第90話

「ようこそ。『Lost Online』の世界へ」


 その声に聞き覚えがあった。

『Lost Online』で新規キャラクターを作成する時の案内音声。その時の、女の声だ。

 オープニングのナレーションでもあったはず。

 その声の主が、神殿の前にすぅっと現れた。


「誰……ですか」


 実際、問うまでもない。答えは分かってる。

 でも、聞かずにはいられない。


「私は光の神の一神。大地を司る女神リアーチェスと申します」

「女神……。一神ってことは、他にも神様が?」


 邪神も一応は神だろうけど、光の神の一神っていうんだ。他にも──


「残っているのは私だけです」

「え」


 返って来た答えは意想外なものだった。

 残っている……とはどういうことだろう?

 神の国に帰った?

 それとも──


「滅んだのです」

「なっ!?」

「千年前、光と闇の神々が争い、そして残ったのが私と……」

「邪神……なんですか?」


 女神は頷いた。

 邪神は深い傷を負って眠りにつき、この世界には女神リアーチェスだけが残った。


「タック、あなたを呼んだのは、あなたが『Lost Online』唯一の転生職だからです」

「え……ぼ、僕だけ?」

「もちろん、オンラインゲームとしてのです」


 あぁ、なるほどね。

 そりゃあ転生NPCが実装された場所には僕しかいなかったからね。僕だけだろうさ。


「あ、あの……転生職一覧に賢者がありませんでしたが……未実装、なんですか?」

「いえ」


 やった。じゃあ転生職に賢者は用意──


「賢者は職業ではありません」

「……え?」






「しょう、ごう? って、称号システムですか?」

「はい。本来でしたら大型アップデートの一カ月後に実装する予定のものだったのですが……」


 女神が言うには、地球は約一年後に滅亡することになっていたらしい。

 それは地球を管轄する神が予見したものだ。

 そして女神リアーチェスはこの世界の危機を予見した。

 永い眠りについたはずの邪神が蘇るという未来を。

 

 それでお互いの神が協力し合って、邪神を倒す代わりにこの世界に地球人を転移させる──ハズだった。


「は、はずっていうのは?」

「はい。地球が思いのほかボッロボロでして……あちらの神が計算した滅亡の日よりも、まさか1年も早く滅んでしまうなんて……もう計算外ですよー」

「は、はぁ……」


 な、なんか急にノリが軽くなったぞ。


 そもそも地球で流行していたMMOのうち、十数タイトルは神々が作ったゲームなんだという。

 もちろん『Lost Online』もだ。


 なぜそんなことをしたのか。


「地球人はファンタジーへの適応が高いですから。いつでも異世界転生転移できるように、ゲームで前準備をして頂くといろいろ面倒がありませんから」


 と、女神はにっこり微笑みながら言う。

 異世界転生転移がデフォなのか……。


 だけどそのMMOは、各世界に類似した設定で作られている。

 各世界の神が地球人を国単位で分担して、滅亡する地球から救ってくれる──ハズだった。

 ボロッボロの地球の滅亡は、最初の計算より1年も早まり、結果としていろいろ未実装のまま転移が始まった。


 最悪なことに転移準備が整っていなかったので──


「転移でお救い出来たのは、あの瞬間にログインしていた方だけ」

「そう……ですか」

「暗いお話はここまでにいたしましょう。タック、あなたは生きています。それは事実なのですよ」


 ぽんと手を叩いた女神は、改めて称号システムについて説明した。

 称号システムは転生職限定のもの。一定の条件を満たすと得られるシステムになっている。


「そのあたりはこの世界の常識に沿って設定しているのです。賢者とは、複数の形態の異なる魔法を操る者のことを言います」

「魔法都市の幽霊にそれは聞きました。じゃあ文字通りってことなんですか?」


 操る者のことを賢者と呼ぶ。

 呼ぶのであって、職業ではない──そういうことだったのか。


「でも、その称号があったら何か変わるのですか?」

「はい。賢者の称号を得ると、新たにスキルが発生します。これらのスキルはポイントでレベルを上げるのではなく、使用頻度によって経験値を得て成長します」

「ポイント制じゃない!?」

「この世界ではそうして成長していきますから。もちろん、数回使用した程度では成長しませんし、簡単なものではないのですが」


 だけどプレイヤーはゲームのシステムのままこの世界に転移してくる。だから成長も容易なんだとか。

 でもそれって、危険じゃないのかな?


「あの、そんな力を持たせて僕らプレイヤーをこの世界に転移させたりして、大丈夫だったんですか? その──」

「プレイヤーの中にも悪しき心を持った者はいる……ということですよね?」


 その通りだ。どんなMMOにも不正ツールを使ってズルをしようとする奴らはいる。RMTに手を出す奴も。MPKをする奴も。露店詐欺、価格操作……他のプレイヤーを不快にさせる奴らなんていくらでもいる。

 そんな奴らにまで力を与えるっていうんだろうか。


「確かに悪しき者は一定数います。けれども──それ以上に純粋なプレイヤーは多いのですよ。あなたのご友人たちのように」

「友人……チェリーやバラモン、アレスのこと?」

「クラウドもですよ」

「えぇ!? そ、そういえばクラウドのことは何も知らないんだった……め、女神さまは……」

「存じていますよ」


 そう言って女神はクラウドのことを少しだけ話してくれた。

 彼はどうやら、『Lost Online』でも有名なMPKer集団を壊滅させたようだった。


 あいつらしいや。


「それではタック。『Lost Online』でただひとりの転生職の者。あなたには称号システムを──実装いたしましょう」



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*近況ノートに今後の更新についてまとめておきます。

https://kakuyomu.jp/my/news/1177354054895434185

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