第4話


 音楽療法、とまではいかないが、私はいつもレッスン時間の合間にその時の気分に合った曲を弾く。

 それだけで、普段は吐き出せない様々な思いが音に乗って消えていく気がするのだ。

「やっぱり、ショパンの曲は落ち着くなぁ」

 ショパンの『ノクターン第2番』を弾き終え、すっきりとした気分になる。短調のこの曲は明るくもないし、テンポが良い訳でもない。それでも、ゆったりとした曲調に自分の感情を乗せやすいし、盛り上がる部分もある。

 何より私はショパンの切ないメロディが大好きなのだ。

 私が弾き終えたタイミングを見計らってか、ノックの音がした。返事をすると、顔を出したのはイロハ音楽教室でエレクトーン講師をしている近江おうみ静香しずかだった。パンツ姿が様になるスタイルの良さで、いつもきれいなストレートヘア。おまけに美人で優しくて、指導力抜群な自慢の先輩である。

「篠田先生、今空いてる?」

「あ、お疲れ様です。大丈夫ですよ」

 笑顔で頷くと、近江は室内に入ってきた。

「岡村さんから聞いたよ。男性の生徒なんて、大丈夫なの?」

 私の事情を知る近江は、心配そうに問う。

「正直、大丈夫ではないです。やっぱり男の人は怖いですし、身体の震えは止まらないし……でも、応援したくなるんですよね」

 体験レッスンの後、細見さんは入会金を支払い、正式に私の生徒となった。

 レッスンは、毎週金曜日の夜七時からの三十分。一人暮らしの自宅にピアノがないという致命的な問題はあったが、幸い細見さんの実家に古いピアノがあった。時々なら、音楽教室で部屋が空いている時に練習をしてもかまわない、と岡村さんが融通をきかせてくれたことも大きい。

 まだ二回しかレッスンはしていないが、友人を祝うために少しずつでも楽譜を読もうとしている細見さんの姿をみていると、絶対に弾けるようにしてあげたい! と思うのだ。

 物理的距離は絶対に必要だけれど。

「もう、性別は頑張って忘れることにして、講師としてピアノを弾かせてあげることだけを考えようかと……っ!」

「うん、そうやって考えられるようになったなら、大丈夫そうね。難しいことは考えずに、私たちはただ、生徒が音楽を楽しめるようにサポートするだけだもの」

「近江先生、いつも、ありがとうございます」

 そうして、最近近くに美味しいカフェができただの、最近の若い子が聞いている曲がよく分からないだの、色々と他愛もない話をした。

 あっという間に時間は過ぎ、お互いにレッスン時間となり解散した。

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