第76話

 翌日から僕らは、町の屋台へ出向いて修行に励んだ。

 もちろん──


「たこ焼きの焼き方を学びたいだぁ? なっ、領主さまからの紹介状だと!?」

「よろしくお願いしますの」

「お願いおじさん。アタシたちにそれの作り方を教えてよ」

「も、もちろんこの町でお店を構える訳じゃないんです。ここジータのたこ焼きの味を、たくさんの人に知って貰いたいだけなんです!」


 出来ることならたこ焼きという言葉を耳にしたプレイヤーが、ジータの町に来てくれることを祈って。


「ま、まぁ領主さまから頼まれたんじゃあ、断れねーけどよぉ」

「「よろしくお願いしますっ」」


 僕ら三人が声をハモらせると、屈強そうな獣人のおじさんは照れくさそうに頭を掻いた。

 

 選んだ屋台のメニューはタコ焼きだけではない。

 クレープはこの世界にも似たような見た目の食べ物はある。

 どうせならインパクトがあって、この世界でもお目にかからないようなのがいい。


 となると、焼き鳥、唐揚げは無しだな。安定した美味しさがあるけど、この世界でも間々見る料理だ。

 あまり目にしないといえば焼きそば、お好み焼き。

 だけどお好み焼きってたこ焼きをどこか被るところがあるんだよね。

 焼きそばは……見た目のインパクトが弱いかなぁ。

 なんせこの世界にもパスタがあるんだし、色が違うだけと言われたらそれまでかもしれない。


 ジータの町の屋台にはラーメンなんかもある。

 だけどラーメンを極めるのは難しそう。スープのことも考えると、水が大量に必要となるし。

 異世界の移動販売には向かないと思うんだよね。


「おぅ、お前ら。いろんな奴にたこ焼きの味を知ってもらいたいって、どうやって知ってもらうつもりなんだ?」

「えぇっと、移動販売っていうのをやろうと思いまして」


 まずは出汁を作るところから教えてもらう。

 ここでもカツオ節はあった。カツオじゃなくって魚のモンスターの身を、カッチカチにしたものだったけど……。

 気を付けるのは、この出汁は熱いうちに粉とませ合わせてはダメだということ。

 卵も一緒に投入するので、出汁が熱いと卵が固まってしまうから。


「移動販売? なんだそりゃあ」

「あー、分かりやすく言うと、この屋台に車輪を付けて、各地を転々としながらいろんな町でお店を出すんです」

「ほぉほぉ。けど屋台を引いて旅をするって、大変じゃねーか?」

「ライド獣を使いますので」


 正確には乗り物──キャンピングカーだ。

 移動販売車がガチャで出ないか、一応夜にでも確かめてみよう。10万円分回してダメなら諦めるかな。

 いらないものはアレスのところに置かせてもらえばいいし、アイテムボックスのことは気にしなくて済む。


 具材を切るのは特に問題はない。ただ思ったより蛸が小さかった。

 その辺りはこの世界の人が蛸に抵抗があるから──なのかもね。


 午前中はたっぷりたこ焼き修行に励み、忙しくなるお昼前からお邪魔をしないように屋台を離れた。


「他のメニューをどうしようかな。二人から見て、インパクトのある屋台メニューってどんなのだい?」

「私たちから見てですの?」

「そう。僕はどれを見ても、あぁ懐かしいなっていうふうにしか感じないんだ。どうせならインパクトのあるメニューにして、この世界の人を虜にするようなのがいいんだ」

「その方がうわさが広がりやすいから、よね?」

「そういうこと」

 

 昼食探しも兼ねて屋台を見て歩く。

 イカ焼きも個人的に好きだけど、好みが分かれそうだ。実際町の屋台でイカ焼きは少なく見える。

 人気なのはたこ焼きやお好み焼き、はし巻きに焼きそばといった定番メニューだ。

 あとクレープ屋台には女性が多い。


 他に二つ、女性客が多い屋台がある。


「タック、あれはどう? 見た目も可愛いし」

「私はあっちもいいと思いますの」

「リンゴ飴と……わたがしか」


 女性客も多ければ、子供も多い。

 日本と同じだな。

 しかもこの世界の綿菓子も、色を付けて数種類のカラフルな綿菓子になっているし。


「リンゴ飴も綿菓子も、どっちも砂糖を使っているな……」

「決まりかしら?」

「決まるですの?」


 作り方は──たぶん難しくはない。まぁ綿菓子は上手く巻けるようになるまで、練習が必要だろうけど。

 リンゴ飴はそれこそ簡単だろうと思う。溶かした砂糖に付けて固めるだけだろうし。


「よし、あの二つもやろう」

「「やったぁ~」」


 そうして午後からはまたたこ焼き屋さんで修業をし、領主宅に戻ったらリンゴ飴と綿菓子屋台への紹介状をお願いした。


「タック。お前、向こうにいた時に料理はしていたのか?」

「あんまりしてなかったけど、出来ないことはなかったよアレス。君は?」

「わたしはまだ学生だったからねぇ、親元にいたから料理なんてしたことがなかったよ」


 え……アレスって僕より年下だったの?

 聞けば大学生で、アレスの設定年齢である20歳と同じだったらしい。

 いや、じゃあ出会った頃って、高校生じゃん!


 ほ、本当にぴちぴちだったのか。


「まぁ料理は出来なくても、アイテムボックスのおかげで生きて来れたよ。中に入れた料理も、その状態のままずっと保管されていたからねぇ。取り出したら温かいままだったし」

「そのままの状態かぁ。移動販売だと行列ができた時に、料理が間に合わないこともあるだろうね」

「その時には事前に作り置きした物を、アイテムボックスから出せばいい」

「うん、良いことを聞いた。ありがとうアレス」

「なんの。必要な調理器具は用意してやろう。しかし移動販売をどうやってするつもりなんじゃ?」


 それはキャンピングカーで。

 ガチャで出たその話をすると、アレスが呆れ顔で「ブルジョアめ」とぽつり。


「普通のプレイヤーは、この先何があるか分からないからと、ガチャなんぞに手を出したりはせんわ」

「普通? 何をもって普通って言うんだよ」

「あー、あー、言ったわたしが悪かった。お前の廃課金は、そんじょそこらの廃と桁が違うのだったな」

「はっはっは。どうせこの世界で生きていくんだ。元気なうちに全部使い切りたいね。残していても勿体ないだけだし」

「恐ろしい……」


 アレスにいろいろ話した後、僕はあることを思い出した。


「アレス。乗り物ガチャをしようと思うんだけど、さすがに10万円分を開封するとアイテムボックスが辛くなるんだ。置いて行っていいかな?」

「……好きにしろ。しかし置いて行くからには場所代を貰うぞ」

「いいよ。僕が必要ない物は、アレスや家族で使って。町おこしに使ってくれてもいいよ」


 ジータにいる間、昨日泊まった部屋に滞在してもいいと言われている。

 領主さまのご厚意に甘えて、今夜もここに泊めてもらうことに。


 だけど乗り物ガチャを室内では開けられない。

 お屋敷の裏手で僕とアーシアと、そしてルーシアの三人でカプセルをパカパカ。

 屋敷の窓からアレスがその様子をじっと見つめ、時折出るゴミアイテムに笑っていた。

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