第70話
昨夜は興奮しすぎて、頑張り過ぎた……。
三人揃って起きたのはお昼前。連泊確定だね。
食堂で朝兼昼食を終え、宿の人に領主の館の場所を尋ねた。
「町の西側に、青い屋根の大きなお屋敷がございます。そこがご領主さまのお屋敷でございますよ」
「ありがとうございます。ちなみに先々代のご領主さまもそこにいますかね?」
「えぇ。お住まいになられております。もしや伝説の武具に挑まれるのですか?」
伝説の武具に挑む?
なんのことだろうと思って聞いてみると、先々代の領主が集めた『持ち主を選ぶ武具』のことだ。
4年に1回、それら武具の装備を試す大会が行われていて、今年がまさにその年なんだとか。
4年に1回……オリンピックかよ!
そんなツッコミを内心でしながら、宿の人に聞いた西地区にある青い屋根の屋敷へとやって来た。
「大きなお屋敷だけど、思っていたよりこじんまりしているかも?」
「大きいじゃない」
「大きいですの」
大きいよ。
でも領主の屋敷っていったら、門から屋敷までの庭が広大でーとか、そんなの想像したんだけど。
門から建物までは徒歩数十秒ほどの距離。
庭園という感じじゃなく、建物沿いに花壇が見える程度だ。
その門を守っているのは、人間ひとりと獣人がひとり。
「ご領主さまに用があって来たのか?」
「あ、いえ。先々代のご領主さまとお話がしたくて」
僕がそう答えると、二人は怪訝そうな顔で見合った。
「挑戦者か? なた必要な手続きを冒険者ギルドでやっている。そっちへ行ってくれ」
そんな返事だった。
どうしようかなぁ。挑戦者じゃなくって、プレイヤーとして話を聞きたいんだけどさ。
「タック。国境にいたハッシュさんの紹介って言ってみたらどうなの?」
「でもハッシュさんの名前が知られているか、分かりませんですの」
「うぅん。ダメもとで言ってみるかなぁ」
三人でこそこそと内緒話をしていると、不審に思った門番に睨まれて……。
まぁそうなるよね。
「あの、挑戦者という訳じゃないんですが……そ、その……」
「えぇい。はっきりものを申せ!」
「は、はいっ。先々代ご領主様とは、ふ、故郷が一緒でしてっ」
嘘は言っていない。先々代が本当に元プレイヤーだとしたら。
僕の言葉を聞いて、門番が色めき立つ。
「せ、先々代様と同じ出身地だと?」
「おいお前。どこの出身だと申すのか。言ってみろっ」
「え、あの……」
「どこの国だ!」
門番をするだけあって、二人は厳つい人相をしている。
そんな二人が語気を荒げて迫ってくれば、そりゃあ怖いわけで。
思わず「日本からきましたっ」と答えてしまった。
日本と答えても、それが異世界の国名とは分からないだろうし、どこか別の大陸から来たんだなって思ってくれたり──あれ?
二人とも、硬直してる。
「ねぇタック。もしかして先々代って、異世界から来たって部下には公言してるんじゃない?」
「それは有り得ませんですのルーシア。大勢にそんな秘密を話して、どこで漏れるかわかりませんの。でも──」
海を渡った遠い異国に『日本』がある。そう話している可能性は十分にあるのでは?
とアーシアは言う。
現に門番二人の反応は、日本という言葉を知っているように見える。
「あのー?」
そっと声をかけると、二人はようやく我に戻った。
「にほんか! よし、待っていろ」
「にほん国から来たという客人がいたら、すぐに知らせるように言われているのだ。いやぁ、初めて見たよ」
「ほ、他にも来た人が、今までにいるんですか!?」
「あぁ。自分は見たことないが、20年ぐらいにひとりいたそうだ。冒険者をやっている男だと聞いている」
たぶんハッシュさんだろうな。
ほどなくして僕ら三人は、屋敷へと招かれた。
「こちらでございます。旦那様、お客様をお連れしました」
僕らを案内してくれたのは、柴犬のように尻尾がくるんとした獣人の女性。着ているのはやっぱりメイド服だ。
「入ってくれ」
中からしわがれ声が聞こえ、メイドさんが扉を開く。
大きな窓から差し込む陽の光のせいか、とてもぽかぽかした部屋だ。
そこにたくさんの本棚とガラスケース、それに大きなベッドが置いてあって、その上にひとりの老人がいた。
結構高齢そうに見えるその人は、僕の方を見て大きく目を見開き、そして立ち上がる。
「旦那様?」
「おお……おぉ……」
すっと立ち上がった背丈は高く、背筋もぴっと伸びていた。
だけど筋肉は落ちていて、どこか儚げだ。
きっと若いころはイケメンだったんだろうなぁという痕跡は、辛うじて残っていた。
いや、プレイヤーキャラクターのアバターであるならば、たいていはイケメンだ。
たまにスキンヘッドやモヒカン頭にキャラメイクするプレイヤーもいたけど、顔だけ見れば美形が多い。
そもそもブサイク顔がフェイスパターンとして無かったのだから、全員カッコいいに決まっている。
けどこの人……。
なんだろう。あの青い瞳には見覚えがある。
色の問題じゃない。雰囲気だ。
「タ──」
一歩足を踏み出して、ガクっと膝が崩れる。
それをメイドさんがギリギリ支えて、僕も思わず駆け寄った。
「あの……あなたは……」
「返事はあるぞ。まだ屍にはなっておらん」
返事……
返事がないようだ。ただのしかば──
「久しぶりだなぁ、タック」
「あぁ……アレス……」
まさか……異世界でオフ会をすることになるなんて、思ってもみなかった。
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