第86話

 転送の宝珠が使えるようになって、楽して階層を進めるようになった。

 地下二十階から下は、階層をクリアするのに一時間ぐらいをキープ。広さはほとんど同じぐらいなんだろうな。

 だけど一時間ではレベルは上がらない。チケットを使っても二時間以上かかっているだろうか。

 レベルが上がってから階層を移動する方法で進んでいると、最下層に到着したのは五日後だった。


「このまま進むかい? それとも一度上に戻って休む?」

「もうここだけだし、このまま行きましょうよ」

「ですの」

「じゃあ、行こう」


 僕としても今すぐにでもボスモンスターと戦いたかった。

 どんな奴が出るんだろう。それを考えるだけでワクワクする。

 即死攻撃とかあるんだ──


「即死!?」

「きゃっ」

「ど、どうしたですのタックさん?」


 即死攻撃……。

 MMOでは当たり前にもなっているような、ボスの攻撃手段。

 特定のモーションの後に発動されて、それをいかに回避するかが攻略の鍵になるものだけど……。

 ゲームではないこの世界で、即死攻撃なんてあるのか?

 あった場合……リセットは効かない。


 いや、僕は大丈夫。ゲーム仕様だから。

 海を渡るためのグリード戦で『身代わりのお札』が効果あるのも分かっているけれど、グリードは即死攻撃を持っていなかった。これはゲームでもそうだったし。

 

 ここは未実装だったダンジョンだ。事前情報が皆無……。


 事前情報……事前……。


「ボスを見つけたら、僕がひとりで挑む」

「「え!?」」






 ボスは最下層の最深部にいる。ゲームでは当たり前の設定だけど、異世界でも当たり前のようだった。

 かなり広い、石壁の部屋に浮遊する何か。

 白い霧のようなそれはいくつもあって、時々集まって人の形になる。

 ぼんやりしていてハッキリとは分からないけれど、大きな杖を手に持ち、ローブのようなものを羽織っているように見える。


「ここはかつて魔法都市として栄えていたって話だったしね、まぁ納得かな」

「納得ですの?」

「どういう意味よ」

「魔導師、賢者。魔術を探求する者たち。彼らは限りある命を捨てて、永遠を手に入れ魔術の探求を望んだんだ」


 ファンタジーではよくある話だ。

 不死の王、リッチだったりノーライフキングと呼ばれるアンデッドモンスターだ。

 たぶんそれだろうなぁ。


「タック、本当にひとりで挑むの?」

「危険ですの」

「いや、大丈夫だよ。僕はゲーム仕様だからね、死んでもその場で復活できる。それを利用して検証しなきゃならないことがあるんだ」

「検証ですの?」


 奴の攻撃パターンだ。

 その為にアイテムボックスを確認する。『身代わりのお札』と『即時蘇生祝福チケット』の数を確認だ。

 身代わりのお札は、HPが0になるのを一度だけ防ぐもので、HP1の状態で持ち堪えるアイテムだ。CTは90秒でデスペナ無し。

 即時蘇生祝福チケットはデスペナが発生するものの、蘇生後にHP持続回復が付き、15秒間、即死攻撃を受け付けない効果がある。

 PS《プレイヤースキル》に自信のない人は、わざとこれを使うって人までいた。

 ただこっちもCTがあって、60秒だ。


 身代わりのお札→即時蘇生。

 順番といてはこうだけど、どうしてもCTで蘇生アイテムを使えない時間が発生する。

 まぁそこは死体で転がったまま待つしかないか。


「いい? 絶対に部屋に入って来ちゃダメだからね。僕はちゃんと生き返るから、助けに来ようとしないように」

「で、でも」

「二人と最初に出会った時と、峠の村に到着する前の夜盗に襲われた時のことを思い出して。僕は死んだ。でもすぐに生き返った。だろ?」

「そ、そうですけど……ほ、本当に大丈夫ですの?」

「大丈夫だよ」


 二人を安心させるために、僕は彼女らの頬にキスをする。


 さて……検証とはいえ、相手の攻撃パターンが分かれば二人を呼んで本気モードで戦闘開始だ。

 それから準備を整えるのは無理だから、今のうちに出来ることはやっておかなきゃな。


 二人にも『身代わりのお札』と『即時蘇生祝福チケット』を20ずつ渡して、それから一番回復量の多い『即・生命のハイポーション』を百個っと。


「装備は昨日変えたばかりだし、今装備出来るものでは最高ランクのはずだから大丈夫かな」

「はい。私たちもお手伝いできることはないですの?」

「半魚人の姫様にあげた、ヒールの出来るリングは? ここからタックの傷を──」

「ダメだ。回復魔法も支援魔法もヘイトがあるんだ。僕が死んだ瞬間に、ヘイトが君たちに移ってしまう。僕が合図をするまで、絶対に手を出さないように」


 なんどもなんども言い聞かせてやっと納得させることが出来た。

 すぐ生き返るから──と言っても、普通は信じられないよね。

 二度、それを見ているとはいえ、二人にしてみれば生き返ることが奇跡みたいなものなのだろうから。


 大丈夫。そう言って僕はひとり、ボスの待つ部屋へと飛び込んだ。



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