第78話

「馬子にも衣装……いや、歯がゆいが、タックは隙のない美少年風キャラメイクだから、似合っておるのぉ」

「リアルの僕じゃあ似合わないよそりゃあ……あぁでも、最近はこの顔に慣れ過ぎて、自分の本当の姿を思い出せなくなってきたかも」

「早すぎじゃろう。まぁわたしも覚えていないが」


 女性たちの支度が済むまで、そんな無駄話をする。

 

「そういえばアレスは、転生できなかったのか?」

「うむ。いや、転生方法は分かったのじゃが、レベルが1になるじゃろう。スキルは継続されるが、ステータスはリセットされる。この世界でひとりで生きるには、レベル1はきついのではと思って、躊躇っておったのだ」

「ゲームじゃないのに、転生!?」

「そう。まぁ異世界らしく、神への祈りで叶えられればというものだったよ」


 わぁーお、ファンタジーだ。

 僕的には今のところ、レベル1から再スタートでも困ってはないけど……まぁレベルがちょっと足りないかなっていう時も確かにあったけどね。

 それを話すとアレスは、


「こちら側の大陸だと、そうも言っていられないぞ」


 と。


「ジータや少し北の森はそうでもなかったけど?」

「人の生活圏では、どこに行っても驚くほど生息するモンスターは弱い。だが山はダンジョンではそうもいかんようだ。お前の言う北の森というのは、あの子らの故郷か?」

「分かるのかい?」


 アレスは頷き、この世界の獣人族というのは元となっている動物ごとに氏族があって、暮らしている場所も氏族ごとに違うのだという。

 アレスが東西の大陸を数年かけて旅して得た知識だ。


「その分だと東の港町アーリンから真っすぐこちらに向かう山脈ルートは、通っていないようだな」

「うん。二人の故郷に寄ってからジータにって思ったからね。北上して迂回ルートで来たんだ」

「そうか。その方がよかったかもしれん。山脈ルートを通るのは、腕利きの冒険者を何人も雇える豪商ぐらいだからな」


 ちなみにその腕利き冒険者がどの程度のレベルを言うのかと尋ねると、50以上は必要なんだとアレスは言う。

 おぉう……こちら側からスタートしたアレスとしては、確かにレベルリセットをしたくなくなる状況だなぁ。


「もう少し僕もレベルを上げておくべきだな。それに、せっかく盾が使えるようになるなら、防御面の強化もしておきたい」

「ん? 盾が使えるのか?」

「うん。チェリーが残してくれたのはワンドなんだ。だから盾の装備も可能になる。そうだ、アレスのシールド・スタンとかコピーできないかな」

「コピーじゃと?」


 エタノビのスキル『ものまね』のことを話すと、アレスは少し考えてから頷く。


「分かった。お前に見せればよいのか?」

「いや、たぶん効果を与えなきゃダメなんだ。攻撃を受けるとか、支援を受けるとか」

「おいおい。それじゃあお前を殺すことになるじゃないか」

「加減してよ」

 

 そう言って笑ってはみたものの──今のアレスの全力を受けても、到底死ぬとは思えない。

 それだけ彼は老いているのだから。


「よぉし、それでは試そうではないか」


 アレスが宙に手をはわせる。アイテムボックスの操作かな?

 すると中型の盾を取り出した。


「未使用の盾じゃ。装備できるか?」

「ん……あ、いける。小型と中型までいけるのかな?」

「じゃあ大型はどうだ?」


 それほど長身ではない僕なら、地面から首元まですっぽり隠してしまう大型の盾をアレスが寄こす。

 が、これは重すぎて持てない。職業による使用条件を満たしていないからだ。

 現にアレスは軽々と持てている。今の僕より筋肉がなさそうだっていうのに。


「ダメか。まぁ中型でもレジェンド装備なら大型のレアと遜色のない性能になる」

「レジェンドってそう簡単に言うけどさ」

「わたしのを持って行け。まぁレベル80から上は大型を使っていたから、それまでの装備になってしまうが」


 いいのかなぁ、貰っても。


「ただし全部装備ロックが掛かっとるがな」

「そこから!?」

「お前ならいくらでも卵を投げつけるじゃろ」


 タダじゃないんだけどなー。まぁいいけど。


 そうして装備した中型の盾を構えると、アレスは小型・・の盾を持って椅子から立ち上がった。しかも店売り装備だ。

 おいおい、小型って攻撃力も貧相じゃないか。しかも店売りだよ?

 いやいや、そんなのじゃあ僕が逆にアレスをふっ飛ばして──


「"シールド・スタン"」


 アレスは猛々しく吠えると、物凄い勢いで突進してきた。

 そして僕は──


「なっ、何事でございますか!?」

「はぁ? 何故タックさまが転がっておられるのですっ」

「ア、アレス様……花婿を気絶させてどうするんですか!?」

「うぅむ。スタンは発動せなんだか」

「うわっ。お父さん、なんで盾なんか持ってるんですっ」

「いや、タックにの」

「もうっ、髪がぐしゃぐしゃじゃない。お義父さま、いくらお年でも手加減ってものをしなくちゃダメじゃないですかっ」

「あ、や……すまぬ。ほんとすまぬ」


 息子の嫁さんに怒られているアレスを、僕は床に逆さま状態で転がったまま見ていた。


 あぁ……アレスって、やっぱり強いね。






 僕の支度が再び終わる頃、ちょうどアーシアとルーシアの支度も終わった。

 教会の神父の前に立ち、入場してくる二人の姿をじっと見つめる。


 アーシアの手を引くのはアレスの息子さん。

 ルーシアの手を引くのはアレスの孫で、領主さまだ。

 豪華な結婚式になったなぁ。


 ヴェールで顔が隠れているけれど、あの日と違って今日は髪も綺麗に結い上げられていた。

 二人が到着し、僕がそれを迎える。


 神父さんが小声で、あーしてこーしてと教えてくれるけれど、それがまた……ちょっとおかしくって笑ってしまう。

 言われて二人のヴェールを外すと、綺麗に化粧をした彼女らがいて。

 それは息を飲むほど美しく、人に見られていなければ今すぐにでもキスをしたいほど。


 まぁそこはそれ。段取りっていうものがあるよね。

 日本での結婚式なんてよく知らないけれど、テレビで見るのと似ているのかな。

 お互いの愛を確認し合い、神にその愛が永遠であることを誓い、そして──


「では誓いの証を──(口づけですぞ」


 ぼそりと教えてくれる神父さんに、僕らは思わず笑みがこぼれた。


 誓いのキス──どっちから……。

 そう思っていると、アーシアとルーシアが僕の左右に立ち、そして──


 二人同時に、頬へとキスをしてくれた。

 

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