このにわかの魔法使いたちに僥倖を!

灼凪

にっこりカフェの魔法使い

毎日気が滅入るような朝晩の身に染みる寒さにも少しずつ慣れてきて、それに相まって人やモンスター達も活動が鈍るこの頃。茹でるくらいの暑さにだらけきった文句を並べていたのはどこへやら、すっかり着込む時期になった。いつもの風景を残したままに、俺がみない内にアクセルの街は着々と冬への景色に色を変えていた。葉を落とし寒々しい季節への準備を終えてしまった木々を見ていると終わりを告げられているようで少しセンチメンタルな気分になる。こんな時期なんてすぐに終わって半年もすれば嫌な季節がやってくるというのに、分かっていてもどうしても好きになれないんじゃないだろうか。

そんなことを考えながらも、23日から三日間開催される「女神エリス聖誕祭」の祭りの準備を進めていた。ぶっちゃけて言うとこれは俺が企画した祭りで、夏にやるアクア祭の代わりと言ってはなんだが、それなりに上の人から盛大にやってくれ、と鑑みていた。


そして、翌日に迎えた23日。

晴れやかなこの気持ちに名前とかつけるとしたら、どんな風なんだろうか。晴れやかなのはお祭りの雰囲気だけではなかった。

吊り橋に掛かったキラキラと輝くスターライト、薔薇色ネオン色の、お店や街角などに飾られたイルミネーションが夕景で少し暗くなってくる頃により一層煌めきを醸し出していた。

俺達は今、女神エリス聖誕祭という名の、クリスマスマーケットに来ていた。もちろんこれはドイツのクリスマスマーケットを参考にしている。

ダクネスは相変わらずマフラーにタートルネックという妙な格好で、俺とアクアは普段着の上にコートを着ている。めぐみんはもこもこのファーのついたパーカーを厚着していた。

「んん、なんか寒いなと思ったら、雪が降り出してきたな」

「まさかのホワイトクリスマスね!」

初めてのクリスマスの祭りに、アクアとダクネスははしゃいでいた。

「まぁクリスマスは明日からだけどな」

アクアに対して俺がツッコミを入れておいた。

「別にエリス聖誕祭なんて今日からじゃなくてもいいと思うんですけどー」

などとぶーぶー文句を言っていたが、そんなことより雪とか周りのお店に夢中なようだった。

するとめぐみんが、広間のあるお店を見つけて呟く。

「カズマカズマ、ジャイアントトードのマジパンがありますよ!マジパンってなんですか?」

子供のようにはしゃぎながら、お店に置いてあるカエルのマジパンに指を指して俺に聞いてくる。

「マジパンっていうのはね、マジなパンっていう食べ物なの!」

横から遮ってくるアクアに、俺はちょっと怒鳴る。

「んなわけないだろ!マジパンが何なのか分かってないアホ女神が!駄女神はマジパン見たことも食べたこともないっていうんなら引っ込んでろ!!」

めぐみんがそんなやりとりを見て呆れた顔が強張った顔に変わる。きっと寒さのせいだろう、と思いたい。

「砂糖を固めたお菓子だよ。俺の世界だと色んな形にして色をつけた砂糖菓子がクリスマスケーキにのってたりするんだ。食べると歯がヤバくなりそうだけどな」

俺は改めてめぐみんに説明すると、お店の前でマジパンを買おうとしていた。

「Gトードというより、ミニトードって感じですね。これ下さい!」

「ありがとうございましたー!」

にしても、マジパンがお店で売られてるところをみて驚いた。このお菓子も前に転生された日本人が広めたっていうのか。

雪がひとしきり降ってる中、俺たち4人は寒いというのに出店で売っていたアイスを頬張っていた。

外はモチモチしてて、中は本格的なバニラアイスまんじゅうって感じだった。

「お、チョコレートフォンデュの試食なんてやってるのか。チョコレート、フォンデュ??」

しばし歩くとめぐみん達が常連らしい、喫茶店の前で立ち止まる。

そこにはいつもはお店の外でも飲めるように扉一枚で繋がっているコテージっぽいカフェテラスの場所に、流しそうめんならぬ流しチョコレートなるものが、滑り台の中で上から下へと流れていた。

魔法で火を使って温めたチョコを、上から下へと流しているようだ。滑り台は木製だろうか。

人々はカップのコーヒーを飲みながら、チョコをリンゴやバナナに付けて食していた。

「チョコレートフォンデュだって!カズマ!試食してきていいかしら!?」

「先程アイスを食べて冷えた体には丁度いいな」

アクアとダクネスは言うと、俺の返事も聞かずに流しチョコレートフォンデュの側にフォークを持っていった。

「何ですかカズマ?じっと見て。カズマも食べたいんですか?」

「いやぁ…俺は甘いものはちょっと。それにあれはチョコレートフォンデュじゃなくて流しチョコだぞ。めぐみんはいかなくていいのか?」

「そうなんですか。甘いものは別腹ですからね!いってきます!」

糖質を気にする10代がどこにいるのだろう。というか、チョコとか甘い物なら真っ先に飛びつきそうなのに、今日は何故かめぐみんが幻想的で大人っぽいなと感じてしまう。

そんな考えを巡らせていると、カフェテラスの向こうからちょいちょいとめぐみんが手招きした。

しょうがねぇな。俺は愛する人の元へと歩いていった。

流しチョコの近くに行くと、めぐみんがマシュマロにフォークを刺すと、チョコをたっぷりとつけて掬う。

「はいカズマ。あーんしてください」

「えぇぇえ!?」

「ほらほら、早くしないとチョコが垂れてしまいますよ」

めぐみんが顔を赤くしながら俺にチョコマシュマロをさし出してきて…ってこれ普通に考えたら関節キスじゃねーか!

「しょーーーがねぇーーーなぁ!!」

俺は沸騰したやかんのような顔になって、ぱくっとめぐみんから貰ったチョコマシュマロを食べた。うん。甘くて美味しい。

アクアとダクネスは、コーヒー片手にチョコフォンデュ談義をしていてこっちに気づかない。

カフェテラスなので当然屋根があるし雪に降られない。

すると、めぐみんが俺の顔をじっと見て、何かに気づいた。

「あ、カ、カ、カズマ、顎にチョコが////」

俺の顎についてたチョコをめぐみんは指で掬って口に運んだ。

といっても、さっきからめぐみんの顔にも口周りとか頬っぺにチョコがちょくちょくついてて台無しなんだが。

「はい、綺麗になりました」

お前の顔は綺麗じゃないけどな。そんなしおらしい態度でもじもじしてもいまいちだ。

「なぁめぐみん、さっきからお前の顔もチョコだらけで、俺の腹筋は今にも崩壊しそうなんだが!」

「!!なら付いてるならついてると教えてくださいよ!…相当チョコ塗れなんでしょう。どこについてるか分からないのでとって下さい」

俺は流しチョコの側に置いてあったナプキンを手にすると、めぐみんの口周りを拭いた。

「…ありがとうございます。後、パーカーのボタンを外して食べてたので、胸にもくっついてしまっていると思うのですよ。中が熱くて気持ち悪い」

「あぁぁぁああああ!めめぐみん!そういうのはお風呂入った時に落とそうな!火傷してたら俺がヒールかけてやるから!」

若干残念そうに顔をしかめつつも、ぶちぶちとどうにか俺に触ってほしいという理由をこじつけようとするが、全て俺が静止した。

「ダダダダクネス………?」

「?いつも通りの2人じゃないか。初々しいバカップルだな」

いつの間にか2人が気づいていた。そこは微笑ましいカップル(笑)と言ってくれ。

後でどこから見てたかアクアとダクネスには問い質してやろう。全くなんて日だ。


町の外れにあるサキュバスの店へ行く通りに、何かを焼いている炭や芳ばしい匂いが漂う。

辺りを見ると、焼き栗を手にした冒険者や一般の人たちが道を行き交っていた。

ちょっと歩くと、道の右横にぽつねんと焼き栗屋さんという看板の書かれた出店がある。

だが、一番匂いに釣られためぐみんは、買わないで通り過ぎてしまう。

アクアもこの炭焼きの匂いの誘惑に負けそうだった。

そしたら、クイクイ、と俺のコートの裾をめぐみんが引っ張る。もう余りおこづかいが残っていないながらも。

「仕方ないな。俺が奢ってやるから」

俺のことが大好きなめぐみんとしての特権だ。

するとめぐみんは、ウキウキと俺の腕を引っ張って焼き栗屋さんへ行こうと走った。

「ねぇカズマさーん!どうせなら私にも奢ってよーーー!」

アクアが後ろ手から声をかけてきた。

「お前にはやらぁーん!日頃借金を肩がわりしてるし奢らされてばっかだからなー!」

と罵声を張り上げて俺は言った。

「やれやれ。アクアの分は私が奢ってやるから」

「あ“り”がどゔダグネ“ズ!!」


そろそろ冷え込んでくるだろう、と思う内に俺達は屋敷へと帰った。

こんな感じで、日替わりメニューみたいな散々に楽しい日が明日も続くだろうなと思った。

屋敷の中にも、さんざめく光にツリーで照らされていた。

そういえば、明日はクリスマスイブだ。清々しい浮かされた気分と、めぐみん達の今日のゴタゴタで、めぐみんのクリスマスプレゼントのことをすっかりと忘れていた。



めぐみんの場合。

12月24日当日。昨日の今日で、私も浮かれていた。むしろ清々しいこの気持ちは、まるで雲一つない冬の空と一緒だ。

今日は、家族や友人、恋人と、誰かと一緒に過ごす特別な日。以前はそんなことを考えなかったのに、今はよく考えるのも、最近は1人の時間が減ったからだと思う。

日々目まぐるしく移りゆくアクセルの街は、今日もエリス聖誕祭の一般の人々、冒険者達で賑わっていた。

この季節を人肌恋しくなるようなものだとたまに聞くことがあるが、本当によく言ったものだ。

そういえば、カズマのことを好きになって2度目の冬だった。


私はカズマのクリスマスプレゼントをどうしようか?と考える中、赤や青と照らされる夜のイルミネーションに負けないくらいの花火を上空に撃っていた。

「ハッピーメリーエクスプロージョン!!」

全魔力を使い果たした私は、よろめく間もなく地面に突っ伏した。

「今日のは80点!クリスマスに爆裂魔法を撃つ奴なんて他にいないぞ。無意味だったから低得点だ!」

「ありがとうございます。ですが、爆裂魔法の1発は、毎回諸行無常なのです。一回一回の些細な違いを評価して下さいよ。あ、いつものやつお願いします」

少し不機嫌そうになってみる。普段はカズマがこんなテキトーな評価や感想を言わないはずなのに、今日は何故か顔色を窺うと疲れたような顔をしてた。そのせいだろうか?

カズマにドレインタッチをして貰った後、仰向けになりながら言った。

「カズマー今日の夕飯は何ですか?もちろんステーキですよね!?」

「違うぞ。アクアがクリスマスにカレーが食べたいと言っていたからカレーだ」

「クリスマスにカレー…ですか?」

「おい人を物珍しいものを見るような目でみるな!俺のいた国ではクリスマスだろうが何の日だろうがカレー食べてたんだぞ」

全くもって、カズマのいたニホンという国は、ちょっと変わった文化や風物詩があるんだなと、紅魔族の私は感心した。

雪に埋もれていた私は地面である雪の面を両手で大袈裟にざっざっとかいた。

「何してんの?」

「どうですかカズマ!クリスマスツリーに飾ってあるオーナメントの人形にも見えるでしょう?」

「その行動力ある意味尊敬に値するぜ」

「ば、爆裂魔法はあまり褒められたものじゃありませんでしたがこれで褒められました!外の世界を知って故郷ふるさとがもっと好きになるっていいですね」

カズマから急に今日初めて褒められて、思わず顔が綻んだ。カズマだけにしか見せない笑顔だった。

少し元気になってくれるといいんだが、カズマはなんか微妙に疲れが抜け切れてないような気がした。

お互い照れつつも恋人繋ぎをして屋敷へ帰る道を歩く。

ふと、手を離して思い出したようにカズマは街の入り口付近で立ち止まると、

「悪い!ちょっと買い物して帰るから先帰っててくれ!」

といそいそと街中へ駆け出した。

「あ!何を買ってくるんですかー!?」

「カレーの隠し味を買ってくるー!」

少し呆気にとられていた私だが、何か買い忘れたものでもあるのかという質疑を素直にカズマに聞いていた。


屋敷に帰ると、丁度ダクネスとアクアは買い出しから帰ってきて、屋敷の中の飾り付けをしていた。

その様子だとお昼はまだのようで、見かねた私が3人分のお昼ご飯をちゃちゃっと簡単に済ませるもので作った。

時刻はお昼を過ぎた頃。カズマはまだ戻ってこない。

私は庭に自生している育てておいたハーブをとってくると、他の二人にもカモミールティーを振る舞った。

日も少しずつ傾き始めた頃、カズマがようやっと帰ってきた。

「あら、カズマお帰りなさい。随分遅かったわね」

「もう、どこまでカレーに入れる隠し味を探しに行ってたんですか!お昼冷めてしまったではないですか!」

「めぐみんが熊のようにうろちょろして落ち着きがなかったんだぞ」

ダクネスの余計な一言で、私の顔は紅潮してしまう。

「な…!べ、別に結構心配なんてしてませんけど…!まぁほんのちょっぴり心配はしましたが。それより、カレーの隠し味って何を買ったんですか?」

赤くなった顔を誤魔化すより先に話を促す。私の顔を見てカズマは少し照れたような感じに見えた。

「あぁごめんごめん。コーヒー牛乳がなかったからコーヒーで代用しようと思う。後、板チョコを買ってきた」

カズマはそう言って笑って私に板チョコを差し出してくる。この男は、笑うついでに照れ顔を誤魔化したようだ。

「カズマさんカズマさん、隠し味に何を入れるのかは知らないけど、今日の夕飯がとっても楽しみな気がしてきたわ!あ、あっという間にもう夕方なのね。ちょっとゼル帝に晩ご飯あげてくるー」

アクアがゼル帝に夕飯をあげに行った。


チョコレートって何だろう。カズマにカレーのどこに入れるのかと訊いたら、どうやらイギリス?という国の人達はカレーのルーにチョコを入れるらしい。カズマは本格的な英国式カレーを作ると言っていた。

因みにコーヒー牛乳はじえいたいとカイグンの人たちが入れるらしい。カイグンって海賊だろうか。

みんなはそれぞれ、キッチンに立ってカレーを作り始めた。

「うぅ、玉ねぎの皮を剥くだけなのに何で涙が出るのかしら。ダクネス、玉ねぎの下処理終わったわよー」

アクアは下処理を任されている。アクアから皮を剥いた玉ねぎを受け取ると、ダクネスはまな板の上で切り始める。

「ご苦労様。アクア、次は人参の皮をむいてくれ。っとと、普通に切ればいいんだな!」

「おう」

カズマの不安気な声をきくと、ダクネスは玉ねぎを切っていく。ダクネスは包丁役を任されていた。

ダクネスが切った玉ねぎは、いつの間にか1ミリ程度しかないみじん切りに生まれ変わっていた。

「ダクネス!玉ねぎはそこまで細かく切らなくていいのですよ!あぁっ!」

私がダクネスの側へ近寄ろうとした瞬間、途中に落ちていた玉ねぎの皮で足を滑らせダクネスに向かって転倒しそうになった。

そしたら、私の隣でぐつぐつと鍋を煮たせていたカズマに背後から抱き止められる。

「-ーあっぶね!大丈夫か!?」

「わ!わ!大丈夫です。ありがとうございます!」

カズマは前のめりになった私を抱き起こすと、すぐ離れて鍋の方へ集中した。もうほんの僅かだけ抱きしめててもらいたかったなぁと、思ってしまった。ぶっちゃけ急接近して心臓がバクバクした。

ダクネスはというと、涙と鼻水でぐしょぐしょになって何も見えてないようだった。きっと玉ねぎのせいだろう。

「アクア!!玉ねぎの皮はちゃんと拾って捨てて下さいと言っているでしょう!!」

アクアの前にきて私は説教をしていた。

「わーん!ごめんねめぐみん!皮が明後日の方向にしかも遠くに転がっちゃったら拾うのがめんどくなっちゃって…!」

「は〜…もういいので必ず拾って下さいよ…」

両手を合わせて私の目の前で誤るアクアに、肩を落とした。さっきみたいに滑ると危ないのできちんと拾ってほしい。

「それとダクネス、玉ねぎと人参はもういいのでテーブルを拭いたりお皿を並べてたりしてて下さい。私が切りますから」

ダクネスもキッチンの外へ追いやった。

「あ、そうだみんな入れる肉は牛、豚、鶏とあるけど何がいい?」

カズマがキッチン外に顔を出して戦力外通告を受けた二人にも話しかける。

「牛肉がいいわ」

「間をとって豚肉がいい」

「鶏肉がいいです」

見事に意見がバラバラだった。

「俺もダクネスと同じ意見で豚肉がいいと思ったから、多数決で豚肉な」

カズマはというと、豚を選んだのでポークカレーなった。


「それにしてもなんだよめぐみん、爆裂散歩の時はステーキが良いと言ってた癖にカレーは鶏肉がいいとか言いやがって、庶民の力を発揮しなくてもいいのにな?」

「えっと、その…多分カズマだけにしか言えないのですが、カレーは鶏肉しか食べたことなくて…。我が貧困家庭な故に」

しかも一欠片しか使わない薄味だったんです、と付け足した。恥ずかしいながらも大変言い難いことを言ったと思う。

「そうだったんだな。そっかそっか。じゃあめぐみん!今日は思う存分におかわりして良いぞ!クリスマスだしな!」

そう言うと、カズマはカレーを煮たせつつ私の頭を片方の手で撫でてくれる。前のカズマなら馬鹿にしてこんなこと絶対しないはずなのに、最近変わったなと思う。

私はぐつぐつ煮たせているカレーにチョコの一欠片をポチャンと鍋に入れる。

「絶対に他の人だと言えないような恥ずかしい私のことを受け止めてくれて、凄く凄く嬉しいです。ありがとうございます」

今度は私は別の意味で顔が紅潮した。このドキドキを鍋のぐつぐつ煮る音で誤魔化してほしい。

「あ〜〜〜そういうのいいから。マジで照れるから。昔のめぐみんならさ、すぐカレーにいわくつきの変なものとか激辛唐辛子とか入れようとしそうだった癖に、どこかで変なものでも食ったのか?」

「な!なにを!!今すぐこのデスソースをカレーの中に入れてもいいのですよ?…あ、お鍋が焦げてしまいますよ」

こうして二人でエプロンつけてキッチンに立っていると、新婚夫婦みたいだなと思ってしまう。いや、前提で付き合ってるんだし、私の男だから間違ってなどいないか。

ふっと、私がコンロの火を消す。

ポークカレーの完成だ。カレーのいい匂いがリビング中に広がる。


ぴんぽーん。

カレーの完成の合図とほぼ同時なタイミングで、玄関のベルが鳴る。

アクアがパタパタと玄関の方へ行き扉を開けると

「めぐみん!ハッピーメリークリスマス!!」

プレゼントを持ち立っていたのは我がライバルゆんゆんだった。

「メリー、クリスマス、です。クリぼっちゆんゆん。今年も男もいないからって私達の家に来るとは、かなり寂しい奴ですね」

「皆さんもメリークリスマスです!ってちょっとめぐみん!折角めぐみんの家に来てあげたのに開口一番にそれはないんじゃないの!?」

私はゆんゆんの前にくると、早速罵倒した。ゆんゆんは顔を真っ赤にして怒っている。

するとアクアも混ざって、

「まぁまぁ、めぐみんもそこまでにしなさいな。丁度夕飯が出来たベストタイミングできたわね。さては家の外まで広がったくすぐるカレーの匂いに釣られてきたのかしら?」

と今度は私とゆんゆんを宥めた。アクアが火に油をつけるようなことをしないなんて、珍しい。

「そうだ。ゆんゆん、プレゼントも用意してくれたことだし、折角だしカレー食べていかないか?」

「つーか、カレーでも食べて二人は怒るのを忘れた方がいいんじゃないか?」

みんなの分のカレーをよそっていたダクネスも、カズマも今日は無礼講だという意見を示した。

ゆんゆんと私以外のみんなが席に座る。

「私の分のカレーは?え、えっとよそってこいって「ゆんゆんのカレーは私が持ってきます!待ってて下さいね」」

と言ってゆんゆんを止めると、早々とお皿を持ってキッチンへ向かった。

「さあどうぞ!今日はこのカレーを使って勝負です。みんなが作ったカレーをどっちか先に食べきれたら勝ちでいいですよ」

「…なんかみんなのカレーより見た目赤黒いんだけど、まあいいわ!その勝負してあげようじゃないの」

ゆんゆんは渋々勝負を受け入れた。

いただきます、の合いの手が勝負の始まりの合図となった。

「今日くらいは勝負をしなくたっていいのにな」

「!!辛い!がらいがらい!めぐみんごんなん卑怯よわあああぁぁぁあああん!!」

ゆんゆんが一口、カレーを口の中に放り込むと、絶叫とも言える声で咳込んだ。涙目で悶えているゆんゆんをみて、嘲笑を浮かべると、

「今日も勝ち」

私はゆんゆんにサムズアップを送った。

「助けてアクアさぁぁぁああああんっ!」

「大丈夫ゆんゆん!?はい花鳥風月!」

アクアに助けを求めたゆんゆんは、どうやら目の前のコップの水じゃ足りなかったらしい。アクアに水を足してもらっていた。

「ゆんゆん、お気の毒に…」

ダクネスが青白い顔をしていた。

「あのスーパーで安売りしてた時に買って冷蔵庫にしまっておいたデスソースが役にたつ時がきましたね」

「全然役に立ってないと思う!てか、カレーにどんだけ入れたんだよ」

予想通りのカズマのツッコミがきた。3敵程で死なない程度で良かった。私はキラキラオーラを放ってない胸を張っていた。


カレーを食べた後は、いつものプレゼント交換会をした。

私は女子にも男子にも似合う、厨二的なネックレスを選んでおいた。だけど、どうにも自分自身の手に渡ってしまった。

カズマのプレゼントは、手作りのブランケットだったみたい。それはゆんゆんの手に渡ったようだった。

「カズマさん、いいんですか!?ありがとうございます…!」

さっきのゆんゆんの運が転向したのか、とでも思ったが。カズマが貰ったのは、なんとゆんゆんのプレゼントだったらしく、鼻の下を伸ばしていた。

「いや!冬だし暖をとるものがいいと思ってな!ゆんゆんもこの貯金箱さんきゅーな!大切に使わせて貰うよ」

久しぶりに私以外にデレデレするカズマをみた気がするけど、自分が今凄い形相で睨み付けていること等つゆ知らずでムカついていた。二人は私がキッと睨んでいることに気づいてこちらに顔を向けると、私は愛想笑いで返した。

結局ダクネスはアクアの購入したものを貰って、アクアはダクネスのものを貰っていた。

ゆんゆんが貯金箱をクリスマスプレゼントに買ったのは、私がこないだ割った物を気にして買ったのではないか?とも思った。まぁ後で何かと交換してもらえばいいか。そうでなくとも、私とカズマの二人だけのものにしてしまえばいい。


夜遅くまではしゃぎすぎてしまった。ダクネスは明日は、「実家で領主の仕事仲間と集まって忘年会があるから早めに休む」と言い、お酒が回った後早めに寝てしまっていた。

アクアはソファーで酔い潰れて寝ていた。

「一向に起きませんね…。もうこのままにしておきましょう」

カズマがお風呂に入っている間、アクアを起こそうと試みたが、ダメだった。

ついでに、私はお風呂に入る前に、何かの用意をする。


コンコンコン。

お風呂に入った後、私は大きく息を吸ってカズマの部屋のドアをノックする。ゴソゴソと、中からちょっと驚いたような音が聞こえるが、カズマはバタバタとドアの前まできて、

「なんだあ!?プレゼントはさっき貰っただろ!」

とドアを開けずに言ってきた。

「ええ、貰いましたよ!自分で買ったのを!」

「もしかして、さっきのゆんゆんと俺のやり取りに怒ってんのか!?」

「…怒ってないと言っても否定できませんが…!もう一つ!カズマと恋人になって初めてのプレゼントがあるんです!」

私は怯まずに言うと、ドアがガチャリと開く。カズマは目を見開いてまん丸くしていた。



「最近、結構カズマがやつれていると思って、これを持ってきました。心が落ち着くハーブティーです」

私は外に置いてあったお盆を手にすると、カズマにティーポットと二つのカップを差し出した。そういえばエリス聖誕祭を企画する1週間前、カズマはクエストから帰ってきたと思うとすぐお祭りの幹事の会議しに町長さんのところへ行ったりと、てんてこまいの毎日だった。徹夜することもあったらしい。

「恋人として初めて貰って欲しいっていうから、別のものを期待してたけど…ありがとうなめぐみん!疲れが溜まってて困ってたんだ。お、良い匂いのクッキーもあるじゃねぇか」

カズマは顔を真っ赤にして何をとち狂ったことを抜かしているんだろう。初めては既にあの時貰ったじゃないか。

「コロッと一撃で眠れるハーブクッキーです。って何を言ってるんですか!カズマのすけべ!」

「お前こそ今何て言った?クロロフォルムとか麻薬とか混ざってるんじゃないだろうな!?ゆんゆんを殺そうとして、今度は俺を死なせたいの?」

慌ただしいカズマだが、顔を赤くしている姿はまるで沸騰したやかんに水がついたようだった。

「そんなことしませんよ。ところでカズマ、くろろふぉるむ?まやく?って何ですか?」

私を何だと思っているんだろう。きょとんとした顔で少しカズマの言っている不思議な単語が紅魔族的にかっこいいと思ってしまった。カズマは本当に通暁だ。すると立ち所に説明を始めた。


カズマはティーポットとカップ等をベッドの脇のテーブルに置いた。

「その前に、カズマ………………………ん」

私はベッドに座る前に爪先立ちになり、カズマを労おうと促す。

「おお前何してんだ…?」

「もう、見てわからないのですか?お疲れ様のキス………ですよ。特別に、いらないのですか…?」

私は顔を若干赤くしながら言うと、カズマはそれに応えるようにベッドから立ち上がって近づく。

「あぁもう分かったよ!」

「じゃあ、カズマが目を瞑って下さい。ほら…早くしてくださいよ」

そう言うと、私以上に顔を紅潮させたカズマが目を閉じる。

「ほら、これでいいだろ」

カズマのキス待ち顔も可愛いなぁと、私は悪戯っぽく歯を出して笑う。そのままキスをしないまま数秒が過ぎた。次は私がカズマの顎に手を当てると、カズマは瞑っていた目を勢いよく開ける。

「…キス待ち顔ごちそうさまでした」

「!?!?……〜〜〜!!〜〜〜っ!!////」

顎から手を離した私が言うと、カズマはその場で崩れ落ちる。不意打ち大成功だと内心ガッツポーズを決めると共に、さっきの嫉妬心が溢れて出してしまいそうになる。

「ごめんなさい。でも、先程ゆんゆんに嫉妬してたと指摘された仕返しですよ」

だが私は、気持ちが高揚していた。お風呂に入って頬が上気しているせいもあるが、へたり込んで見上げるカズマをこれ以上にない微笑み顔で笑って頭を撫で続けていた。


「ハーブと言ってもこれもカモミールですよ。お茶にはローマンカモミールが主に使われます。ローマンカモミールは3種類の種類があり、クッキーにはノンフラワーカモミールを使っています。お茶には普通のローマンカモミールと、ダブルフラワーカモミールを使っています」

かつてないドヤ顔でウンチクを話す私を、カズマはうんうんと頷きながら聞いている。ベッドに座り、二人で他愛もない話をしてはお茶を飲んだりクッキーを食べてだべっていた。

「はいはい。今夜はゆっくりと寝れそうだ」

「どれもこれも…カズマがハーブという花を教えてくれたお陰ですよ。どういたしまして、です」

たまたまカズマと喫茶店に行った時のことを少し思い出す。あの時さり気なく教えてくれたのが、ハーブのことだった。えへへ、とちょっと照れ臭く笑い返すと、カズマの左肩に頭を預けて身体ごと寄りかかる。

「にしても、夕飯の時のカレーのゆんゆんとの対決といい、いつも通りのめぐみんで安心した!」

「私はいつでも平常運転ですよ?」

「はいはい」

私に近づかれて挙動不審になるカズマを見ていると、本当に愛おしいなぁと感じる。甘い香りが部屋中に広がったのはカモミールの匂いだけではないだろう。ダブルフラワーカモミールみたいなカズマは、とても可愛く思えた。

ティーセットを片付け終わったら、今度は私は寝ているカズマの上に乗っかりぱたぱたと布団を手足でクロールしていた。

「何してんだよッ!」

「ク、クロールです。我が秘伝の魔力の回復の促進を高める効果があるのです」

「邪魔だ」

「わぁぁ!我が秘伝の魔力を高めるクロールが!」

てい、とカズマは空いている隣に私を下ろした。すると私の張ったお腹に手を回して触ってくる。

「妊娠3ヶ月くらいか?」

「んなぁぁぁあああ!カズマ、言っていい冗談と悪い冗談があるんですよ!?ひゃあ!そんなにすりすりしないでくださ…!」

「すまんすまん。これはアメリカンジョークの一種なんだ」

カレーとクッキーでお腹一杯にした私の膨れた腹をこれでもかというくらいにしつこく触る。

「ごめんなさい。あのカズマ、それ以上触ると口から何か出てきそうな…うっ吐き気が」

冗談混じりに私が演技すると、カズマはお腹を触るのを止めた。擽ったいからやめろという意思が伝わったようだ。

既に部屋の灯りがベッドの側のテーブルのランタンだけになった。

「おやすみはまだ言いたくないが、段々と微睡んできた。おやすみぃー」

カズマがようやく休めると思って寝ようとすると、

「ハーブの要素をふんだんにお茶に入れましたからね。えっちな夢だって見られるかもしれませんよ」

私は反撃様に、カズマをからかった。

「えええっちな夢!?えっちな夢が見たいのはめぐみんの方なんじゃないのか?おませさんめ!」

ガバッと上体を起こしたカズマは耳まで真っ赤にしている。

「ぐっすり寝たらその時はその時ですよ。まぁ夢なんて大抵起きたら忘れてると思いますが。ふふふ、カズマ、今日はどちらが起きていられるか勝負です。先に寝落ちしたら顔に落書きするとしましょう」

そう背を向けてカズマに喋っていたらすやすやと寝息を立てる音がしだした。私の大勝利である。

私はくるっと振り向き上体を起こすと、寝ているカズマの頬にキスをした。

「お疲れ様でした。カズマ」


カズマに女の子らしい一面を見せる為に、カズマのパーティーの仲間になって初めてライバルのゆんゆんと再会をした時のあの日、髪をポニーテールにして一緒にお風呂に入ったっけ。

カズマとの裸の付き合いも、今思えば笑い話になるが、その頃からなんとなくカズマは異性として認め始めたのだ。

恋愛のれの字も知らなかった私が、どうしてこんなに好きになってしまったんだろうと理由を考え始めたのが、鏡の前に立つことが増えたきっかけに繋がった。

私は全面にさらけ出すのではなく、女の子らしさをアピールするようにいつの日かからなっていったっけ。

お互い恋愛免疫のなかった二人だが、最近のカズマもこの方向で攻めて行くのが良いかもしれない…と、私にアプローチしてきている。

一緒に前進しているなぁ、と改めて思った。

私はもの思いにふけりながら寝落ちした。


今日はとても楽しかった。明日はいよいよエリス聖誕祭最終日のクリスマスだ。どんな明日が待っているんだろう?



カズマの場合。

12月25日。

俺は部屋でも凍てつく寒さを感じて目を開けると、隣には布団がしわしわになって乱れた後があった。そういえば、昨日クリスマスプレゼントにハーブティーを貰って、手作りクッキーも食べて、めぐみんと一緒に寝たんだっけか。

てかいつの間に手作りクッキーも作ってたのか。

当のめぐみんはというと、当然さっき見た時と同じで隣には寝ていなかった。部屋中を見渡してみると、冷たそうな床にまるでさっきまで匍匐前進していたかのような状態で、頭を下にしお尻を上に向けて寝そべっていた。ほっぺがフローリングの床に直接当たってて冷たくないのか?どんな夢見てんだよ。

ベッドから起きた俺がその場でつっこんで起こそうとすると、

「ん…、あ、ぐっもーです。カズマ」

夢から覚めてようやく自分が悪寒を感じることに気づいたのか、めぐみんが目覚めた。

「おう。…匍匐前進の夢でも見てたのか?」

「どうやらそのようですね」

重い目を擦りながら、欠伸をして両手を上げた後めぐみんはぷるぷると身を震わせる。

俺は欠伸をうつされると、

「寒いし、早く着替えて下行くか?」

「はっはい。昨夜も結構積もったんですね」

俺が窓の方に視線をやるとめぐみんも目を向けてぼそっと言う。俺はめぐみんが自分の部屋に戻る姿を見送りながら、今日こそは、俺も恋人としてのクリスマスプレゼントを渡そうと考えていた。


今日の空も少し冷たそうな色をしていた。こうして暖炉の側で温まっていても身震いしてしまいそうになる。

「今日はダクネスをお昼前に見送った後、暇なんだけどめぐみんはどうする?」

「暇なんだけどどうする?ってもう少し言い方が…!は!昨日作ったクリスマスケーキを食べるのを忘れてました!!」

なかなか言い出せない俺の言う事にめぐみんは呆れたように言うと、昨日の昼にクッキーのついでにクリスマスケーキを作っていたことを思い出した。

「ふぁ〜あ、おはようみんな。あ、何々?私も丁度寝る前に冷蔵庫を開けたらケーキが残っていたことを思い出してたところよ」

すると二日酔いは水を飲んだから何のそのといった顔のアクアが、昼前に起きてきて言う。

「これから忙しいという人もいますから、お昼の内に食べてしまいましょう」

台所でみんなのお昼ご飯をダクネスが作っているのを尻目に、めぐみんはお皿を出してケーキを切り分けていく。

「一晩たっても美味いな」

「そうでしょう。アクア、二日酔いはもう大丈夫なのですか?」

「水を飲んだらもうこれっぽっちも大したことなかったわよ。あぁめぐみん、このGトードのマジパン、私もいらないわ」

そういったアクアは自分のケーキにちょこんとのってたマジパンをめぐみんの皿にうつしてのっける。結局Gトードのマジパンはめぐみんの元に戻った。

「なぁ、それどうするんだ?」

俺はなんとなしに聞いてみると、

「後でとっておいて手で砕いて食べますけど」

とめぐみんは素の顔で言ってきた。手で砕けるのか。まぁでも、めぐみんの腕力ならワンチャンありえるかもしれない。


ケーキを一通り召し上がった後、俺達はダクネスを見送った。

「では、行ってくりゅ!」

「二人はこの後どうするの?私は超暇暇だし、露店を回ろうと思ってるんだけど、ちょっとお小遣いが足りないから、空き缶集めかつ食べ歩きをしようと思うの!あ!ついでに今夜はパイも投げにいかなくっちゃねー!」

とても早い口調でアクアは捲し立てると、空き缶拾集する用意とかをしてから早々と家を飛び出して行った。空き缶集めている女神は恐らく世界中のどこを探したってお前しかいないと思う。


「あ、あのさ、めぐみん…」

「私達も行きましょうか」

急に二人きりになって緊張して畏ってしまった俺だが、言いたいことを察しためぐみんが先を促した。


二日ぶりにして、日射しが顔を出し午後から晴れたぽかぽか陽気になってから、めぐみんは昨日のふわふわパーカーの下にいつも着ている黒のワンピースを身に着けている。

俺達はいつぞやのデートスポットに来ていた。

エリス聖誕祭のクリスマスということもあり、より一層パワーアップしている露店が見える。

クレープなるものを俺とめぐみんは頬張りながら、色々な店を回った。

「射的屋さんがありますね」

「あぁ、以前に俺が困っているゆんゆんにどうしようもなくなって景品を取ってあげた場所だな」

俺はゆんゆんに冬将軍のぬいぐるみを弓スキルで取ってしまったことを思い出していると、めぐみんは物憂げにじっと店を見つめていた。

「…あ、もしかしてやりたいのか?」

「いえ、そんなにお金は持ってなかったはずですし、今日のところは遠慮します」

「そ、そうか」

クレープをもしゃもしゃしつつ先へ進むと、アクアがまた大道芸人の隣で凄い実力を発揮した宴会芸を披露していた。

また芸人さんの人生を変えるつもりなのか、と思ったけど、横の芸人さんに任せて見なかった事にした。


俺達は夕方頃までウィンドウショッピングみたいなことをした後、庭にもイルミネーションが飾られている屋敷に帰った。

帰路についた後、俺は気づいた。もしや、今夜は実質2人っきりなのではないか、と。

二人だけで夜ご飯を食べていて、とても恋人らしいことをしているな、と思ってしまう。こ、恋人らしいこと!?

そういえば、恋人になっていくばくもないのもあるからか恋人らしいことをめぐみんも俺もぎこちない感じが抜け切れなくて全くと言っていい程あまりしていなかった。

二人っきりになった途端唐突に意識してしまう。いや、二人っきりだからこそ周囲に気を配らなくてすむから困らないのだが。

俺は晩飯を食べ終えると、

「め、めぐみん。今晩、俺の部屋に来ないか?わわ渡したいものがある」

「分かりました」

恋人としてのクリスマスプレゼントをくれるのかなと察した頭の良い紅魔族のめぐみんは、口だけを歪ませて無邪気に笑ってみせた。

めぐみんがそれ以上は追求しない体でいると、俺も空気を読んでいいのかなという考えに至った。



風呂から上がり、俺がソワソワしていると。

「カズマ!入りますよー」

女の子を部屋に呼ぶ、ということが俺が数々読んできた漫画ややってきたゲームの中で手に取るように意味は分かるが、どれ程重要なのかという状況は今になって分かった気がする。

恋人になるまでは理解していなかった。

「おおう」

なんだか緊張して裏返った声で俺が返事をすると、ガチャリとドアを開けてめぐみんは入ってきた。

そこには身に着けていてもめぐみんだと分かるが、白衣+例の風呂敷ブラトップを着た見た目より年上系のお姉さんめぐみんが立っていた。

そう、俺が去年あげた何をやってもどんな時でも着崩れない風呂敷ブラトップだ。

「何だよその格好…?」

「ク、クリスマスなので、私もコスプレしようと思いまして!」

めぐみんも緊張で肩が固まっているのか、白衣の下にブラとパンツとタイツしか着ていないことに恥ずかしがっているのか声が大幅に上ずった。

「コスプレなぁー…。去年と同じコスプレだけどな」

「〜〜〜な!……あ、ゴムが緩すぎます…!」

俺の発言に怒ってめぐみんは前のめりになろうとしたが、去年よりも著しく成長なされたちっぱいを必死に隠そうとするも、ゴムが緩々になったブラトップではゴムの部分を両手で上げるのが精一杯だった。上げていないと南半球まで見えそうになる。

「スティール」

「あっ!カズマ、何をするんですかっ!?」

俺はベッドの上でスティールを唱えて、めぐみんのブラトップを手にすると、ベッドから降りて箪笥の中を開けて新しいゴムがないか探索する。さっきから耳まで真っ赤に染めているめぐみんは、もちろん手ブラである。

「新しいスペア渡したのに、何でまだあの時の使ってるんだよ?」

「あの時、初めてカズマから貰ったクリスマスプレゼントだったもので、思い入れがあるのですよ。ずっと大事に使っていても悪くないじゃないですか」

「…ま、まぁいーや。テキトーにリサイズしてやるから。そこで待ってろ」

お前には、つくづく言う事だけは達者なところがあるよな。手離したくないってか。俺は顔が赤くなっていることがめぐみんにバレないようにそっぽを向け続けた。

「あのぅ、カズマ、まだですか?」

しばらくして、めぐみんはゴム通ししてパッチワークしている俺に催促してくる。

「まだだよ!寒いってんなら、俺のシャツでもマントでも着てろよ!」

「あ!今、こっちをチラ見しましたね!?…いくらカズマでも恥ずかしいですよ。うぅ、部屋に戻って替えのブラを取ってきたいところですが、寒そうですし…」

俺が少しでもバッとめぐみんの方を向いたら、冬だというのに汗をかきそうなくらいにおどおどしていた。もし帰ってきたアクアと鉢合わせになったりしたら言い訳がきかないかもしれないしな。

全国の巨乳の人には酷だと思うが、おっぱい大きい人は片手じゃ乳は隠せないんだぞ。その点貧乳のめぐみんはありがたみを感じた方がいいと思う。両手で限界まで慎ましやかなものを隠している姿はマジで直視できないくらい可愛いけどな。

「一昨日の、チョコがついたところ、火傷じゃなかったんだな」

「え?あ、はい。ていうか火傷がついてなかったか見たかったんですね。これはお風呂入った時に様子を確認したからもういいですご心配ありがとうございます!」

照れ隠しなのか、めぐみんは早口で捲し立てると、寒そうに身体が震えていた。まためぐみんが風邪を引いてしまったらどうするよ。

まぁめぐみんの体に生傷なんてつけさせやしないけど。


「ほら。できたぞ!」

「あああありがとうございます!!」

やっとゴムも通し終わり糸も縫い終わると、俺はめぐみんに背を向けたままベッド辺りに風呂敷ブラトップを投げつける。

それを手にしためぐみんは、早速着けて調子を確かめている。

「もう、いいですよ。サイズぴったりだったみたいです」

やっと支えるものができて、めぐみんは腰を抜かす程喜んでいるようだった。


アクアは今頃、酔った勢いでライバル視している教会にパイを投げつけに強行している頃だろう。あえてどことは言わないが。

ダクネスは今夜は多分帰ってこないだろうし…。

これってすっげーチャンスなんじゃないか。


そういや昨日は、色々と溜まっててサキュバスサービスを受けようとしたがめぐみんがきて、無駄になってしまいお金だけ飛んでったんだっけ。ならば…。


嬉しかったなら良かったけど、俺は恥ずかしい空気にしてしまったことを後悔していた。めぐみんはベッドの上で女の子座りをしていたのだ。

「めめめぐみん!コレ、やるよっ!!」

俺は後ろ手に持っていたプレゼントを顔だけは俯かせてめぐみんに差し出した。

店員さんに「彼女への贈り物ですか?」って聞かれて綺麗にラッピングされた時はめちゃくちゃ恥ずかしい思いしたってのに。

「ありがとうございます。ゆんゆんがつけているのと似てますね。これ、どうやってつけるんですか?」

めぐみんが袋を開けると、琥珀色をしたカチューシャが入っていた。ゆんゆんのとかつけたことないのか。

「頭にかけるんだよ。こ、恋人としてのクリスマスプレゼントってやつだ」

めぐみんは今、肩に届いてる程髪が伸びている。とあらば、耳の上で留めているカチューシャは重宝する筈だ。

めぐみんは上唇を下に向けて、何か言ってほしそうにこちらをチラチラと見ている。

「えっと、あの…似合っているでしょうか?」

我慢ならないめぐみんが口を開くと、

「あ、あぁ」

素で返してしまった。どうしよう!恋人としての返事がうまい具合に出てこない!俺がいたたまれない気持ちになっているからだ。素っ気ない態度と思われてしまうかもしれない。

ムッとしているめぐみんの前で、ちょっとばかしの沈黙が流れた。

「あーあのさ、もう一つあるんだけど…」

俺は思い切って昨日紐くじで当てた景品の、猫耳のついたカチューシャをめぐみんに見せた。

「…そ、そんなもので私が許すとでも?でも、付けたくないと言えば嘘になります。よって、つけたいのは山々なのですが…」

めぐみんは猫耳カチューシャを目で追うように狼狽えていた。優柔不断なやつめ、これで許してくれるといいのだが。

「まぁとりあえず付けてみるがいいさ」

俺は猫耳カチューシャをめぐみんに差し出すと、めぐみんは琥珀色のカチューシャを一旦外し猫耳のついたカチューシャへと付け替えた。

「魂が抜けるくらい可愛いな」

ついらしくもないことを口に出してしまったな、と思った俺は取り乱してしまう。これではめぐみんに変に思われてしまうかもしれないとも顔に熱を持ったまま思う。

「ほわー。あ、ありがとうございます。ふわふわしてて、可愛いですね」

顔を熱らせためぐみんは、猫耳の部分を触りながら、口元をむにむにして呟いた。

今のめぐみんは白衣とタイツと風呂敷下着のオプションに、猫耳カチューシャというとてつもない扇情的な格好をしている。

劣情を誘ってるとしか思えなくて、健全だと言うと全く説得力がない。

俺はベッドから一旦降りて、座っているめぐみんの前にきた。

めぐみんはくるりと一回転して、俺に向き合う。

手汗で握りこぶしを作りながら、俺は言う。

「コホン。めぐみん、昨日も色々と、ありがとうな。カレーも、愛妻のサポートがなきゃ上手く作れなかったし…」

「いえいえ、愛妻だなんて、そんな…。でもカズマも指示してくれたお陰で、凄くおかわりしてしまいました。美味しかったですよ」

お互い真っ赤になりどこかに逃げ出したい気持ちになる。

だが、俺は昨日夜寝る前に勝ち逃げっぽいことをされた仕返しをしてやろうと

「…俺からも、特別だからな。目…瞑って…」

めぐみんに目を瞑るように言った。すぐにめぐみんは目を閉じると、俺もしゃがんでめぐみんの背丈に合わせる。

完全にノリだと見せかけて、俺はめぐみんの唇にキスをした。

抵抗されるかも、と思ったがめぐみんの口腔内に舌を入れて、俺の意図を察しためぐみんはなされるがままに背中からぽふりとベッドに身を預けて、押し倒した様な形になる。

ようやっとめぐみんをディープキスから解放してあげると。

「ぷあっ!かずま…!」

「いつまでも、同じような手を使うとは思うなよ。俺は昨日負けたままだったからな…!」

「してやられました…。気を取られましたよ…!昨日と似たようなことをするのかと思って油断していました」

ここまで潔いっちゃ潔いんだが、こんなことをしてると、俺もめぐみんに似てきたな、と思ってしまった。

めぐみんの様子を見ていると、顔を耳まで大分熱らせていても、寒さに我慢ならないのか身震いが止まらないでいる。

「知っていましたか?昔々海で漂流されて気絶した人を、人肌で温めて回復させたそうです」

「お前は気絶してないじゃないか」

「今すぐ気絶しそうなくらい寒いのですが…どうしましょう。かずま…?」

「しょうがねーな。今夜は覚悟しとけよ」

ニイ、と口元だけを緩ませた。

俺はめぐみんに覆い被さると、手をゆるく絡める。同時に、少し強い力で握り返された。


「私も、カズマを寝かせません」


そう言って、めぐみんは屈託のない笑顔で返してきたのだった。


アクアも、エリス教徒の人達に帰されても、今頃ソファーで酔い潰れて寝ているだろう。

恋愛ごとが好きなエリス様が、今日という日をお祝いしてくれたお礼に、俺達に「祝福の魔法」をかけてくれたのかもしれない。

エリス様の誕生日だし、クリスマスだし、今日くらいはめぐみんと甘い夜を過ごしてもいいよな。罰は当たらないはずだ。

最近は厨二病のことだけじゃなくて、爆裂魔法のことと言い、めぐみんに少しずつ近づいてきてる気がする。

爆裂魔法を覚えたとして趣味を共有する分にはまだしも、性格まで似てくるのはちょっといただけないと思う。

将来生まれてくる子供のためにも早くなんとかしないと…と思った。


冬の長い夜だった。

ベッドのスプリング音が小さい音を立てて軋む。

俺達は再び深いキスを交わした。

めぐみんは俺の行動に腰を抜かしてたけど、実際に魂まで抜かれてしまいそうになったのは俺の方だった。


この素晴らしいクリスマスに祝福を!

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このにわかの魔法使いたちに僥倖を! 灼凪 @hitujiusagi

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