第69話

 ジータの町までは、ピュロロに乗って三日目に到着した。

 町の周辺はのどかな田園風景が広がり、この辺り一帯が豊なんだなってのが分かる。

 そしてジータの町は、僕が知る風景とは全く違っていた。


 ゲーム画面と現実とでは比べるのも難しいけれど、倍以上の規模になっているんじゃないかな。

 300年の間に随分発展したものだ。


 町の手前でピュロロを下りて、卵に戻してアイテムボックスへ。

 ライド獣税とか取られたら嫌だもんね。


 そう思ったけれど、町へ入るのに税金なんかは取られなかった。


「領主がいるだけあって、大きな町ねぇ」

「そうですねぇ。ふふ、大きなベッドのお宿も、きっとありますわね」

「じゃあ先に宿探しをしようか」

「「やった~」」


 僕としては、お風呂のある宿がいいなぁ。


 活気溢れる町を歩いていると、これまでの町ではそれほど見なかった獣人族があっちにもこっちにも。

 驚いたことに、獣人族ひとりで切り盛りしている屋台がたくさんあったこと。

 それにはアーシアたちも驚いていた。


「獣人族は自分たちの里を出ないものだと思っていたですの」

「ジャングさんのように、家族を養うために人間族の村で働く人はいるのは知っていたけど……」


 二人が見つめる先にいる獣人族は、誰かに指示されて働いているわけでもなければ、むしろ彼らだけで全てやりくりしているように見える。

 それに、彼らの顔には笑顔が見えていた。

 お客は人間もいれば獣人もいる。

 みんな、普通の客と店員の関係にしか見えない。


 そう。普通なんだ。


 あと僕が驚いたのは他にもあった。


 筋骨たくましいある獣人は、その太く逞しい手で──クレープを焼いていた。

 いや、それに似たこの世界独特の食べ物かもしれない。

 フルーツやクリームで飾られたクレープっぽい屋台には、若い女のお客さんが多い。


 それにあっちの屋台!

 どう見てもタコ焼きじゃん!!

 それに焼きそば、お好み焼き、はし巻き!?


「え? こ、これ……日本のお祭りでよく見るラインナップじゃないか」

「日本? それってどこのお祭……え、タックの世界のお祭りなの?」

「まぁ。それで見たこともない、美味しそうなものばかり並んでいるんですのね」

「ねぇタック。食べてみましょうよ」

「お勧め、教えてくださいですの」


 二人に手を引かれ、いろんな屋台を見て回った。

 既視感のあるメニューをとりあえず買っているのは、全体の3割ほど。

 屋台の店主に聞くと、


「先々代のご領主さまが考案したメニューなのさ。珍しいだろう?」


 そう言って、一見怖そうに見えるライオンのような鬣を持つ獣人の男の人が、ドヤ顔でニカっと笑う。

 メニューは珍しいとは思わない。

 いかついこの人がリンゴ飴を作っている光景が馴染めなかっただけ。


 いつものように三人で好きな物を買って、それを分け合って食べた。

 少しだけ日本での暮らしが懐かしく思える味。


 と思ったけど、僕って家族で祭りや花火大会に行ったっていう記憶がないんだ。

 父親も母親も、仕事仕事でほとんど家にいなかったし。家族揃ってご飯食べることも稀だったほど。


 でも……『Lost Online』の中で開催されたお祭りは、楽しかったな。


 僕以外のプレイヤーもこの世界に転移しているのは分かった。

 みんなもここにいるんだろうか。


 ミーナ。

 クラウド。

 バラモン。

 チェリー。

 アレス。


 みんな、生きているのかな。






「ではグランドクラスのお部屋で……本当によろしいのですか? もう少しお安いお部屋も──」

「いえ、最上級の部屋でいいです。おいくらですか?」


 町で一番高級そうな宿にやってきた。

 少し大きめの建物は、中に入ると広いロビーが。

 カウンターの向こうにいるのは、まるで執事のほうないで立ちの男の人で、彼は心配そうに僕らを見ていた。


「一泊80Lでございます……」

「ひとり80Lで3人だと240Lですね。待っててくださいね、今出しますから。240……240……」


 240Lは普段から持ち歩かず、アイテムボックスのシステム内なので取り出すのに一苦労。


「い、いえあの。一室80Lでございます……」

「え!? 3人で80でいいんですか!?」

「お、お食事は別途料金を頂きますよ、はい」


 それでも安いんじゃないか?

 高級ホテルって、こんなもんだっけ。


 お金を支払って、それからまさか部屋の前まで案内されるとは。

 そこは流石高級ホテルってところかな。


 メイドさんのような女の人に案内されて──待って、このメイド服、ルーシアに上げたメイド服とよく似ている。

 

 案内された部屋はとても広く、リビングと寝室とに分かれた作りになっていた。

 奥の寝室にはベッドが二つ。だけどそれがぴったりくっついていて、たぶん5人ぐらい寝れるんじゃないかな……。


「ねぇタック。さっきの人、メイド服着ていたけど」

「うん。先々代の領主が日本人だとすると──アバターを参考にして、こっちの世界で作ったのかもしれない」

「会うのが楽しみですね、タックさん」


 うん。楽しみだ。

 屋台のメニューも彼が流行らせたのだろうし、よっぽど日本文化が好きだったんだろうな。

 もしかすると、こういう町があるとあちこちに噂を流せば、プレイヤーが集まると、そう思ったのかもしれない。


「でも、先々代の領主に会うにしても、どうやって会いにいけばいいんだ──何してるの、二人とも」


 窓から外の景色を見ていた僕は、振り返って二人を見て困惑する。


 大きすぎるベッドの上には、アバター衣装を何着も並べているアーシアとルーシアの姿があった。


「あの服はアタシだけが持ってるものだと思ってたのにっ」

「もしかすると巫女服の女性もいらっしゃるかもしれないですのっ」


 宿のメイドさんにライバル心燃やしているのか……。

 そして二人が悩みに悩んだ末に選んだのが──


「私はこれですの! たいそうふくとぶるま!」

「アタシはすくーるみずぎよ!」


 寄りにもよって、なんてものをチョイスするんだよ!

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