第82話
「おぉ、美味ぇ美味ぇ。ところでたこは入ってんのか?」
「たこ入りもありますよ」
たこが不人気になるだろうと、作り置きの7割はかりかりベーコンだ。
だけど突っ込まれた時用にたこ入りも焼いてある。
アーシアが手にしたたこ焼きをツッコミを入れた冒険者に差し出すと──
冒険者の持つ爪楊枝が震える。
なんてことはない。
この世界の住民も、たこは普段食べないのだ。
地球上でもたこを食べる国は少なかったはずだしなぁ。まぁ反応としてはそんなものだろう。
にっこり微笑むアーシアから逃げられない冒険者は、意を決してたこ焼きをぱくり。
口に入れて暫く固まっていたけれど、やがてもぐもぐとし始めた。
ごくりと呑み込むと驚いた顔をして「美味ぇな」と。
「ではこちらもお召し上がりくださいですの」
アーシアは持っていた紙皿上の残りのたこ焼きを差し出す。
が……。
「う、美味ぇが、たこって分かってるとなぁ……」
「やはりダメですかぁ」
「い、いや。美味ぇんだよ? けどこっちの豚も美味ぇんだ。そうなるとどっちを選ぶかってえと、豚だなぁってだけで」
やはり食べなれない物より、食べなれた物の方がいいようだ。
だけどこの冒険者の一言は、興味本位でたこ入りを注文する冒険者を生んだ。
一皿3Lで販売。
日本でのたこ焼きの販売価格なんて覚えていない。いや知らないという方が正しいのかな。
中学の頃に行った祭りでは、僕をだましていたクラスメイトらに奢らされて買った記憶はあるけれど、金額なんて気にもしていなかった。
それに……思い出したくない記憶というのは、意外と上手くフィルターされるものだ。
おかげで思い出そうとしても、上手くいかないけれど。
この世界の定食が5L前後。そこから考えて、定食よりは満腹にはならない程度だから3Lでいいかなぁと。
瞬く間に50パック近くを売り上げ、休憩所にいたほぼ全ての冒険者が口にしてくれた。
「ジ、ジータにはたこ焼きのように、このせ──大陸では目にしないような料理が食べられます」
「たこ焼きの他にも、焼きそばやお好み焼き、唐揚げもあるですの」
「そのことを知り合いの冒険者にも宣伝して欲しいんだけど」
僕らがそう宣伝すると、何人かは笑顔で「任せとけ」と言ってくれた。
また何人かが「ジータの役人か?」と怪訝な顔をする。
「ち、違いますよ。えぇっと、この料理は──」
「この料理は先々代のご領主さまや、ここにいるタックさんの故郷の料理ですの」
「同じ故郷の人がいたら、きっとこの味を懐かしんでくれるだろうと思って。それで宣伝しているのよ」
アーシアとルーシアがすかさずフォローをしてくれる。こういう時、二人が一緒にいてくれて、本当にありがたいと思う。
「なるほど。ジータの先々代っていえば、アレス様だったか?」
「あのドラゴン殺しかぁ。異国人だったよな」
「そうか。同郷の者を懐かしんでな……俺たち冒険者にとって、あの人は憧れみたいなもんだ。よし、協力してやろう」
「あ、ありがとうございます!」
アレスって、人気者なんだなぁ。
地下七階の休憩所でもたこ焼きは大人気だった。試しにりんご飴を出すと、甘いモノなんてダンジョンでは贅沢品なのか、大人気に。
七階で作り置き分は完売。
途中の階で広い所を見つけたので、そこでキャンピングカーを出して追加調理。
ルーシアがたこ焼きを、アーシアがりんご飴を、そして僕はキャンピングカーの護衛を担当。
途中で冒険者に遭遇し、物凄いリアクションをされることになった。
「なななななななんだこりゃあーっ!」
「て……鉄のドラゴンか!?」
「ち、違いますっ。こ、これは……そう、ライド獣です! え、えぇっと、巨大タートルタイプで、う、後ろには簡易ハウスも搭載できる奴なんですよ。はは、ははは」
く、苦しいか?
「ほぉ、新種のライド獣かぁ。これなら確かにダンジョン内でも野宿が出来るな」
「え、なに? たこ焼きの移動販売用だと!?」
「な、中で焼いているのか?」
「よし。護衛は俺たちに任せろ! 報酬は焼きたてのたこ焼きでいい」
「な、なんだって!? り、りんご飴もあるのか!?」
「うおおぉぉぉぉぉっ。お前らっ、ライドタートルを守るぞ!」
「「おおぉ!」」
……熱い冒険者たちだった。
しかしあんな説明で納得するなんてなぁ。
前々から思っていたけど、この世界の住人って……チョろくない?
まぁ護衛を任せられるっていうなら、僕も中の作業を手伝うか。
「あらタック。なんだか威勢のいい声が聞こえたんだけど」
「うん。通りすがりの冒険者が、たこ焼きに釣られて護衛を引き受けてくれたんだ」
「た、たこ焼きに釣られてですの?」
さすがにその言葉に二人は驚いたけれど、窓の外を見ると彼らはモンスターと戦いながら時折鼻を引くつかせていた。
この様子だと、たこ焼きの話題は冒険者の間で早くに広がりそうだ。
「張り切って焼かなきゃね」
「そうだね。あとでお礼にたくさん上げよう」
そうして半日かけてたこ焼きを200パック焼き上げた。
護衛をしてくれた冒険者五人に10パックと、りんご飴を五本。それと──
「なっ、なんだこのふわっふわのものは!?」
「はぁぁぁぁ。こんな甘ぇもん、生まれて初めて食った」
「口の中であっという間に溶けてしまう……なんて儚い食べ物なんだ」
「生きてて良かった」
「これはなんていうんだ?」
僕らは顔を見合わせ、これ──「「綿菓子」」も冒険者の間で大人気になることを確証した。
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