第68話

「さぁさぁ、食べとくれ」


 いい意味で肉付きのいい中年女性が、ハッシュさんの奥さんだった。

 40代半ばなんだろうけど、笑うと若々しく見える可愛い感じの人だ。


 宿代は結局無料にされたけど、ここは食事代が別途なのでそこで奮発することにした。


「一番高い料理たって、田舎の村じゃこんなもんだよ」


 と言って女将さんが運んできたのはパスタだ。

 なんか黒いポテチみたいなのが乗ってるけど、これなんだろう?


「タ……タタタタ、タックッ」

「え、どうしたの?」

「タ、タックさん……こ、これっ」


 二人の様子がおかしい。パスタを見てあたふたしている。

 こっちの世界で麺類は──うどんやラーメンは無かったけど、パスタは港町で見たはず。

 

「タック、これ……こ、こここれ……」


 これ?

 黒いポテチのこと?


「こんな田舎で高級って言ったら、まぁこれぐらいだからねぇ」

「それトリュフっていう、珍しいキノコなの。匂いがいいでしょ?」


 バニーガー……ハッシュさんの義理の娘さんもやってきて、黒いじゃがいもを持って来た。


 トリュフ……あぁ、そんなのもあったっけ。

 昔、興味本位でいろんな高級食材をネット注文してみたけど、どう料理していいのか分からず腐らせてしまっただけだったな。

 

「そっかー。トリュフってこう料理するんだ。知らなかった」


 どんな味がするんだろう。

 まずはトリュフだけで食べてみたけど……なんだろう。香りはいいんだけど、味はマッシュルームみたいな?


「タ、タック、食べちゃった!?」

「え? そりゃあ食べるけど。どうしたのさ、さっきから」

「だ、だってそれ、ものすごく高級品ですのっ」

「一番高いものをって、注文したんじゃないか。あ、これおいくらなんですか?」


 特に美味しという気がしないけど、でもなんだろうな。香りがよくってつい食べたくなってしまう。

 これがトリュフの魔力か!?


「一皿45Lだよ」


 にっこり笑う女将さん。

 45Lってことは、日本円換算だと4500円か。

 おぉ、さすがトリュフ!


「他にもトリュフで作ったソースをかけたステーキなんてのもあるわよ」


 娘さんもにっこり。


「じゃあそれも。3つください」


 僕ににっこりそう伝えると、女将さんと娘さんの笑顔が一瞬氷ついた。


「い、いいのかい?」

「一皿50Lよ?」


 そう言われ、アーシアたちに「ひとり一枚食べれる?」と尋ねた。


「食べられるとかいう、夕飯だけでいくら使う気なのよ」

「ん? あんまり気にしてないけど」

「……流石11桁のLを持つ男ですの」






「はぁ~、食った食ったぁ」

「もうお腹いっぱい」

「苦しいですの……」


 トリュフ三昧の夕食は、あれ自体の味は特にどうってことはなかったけれど、匂いのせいか食が進んだ。それに肉やパスタ、それにパンなんかも普通に美味しかったのもある。

 

「じゃんけーん」

「ぽんっ」


 また二人がジャンケンを始めた。

 ベッドは二つあるけれど、大きさはセミダブルサイズ。

 最初、二人はベッドをくっつけようとしたけど、真ん中にランタンの乗った机が置かれていた。そのせいでベッドをくっつけられなくって──


「あいこでしょっ」

「あいこでしょっ」


 どっちが僕と同じベッドで寝るか、ジャンケンで決めていた。

 二人が一緒のベッドで寝るという考えは……


「勝ちましたわ! 今夜は私がタックさんと一緒ですの」

「あぁん。悔しいっ。つ、次はアタシだからねっ」

「ふふ。その時はまたジャンケン勝負ですの」

「それでアーシアが勝ったら、続けてタックと一緒に寝ることになるじゃない!」

「勝負の世界は厳しですの~。ね、タックさん」


 姉妹で仲良く寝るという考えは、全くないみたいだ。


「町についたら、キングサイズのベッドのある宿を探そうね」


 僕がそう提案すると、二人は笑顔で頷いた。

 大きな町に行けば、大きなベッドのある宿も見つかるだろう。


 ──で、結局朝には、三人仲良く一つのベッドで寝ていたのだけれど。

 まぁそこはいろいろとあったわけで。


 サイレントの魔法スキルとか、この世界にはないのかなぁ。

 ゲームだとそういうスキルの使い道がそもそもないけど、現実になるとあったら便利な魔法なのに。

 女将さんたちに昨晩の音とか声が、聞こえてなきゃいいんだけど。


 そんなことを思いながら食堂へと下り、ここでも一番高い朝食を注文する。

 そしたらやっぱり、トリュフの入ったサンドイッチとかが出てきた。

 

「ジータに行くんだってね」

「はい」

「あそこの先々代ご領主さまは、ハッシュと出身が同じだから、きっと力になってくれるよ」


 女将さんはそう言って、僕の頭を撫でた。

 

 18歳という設定にしていたけれど、顔はもう少し幼くキャラメイクしてある。

 15、6歳に見えるぐらいだ。

 でも撫でられるような年でもないよね。


 けど……なんだろう。

 凄く……落ち着く気がする。


「大変だったねぇ」


 そう話す女将さん。

 もしかして──


「女将さん、ハッシュさんや僕の故郷のこと」

「あぁ、知っているよ。あの人に聞いたからね」


 あぁ、そうなのか。だから僕のことを心配してくれるのか。


「あの人も大変だったそうだよ。たったひとりでダンジョンにいたっていうからね」

「聞きました。でもハッシュさんはレ──強い方ですし」

「ふふ。そうだね。あたしもね、若いころは冒険者だったんだよ」


 ほとんどの客が食事を終えて出発する中、僕らは女将さんの昔話を聞いた。

 半分はのろけ話だったけどね。


 駆けだし冒険者だった頃の女将さんが、モンスターの群れに囲まれているときに颯爽と現れたのがハッシュさん。

 一目惚れだったらしい。


「あの人、若いころはそりゃあもう、いい男でねぇ。あんたもどうだけど、あの人には勝てないよ」


 笑いながらそう女将さんが言うと、アーシアたちが頬を膨らませて抗議した。


「タックさんのほうがステキですの」

「そうよ。タックが一番なんだから」

「あらあら。女は自分が惚れた男が一番だものねぇ。あんたたちの気持ちも分かるわよ。ふふ」


 その後は……まぁなるべくして、こうなったってところなんだろう。

 その辺りの話はアーシアとルーシアも興味津々な様子で聞いていて、結局宿を出たのはお昼前だった。


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