第75話
客室に併設された浴室でしっかりシャワーを浴び、汗を流してから服も全部着替えた。
いろいろと汚れたシーツもこっそり洗って、浴室で乾かしている。
隠ぺい工作もバッチリ……と思いたい。
全ての支度が整った頃、部屋の扉をノックする音がした。
ソファーに座って体を休めていた僕らは、一瞬ビクりとする。
「だ、大丈夫だよね?」
「だ、大丈夫よ」
「汗も洗い流しましたし、服も着替えましたですの」
「そ、そうだよね」
領主=貴族だ。
僕らは恥ずかしくないよう、それっぽいアバターに着替えた。
例のピチピチズボンはちょっと恥ずかしいけれど、見栄えの良い男用アバターっていったらアレなんだよね。
もそもそ男用のアバターが少ないという問題もあるんだけど。
アーシアが選んだアバターは『清楚な女騎士』アバター。
ビキニアーマーとかじゃなく、服装備。スカートは膝下丈の、青と白で清楚感を出していた。
スカート丈が長いのが残念な気はするけど、ふんわりしたソレはとても可愛い。
ベッドの上のアーシアからは想像できないほど、お淑やかな雰囲気が出ていた。
ルーシアは『ファンタジー学園ヒロイン』アバターだ。
異世界学園モノをイメージした制服で、ヒロイン仕様のやたらふりふりした人気アバター。
黒のブレザータイプのジャケットに、その下は体のラインがはっきりと分かる白のワンピース。
絶対領域が眩しい!
汗の匂いも、アレの匂いも……たぶんないはずだ。
扉を開けると柴犬メイドさんが立っていた。
「お食事の支度がそろそろ整いますが……ご支度はお済なようですね」
「あ、はい。すぐにでも出られます」
「いろいろご支度もあるかと思い、早めにご連絡をしに伺ったのですが。不要だったようですね」
にっこり──というよりニヤリとした笑みを浮かべるメイドさん。
し、尻尾をめちゃくちゃぶんぶん振ってるんだけど、これはどういう意味なんだろう?
もしかして──
「よろしければ食堂へご案内いたします。皆様が席についていらっしゃる間に、私がシーツの取り換えなどいたしますので」
少しだけ頬を染め、彼女はニヤリと笑ってそう言った。
バレてる!?
「おじい様との食事も、久しぶりですね」
「そうだなぁ。それだけ今日は調子がいいのだよ」
青い髪の爽やかな印象の中年男性。それがアレスの孫であり、現領主だ。
領主というにはまだ若い気がするなぁ。40歳手前のように見えるけど。
父親は60前後かなぁ。一緒に食事の席にいるけど、寧ろこっちのほうが領主っぽい貫禄がある。
食事の席には他にも、アレスの息子と孫の奥さん、そしてひ孫だという子供たちも同席。
領主の一番上の息子さんなんて、僕──タックと変わらない年齢だ。
「タック殿は祖父ののコレクション装備の挑戦者として参加されるのですか?」
「あ……えぇっと──」
「どうせ父と同じ故郷の者しか装備できないのですから、好きな物をお持ちください。いいんですよね、父さん?」
「あぁ、いいとも。といってもタック、アイテム欄は大丈夫なのか?」
「あぁ……アーシアとルーシアに鞄を持って貰っているから、少し余裕ができたかな?」
今の会話から推測して、アレスが異世界人だってことを家族は知っているようだ。
「あの、一つ聞いてもいいですの?」
「なんだい、お嬢さん」
白い歯をキラーンと光らせる領主。もうイケオジ過ぎるだろ。オジってほど老けても見えないし。
「どうして『選ばれた者しか装備できない』武具への挑戦者募集なんて、やっているのでしょうか?」
「あ、僕も気になります。アレスがやり始めたんだろう?」
僕の問いにアレスは頷く。
「爵位を押し付けられるまでは、大陸中をあちこち歩いて探し回ったのだよ。同じ故郷の人たちをね」
それで出会ったのは20人ほど。こっちの世界に転移してきたタイミングはみんなバラバラだった。
だけどここジータに戻って来た時、ドラゴンが暴れていて──
「それを倒して爵位を与えられると、あれよあれよと妻と婚約して領主になってねぇ」
「とかいいながらこの人はね、母にベタ惚れしていたんですよ」
──と、アレスの息子さんが笑顔を浮かべてそういう。
アレスは顔を真っ赤にして咳ばらいをしていた。
「ま、まぁアレじゃ。領主になると各地を旅することもできないからな」
「それと挑戦者が、どこで繋がるのでしょう?」
「うむ。お嬢さんには少し分かりにくいかもしれぬが、わたしらと同じ所から来た者ならピンとくるだろうと思ったのだよ。選ばれし者しか装備できない武具が、ロックされたモノだろうとね」
だから大々的にお祭りとしてやり始めたのだとか。
自分が探せないのなら、向こうから来てもらおうと考えたのだとか。
「それで、来てくれたプレイヤーは?」
「うむ。三人だがね、いたよ。旅の途中で出会った者も含め、多くはジータに住んでいる。もっとも、わたしより高齢の人も多かったけれどね」
存命しているプレイヤーは二人だね。その人たちにも家族がいて、この世界で幸せに暮らしているのだとか。
「このお祭りは代々続けていくつもりです。祖父やタック殿と同郷のが方が訪れ、希望するならここジータで暮らしていただこうと思っているんですよ」
その話を聞いて、不覚にもジーンっときてしまった。
僕はアーシアとルーシアに助けられて、不安をほとんど感じずにここまで来れた。
でもそうじゃない人だっているだろう。
願わくば、転移してきたプレイヤーが、今のジータの存在に気づいてくれるといいな。
僕に出来ることって、何かないだろうか。
そういえば……。
「アレス。町の屋台でみた食べ物って、もしかして君が考案したのかい?」
「わたしもそうだが、この町で暮らしたプレイヤーの影響でもあるのかなぁ。地元のお祭りの実行委員会を何年もやっていたという人がいてね。祭りで出る屋台が懐かしいという話になって、当然のように他の人たちも同意するだろ?」
「まぁするよね」
「それでみんなでミニ屋台通りのようなものを作ったんだ。そしたらこちらでも大人気になってねぇ」
あれよあれよという間に屋台通りは広がって、今では当たり前のようにお祭りレシピが楽しめるようになったそうだ。
屋台メニューなんてこの世界では見られない料理だろう。
あれを移動販売車で大陸中に売って回って、ジータ特産ってことを広めたら……。
「僕、良いことを考えたよっ」
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