魔法少女は未来を救う 〜たとえ×××しても〜

守田優季

魔法少女は未来を救う 〜たとえ×××しても〜

 私は目を疑った。目の前に広がる光景と臭いに吐き気を催し、立っていられなくなる。頭がガンガンする。痛い。視界がぐらつく。


 ……これは、何? 夢でも見ているの? だってこんなの、こんなのって……。


 私じゃない。私がやったんじゃない。私はただ……。


 どうして? 嫌だ。違う。ごめんなさい。ごめんなさい。

 お願い、誰か、夢だって言って。


 *


 魔法が使えたらいいな、とか。フリフリの可愛い衣装に変身して活躍したいなぁ、とか。いろいろ妄想してわくわくしていた子供時代。日曜の朝やっていた女児向けアニメの影響をもろに受けて、しょっちゅう友だちと魔法少女ごっこしていたっけ。


 そんな遊びももうしなくなって、随分経った中学二年生の春。


 変なものに出会った。


 下校中の通学路に、突如現れたふわふわと宙に浮く謎の球体。うさぎみたいに白くてふわふわの毛が生えている。なんだろう。もしかして幻覚? 最近睡眠時間短くて、疲れが溜まってるのかなぁ、なんて思っていたら球体がパチッと目を開けた。


「未来を救ってほしいウサ」


 しゃべった! と思ったら緑色の大きな目がピカッと光って、スクリーンもないのに映像を映し出した。

 私は多分白昼夢でも見ているんだろう。中間テストが今日終わったばかりで、寝不足だもん。


 映像には砂漠やぼろぼろの廃墟が映し出されている。物悲しい光景。


「地球がこんな未来になるのを、キミに止めてほしいウサ」

「……止めるって、どうやって?」

「変身して、敵をやっつけるウサ」


 語尾のウサが少し耳につく。随分とはっきりとした幻覚だ。しかも街中で、意識もはっきりしているのに……というか、周りに人いないよね? こんな変なものと話していたら、変な子だって思われちゃう。幸い、周りには人っ子一人いないかった。


「変身って……」

「可愛い衣装に強い武器で、安心して戦えるウサ。キミにしかできないことウサ」


 あれ? 

 これって、あのアニメに似てる。主人公が魔法少女になって宇宙からやってくる敵と戦う、昔大好きだったアニメの展開に。確かこんな風に突然やってきたマスコットキャラクターに、助けてくれって頼まれるんだ。


「……それって、本当?」

「ほんとうウサ。たすけてほしいウサ」


 信じてみる……?

 だって、夢ならどうせ覚めるだろうし、もし本当なら夢が叶う。憧れの、魔法少女になれる。そう、幼い頃の私の夢。それは強くて可愛い魔法少女になることだった。さすがにもうそんな妄想はしていないけど、とっても大事な思い出だ。それが今、叶うかもしれない。


「いいよ。なる」

「うれしいウサ。さっそく変身するウサ」


 ふわふわの球体が七色に光った。そして私も眩い光に包まれる。次の瞬間には、フリフリの可愛らしい衣装に身を包んでいた。ふんわりと広がるスカート、大きな胸元のリボン、結構ヒールが高いのに全然痛くないブーツ。私が思い描いていた理想の衣装そのものだった。


「可愛い!」

「気に入ってくれてうれしいウサ」

「あなたって、何者なの?」

「特に名前はないウサ。うさぎ型のロボットウサ」

「じゃあ、ウサでいっか。これからよろしくね、ウサ」

「挨拶なんていいから、さっそく戦ってほしいウサ」

「えっ」


 そうだった、変身したからには戦わなくてはならない。嫌だな、怖いなと思う反面、みんなの役に立てることが嬉しい。未来を救うという大仕事に、胸がときめいている。


「この近くに敵がいるウサ。変身して身体能力が上がっているから、ひとっ飛びなはずウサ」

「わ、わかった」


 とりあえずジャンプしてみる、体がぶわりと浮き、次の瞬間には屋根の上にいた。なにこれ。すごすぎ。


 慣れてくると楽しい。屋根から屋根へジャンプ一つで飛び移ることができる。バク宙だって出来ちゃう。すごいすごい!


「ここウサよ」


 古いビルの前でウサが止まった。

 すると視界がぐりゃりと歪み、瞬きをすると、ファンタジックで鮮やかな色合いの世界になった。

 さっきまで見えていた寂びれたビルは、アニメや絵本にでてくるようなファンシーなお城風の塔になっている。私はウサに導かれるまま、塔の中に入った。

 塔の中に、それはいた。恐竜に似ている。黄緑色で水玉模様の、ドラゴンってやつかも。私に背を向けて何かごそごそしている。


「チャンスウサ。敵はまだこっちに気付いてないウサ。先手必勝、思いっきりこれで叩くウサ」

「え? わぁ! ステッキだ! ねぇ、これビームとか出ないの?」

「ビームは出ないけど、頭が急所だから思い切り叩くだけで大ダメージウサ」

「そっか」


 先端に大きなハートのクリスタルかついている、とても可愛らしいステッキ。ビームが出たら魔法少女っぽくてかっこよかったのに、と思いつつ私はそっと水玉ドラゴンもどきに近づいた。そしてステッキを振り下ろした。きしゃーっという叫び声と共にドラゴンもどきは倒れた。え? よっわ。


「すごいウサ!」

「そ、そっかな」

「この調子で、またよろしく頼むウサ」

「うん!」


 いいことをすると気持ちが良い。私は家への帰り道、心踊った。長年の夢が叶ったのだから。

 家について変身を解いた。ウサは家に着くまで、変身を解いちゃだめウサと何度も念を押した。


 それから多い時は週に一回、ウサと一緒に敵を倒しに行った。ウサの指示は的確で、だいたい一撃で敵を倒すことができていた。

 私は誇らしかった。未来のために、頑張っている自分がとても特別な存在に思えた。


 その日もウサが、敵がいるウサと言って現れたので、家から出ようとしたところ、お母さんに呼び止められた。なんでも、最近殺人事件が相次いでいるらしい。被害者に関係性はなく、事件は迷宮入りなのだとか。私は心配ないよ、すぐ戻ると言って玄関の扉を開けた。もし殺人鬼が現れても、変身したら自慢の脚力ですぐにげられるもんね!


 変身をして、目的地へと向かう。場所は家からすぐ近くだった。毎度同様、視界が変化する。パステルカラーのファンタジックで愛らしい世界へと。

 今回の敵はツノの生えた熊のような生き物。背中にコウモリみたいな小さな羽が生えていて、目つきは悪いけどアニメのキャラみたいなデフォルメがされていて、あまり怖くない。


「まずいウサ。気づかれたっぽいウサ」

「え!」


 いままでの敵は、相手が私に気づいていない隙に一撃を食らわせて倒していた。だからこんなことは初めてだ。


「グァ?」


 うめき声を出して、悪魔みたいな熊はキョロキョロしている。近づくのは危険かも。ウサにヒソヒソ声で、あいつの気を引きつけてと頼むが断られた。

 ウサは繊細なロボットだから、壊れたら大変だウサとかなんとか。使えない。まぁ仕方ないか。


 私は敵に姿を見せることにした。もう、正面突破だ。これでも運動神経は悪くない方だと思うし、敵は動きがノロそうだ。

 私の姿を見ても敵は襲ってこなかった。不思議そうに首を傾げて、ガァとかグォーとか唸っている。私はステッキをしっかり握り、一気に詰め寄ると野球のバットを振るみたいにして脇腹を殴った。吹っ飛んだ敵はまだピクピクと動いているのでもう一度頭めがけてステッキを振り下ろした。そしてバタンキュー、と目を回して敵はばったりと倒れた。キラキラと消滅していく。


「お疲れさまウサ」

「あー疲れた」


 それにお腹も空いた。確かこの近くにコンビニがあったっけ。買い食いして、ついでに明日のおやつ用にお菓子でも買って帰ろうと思い、私はその場で変身を解いた。


 視界が元に戻る。そこは見知らぬ部屋の中だった。


 床に広がる血、そして倒れている男の人。錆びた鉄の匂いが立ち込めて、吐き気がした。


 なに、これ……。


「変身は家に帰るまで解いちゃダメって言ったウサ」


 ウサの声が遠く感じる。頭がぐわんぐわんと揺れて、とても痛い。気持ちが悪い。恐怖で目に涙が滲んだ。足がガクガクと震える。


「でもまぁ、バレちゃったら仕方ないウサ」

「な、なに……言っているの」

「これはキミがやったことウサ」

「ふっふざけないで! 私は敵を倒しただけで……」


 まさか、敵って、人……? 実際に生きている人間なの?


 嫌な想像。嘘であってほしい。信じたくない。

 でも、そういえば連続殺人事件が相次いでいるらしいってお母さんが……。


 それって、私のことなの?

 いままでやったきたことは、殺人なの?


 違う。嘘だ。私はそんなことしてない。


「気にすることないウサ。キミはいいことをしているウサ」

「……な、なんで」

「彼らは地球を滅ぼす危険性がある人物の先祖ウサ。彼らの子孫が起こすであろう危険な可能性は、早めに芽を摘んでしまうのが確実ウサ。だから気にすることないウサ」

「なに言って……」


 それじゃあ、やっぱり、私がこの人を……。

 それにいままで倒してきたのも人だとしたら、いったい何人を手にかけたことになるか……。


 どうしよう。どうしよう。


 私はその場によろよろと崩れ落ちた。


「あーあ、だから言ったウサ」


 ウサが何か言っている。でももう、何も聞こえない。考えられない。


「だから未熟な少女を使うのは反対だったウサ。でも、敵を油断をさせて隙をつくことができて、甘い言葉にまんまと騙されるのはこのくらいの年齢の少女だっていうから、仕方なく契約したウサ。でも、もう記憶を消すしかないウサね。まだまだ、未来の安全を保障できるまで先は長いウサ。代わりを探さなきゃいけないウサ。まったく、過去に対する物理的干渉を禁止されているから、本当に面倒ウサ」


 視界が光につつまれ、私は意識を失った。





 目がさめると自室のベッドの上だった。どうやって帰ってきたのかはわからないし、なんだかところどころ記憶がぽっかりと抜け落ちている。


 部屋を出て階段を降りると、お母さんがニュースを見ていた。連続殺人事件、未だ手がかり掴めず、みたいな内容。まぁ私には関係ないことだ。お母さんはもし出かけるなら寄り道せずに、まっすぐ帰って来いなんていうけれど、ちょっと心配しすぎな気がする。


 折角今日は土曜日なんだもん。出かけないで、二度寝でもしちゃおうかな。

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