されている。

 今日と同じ様に、大兵力が投入されるだろう。だが、王立空軍にはその攻撃を正面から粉砕(ふんさい)するだけの力は無かった。

 このため、司令部は今後のフォルス市防衛のために戦力の温存を図ることを決定し、僕らには翌朝、日が昇るよりも前に飛び立って南方へと退避し、戦闘をできるだけ避ける様にとの指示が下されている。


 僕らは司令部からの命令に従うだけのことだが、連邦軍による攻撃以上に、深刻な問題に直面していた。


 レイチェル中尉とカルロス軍曹の機体に生じた不調の原因が、判明しないのだ。


 2機はハットン中佐の厳命によって基地へと帰還し、そこで、整備班による徹底的な調査を受けることになった。

 調査は連邦軍機の襲来が続く午後になっても、夜間になっても続けられたが、不調の原因は確定できなかった。


 暖機など、正規の手順を省略して離陸したことによる影響も考えられたが、それは、僕らの機体に不調が無く、レイチェル中尉とカルロス軍曹の機体だけに不調が生じたことから否定された。

 次に、整備不良が疑われた。整備班にとっては不本意な疑いだったろうが、機に不調が生じていたのは事実で、整備班は文句ひとつ言わずエンジンに関係する部分を徹底的に調べ上げた。


 だが、エンジンに問題は何も無く、交換されるべき部品は全て交換されており、異状も発見することができなかった。

 王立軍が作成した整備マニュアルと突き合わせながら、レイチェル中尉やカルロス軍曹、ハットン中佐など、ベテランのパイロットも交えて調べ上げたのだから、見落としはまず、あり得ない。また、組み立て直したエンジンを地上で運転してみたところ、全く異状は発生しなかったとのことだった。


 結局、調査は徹夜となり、整備班も、調査に立ち会ったレイチェル中尉とカルロス軍曹、ハットン中佐も、無駄に疲労しただけで終わってしまった。


 機体の不調の原因が分からないまま、僕らはレイチェル中尉とカルロス軍曹を除いた4機で飛び立ち、日が昇る前に南のフォルス市へと向かった。普段ならハットン中佐が操縦するプラティークによる誘導を受けるところだったが、今回は他の部隊もフォルス市へ向けて飛ぶことになっており、その、他の部隊の誘導機に便乗させてもらうことになっていた。


 王立空軍に優越する戦力を投入してきた連邦軍に対し、王立軍は戦わないと決めている。僕らは敵機の攻撃がまだ及ばないフォルス市周辺まで飛び、フォルス市の空軍基地で補給を受けながら待機し、日暮れ間際になって連邦軍機が引き上げるタイミングを見計らい、それぞれの基地へと帰還することになっている。


 念のため警戒は怠(おこた)らなかったが、僕らは運よく敵機と遭遇(そうぐう)せず、司令部が意図した通りに交戦せずに基地へと戻って来た。

 戦うことを必要としない飛行は久しぶりで、大きな編隊で翼を並べて飛ぶのは気分が良かった。まるで平時に戻った様な心地もしたが、僕の頭の中にはずっと、恐怖がつきまとっていた。


 僕らの機体はこの日も快調そのものだったが、いつ、深刻なトラブルが生じるか分からない。

 中尉たちの機体の不調の原因が分からないということは、僕らの機体に同じ問題が隠(かく)れ潜(ひそ)んでいても解決されていないということであり、それがいつ、表面化してもおかしくは無いということだった。


 いつ爆発するのか分からない爆弾を抱きかかえたまま、飛んでいる様な気分だった。


 だが、僕らが基地へと帰って来てみると、意外なことに、不調の原因が特定されていた。


 不調の原因が明らかとなったのは、調査によるものではなく、偶然の産物だった。

 その原因というのは、レイチェル中尉とカルロス軍曹の機体に、本来であれば使用されることの無い種類の燃料が使用されていたことだった。


 内燃機関でプロペラを駆動する方式の航空機で、一般的に用いられている燃料はガソリンだったが、一口にガソリン、と言っても、様々なものがある。


 王立空軍は数年前に航空機用の燃料であるガソリンに対し、いくつかの品質の基準を設け、どの種類の機体には主にこの規格の燃料を用いると定めて運用していた。

 レイチェル中尉とカルロス軍曹の機体に生じた不調は、規格外の、本来であれば使用されないことになっているガソリンが用いられたことによって発生したものだった。


 それが分かったのは、整備班がフォルス市から帰って来る僕らの機体へ燃料を補給するために、基地にある補給用の燃料を準備していた時のことだった。

 基地にある燃料の残量を確認したところ、使用されたことになっている量の燃料がそっくり残っていることが判明した。

 整備班がさらに調べたところ、基地で使用する車両用のガソリンの量が不自然に減っていることが確認された。そして、車用のガソリンが不自然に減っている量と、航空機用のガソリンが不自然に余っている量が、レイチェル中尉とカルロス軍曹の機体に補給されたことになっている燃料の量と一致したことで、車両用のガソリンが使われ、それが不調の原因であると結論付けられた。


 王国では、航空機用のガソリンについては何種類かの規格が取り決められ、管理が行われている。だが、車用のガソリンではまだ厳格な規格というものが存在せず、製造元や製造条件によって品質に大きなばらつきが残っている。

 基地には正確な測定装置などは無いので、不調の原因となった車用のガソリンがどういった品質のものかは分からない。だが、状況証拠から、それの使用が不調であるとする以外に無かった。


 原因が明らかとなったことで、問題は、かえって複雑化した。


 航空機用のガソリンと車両用のガソリンは、そのもの自体の色や臭いはほとんど変わらず、現物を目の前に出されてもどっちがどっちとは判断がつかない。

 だが、だからこそ、その管理は徹底されている。2つの燃料は容易に判断がつく様に別々の容器に入れられており、その容器は区別がつく様に色分けされていて、僕らは誰もがそのことを知っており、見分けがつく。


 つまり、誰かが意図的にやったのでなければ、この様な間違いは起きない、ということだった。

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