第71話
「お前は若いなぁ」
「いやでも、こっちに来て半年も経ってないんだよ」
「そうか。わたしは71年になるよ」
「えぇ!? ア、アレスってキャラ年齢いくつで設定してたんだよ」
「ぴちぴちの20歳」
20歳ってそんなにぴちぴちとは言わないと思うけれど。
今僕らは二人だけでこの部屋にいる。アーシアたちが気を利かせて、別室で待ってくれているからだ。メイドさんもいない。
アレスは20歳という年齢で、この世界に転移してきた。
それから71年。
つまり今のアレスは91歳!
「え、めちゃくちゃ長寿じゃん!」
「病や寿命以外で、死なぬからのぉ。あ、試したか? デスペナ」
「……いや、試したっていうか、転移してきたとき死んでた。たぶん、遺跡のあった崖の上から転落したんだと思う」
遺跡は山の上の森にあった。すぐ脇が崖になっていたから、帰りは飛び降りようと思っていた場所だ。
もちろん一気に下まで飛び降りると、落下ダメージで死ぬ。だから途中で何度も着地できる地点を選ばなきゃならない。
リアルの地震で揺れた時、NPCとの会話の後に意識は無くなったけれど、マウスを握っていたのなら──
「ギリギリで動いて崖から飛び降りたんだろうなぁって」
「はぁ……それでさっきの狐っ娘に埋められていたという訳か」
「そういうこと」
僕が意識を取り戻したとき、埋められる最中だったことを話すと、アレスは笑った。
こちらの話が一通り終わると、次はアレスの番だ。
彼はあの瞬間、ここジータの町にいた。もちろん『Lost Online』のだ。
だから転移したときも町の中だったという。
「それじゃあ、転移した瞬間をこっちの世界の人に──」
「見られておらぬ」
「え?」
「わたしはあの時、転生NPCがジータの町にある女神像の所に出現しやしないかと、公園で待ち伏せをしておったのだ」
NPCを待ち伏せにしてどうするつもりなんだと、思わずツッコミたくなる。
アレスらしい言い回りだ。よくこんなので領主なんてなれたなぁ。
「じゃがこの世界でも起きた大地震で、町の女神像は当時壊れてしまったようでな。同じ場所に像を建て直すのは縁起が悪いと、再建時に言われたようで」
「じゃあ今は別の場所に?」
アレスは頷いて、町の南側に出来た広場に立っていると話した。
彼が転移した公園のほうは縮小されていて、その上手入れもされておらず草木がぼうぼうだったそうな。
「だから誰にも見られておらんかった」
「そっか。僕も死体で転がってたみたいで、アーシアとルーシアにはその瞬間を見られていないようだし。国境で会ったハッシュさんも、ダンジョンの中で誰にも見られなかったようだし」
「ハッシュに会ったのか。そうか、それでここに。……タック、実はな」
アレスはベッドの上で、大きくため息を吐いた。
「わたしは71年間で、お前を覗けば20人のプレイヤーに出会った」
「少ない……」
「そう。少ないのだ。その理由もなんとなく予想がついておる。出合ったプレイヤーだがな、全員お前やわたし、ハッシュのように、転移直後、こっちの世界の住人と出会っていないのだ」
正しくは「出会わない状況」だったとアレスは付け足す。
じゃあ……出会うような状況にいた人は、転移できなかったってことなのか?
「ヘルプは見たか?」
「見たよ。転移できたのは一部プレイヤーっぽい書き方だったけど」
「そうだ。一部なのだ。おそらく、極一部」
そのうえ、あの時ログインしていたというのが絶対条件。
大型アップデートを迎えたあの日は平日の水曜日だ。夏休みでも冬休みでも春休みでも、まして大型連休の真っただ中でもない。
普通の平日だった。
「ログイン者数は1万もいなかっただろう。地震の直後、切断されたプレイヤーも多い。わたしはあの時、ゲームで知り合った連中とパーティーを組んでいたんだ。NPCの情報を提供し合うためにな」
「僕らのギルドメンバー以外からも情報を集めていたのか。さすがたらしのアレスだ」
「人聞きの悪いことを言うなっ」
「だって貴族のお嬢様を射止めて、領主になったんだろう?」
「そ、それは……わ、わたしはドラゴン退治の功績でだなー」
あれ。案外図星だったのか。さすがたらし。
そのパーティーを組んでいたメンバーというのが、関西圏に住んでいた人が多かったらしく、
「異世界に来てしまっては、どこが震源地かなどと知ることもできぬが。まだゲーム内にいたとき、パーティー欄から彼らが次々にログアウトしていくのが見えたのだ」
「停電か何かかな」
「たぶんそうじゃろう。もし最後の瞬間までログインしていなければ転移できなかったとしたら……」
停電して落ちたプレイヤーは、転移の対象外になる。
無事に転移できた者も、時代がてんでバラバラだ。
「ただ過去に一度だけ、200年ぐらい前なんじゃがな。帝国に戦を仕掛けた者たちがおる」
「戦争……」
「レジスタンスと名乗ったその者らは、主導者がネクロマンサーだと言われていてな」
「ぷっ。なんでネクロマンサーが」
ネクロマンサーは魔術師の派生職業だ。まぁその名の通り、ゾンビとかスケルトンを召喚して戦わせる魔法使いなんだけど。
デバッファーとしての役目もあったので、不遇職ではなかったけど、決して人気のある職業でもなかった。
後衛火力だと魔導師のほうが人気だし、パーティーの制限人数を考えると魔法職は二人もいらない。
必然的にハブられるのはネクロマンサーになっていた。
「倒しても倒しても起き上がる。レジスタンスを名乗る連中は、まるでゾンビのようだったと。いや、帝国としてはゾンビということにしたかったらしい」
「倒しても倒しても……まさか!?」
「人数は100人足らずで、さすがに多勢に無勢過ぎたのだろうな。一カ月ほどで退散したようだ」
他にもアレスは、過去に集団転移の形跡があると話す。
それは300年近く前で、あの地震の直後だという。
「各地の町や村の復興に協力した者たちが、当時は不死身の肉体を持っていたという記録があるのだ。ただそんな事実、誰も信じないからのぉ」
その記録の多くは、国や有力貴族によって処分されている。
アレスはここジータの領主になって、そのことを知ったらしい。
「国や貴族にとって、英雄なんてものは邪魔な存在なんじゃよ」
「自分たちの地位が脅かされるから?」
「そう。わたしがこうして、爵位を貰ったのもそうじゃ。同じ貴族にしてしまえば監視もしやすい。これ以上の功績を積ませないよう、領地を与え、縛り付けたのさ」
でも幸せなこともあったよ──アレスはそう付け加える。
「そうだタック。お前に渡す物があるんだ」
「僕に?」
「そう。チェリーが残した物だ」
「チェリーが!?」
「なんじゃったかのう……無駄にハイレベルな効果のついた、あれは」
……そういえば、転生祝いでくれるって言っていたダガーがあったな。
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