第67話

「街道をジータに向かって進んで行くと……ライドは持っているのか?」

「はい、一通りは」

「一通り? まさかコンプリートしてんのか!?」

「いえ。あのアップデートの時に追加されたライドは、まだ自転車とキャンピングカーしか持っていません」

「しかって……いったいいくらチャージが残ってんだ。話によるとクレカ決済の奴は、当時口座に残ってる金額をそのままチャージできるってことだが。まさかお前……」


 もちろんクレジットカード決済だよ。


「ったく。最近の子供はどうなってんだ」

「いや、子供って……僕は──あぁそうか。キャラクターの体だったんだ」

「あ、そうか。忘れてた。俺の方はこっち来て30年だったんだな。俺も30年前は若かったんだけどなぁ」


 そりゃあそうでしょ。

 でもそうすると……僕たちプレイヤーは、この世界で確かに生きているってことなんだな。そして年も取る……と。

 あ、でも──


「ハッシュさん。デスペナって、ありますか?」

「あぁ、あるぞ。経験値が1%減る。健在だ。お前、まだ死んだことないのか?」

「い、いえ、あります……あの、じゃあ僕らって──死なないんですか?」


 その問いにハッシュさんは首を振る。


「寿命では死ぬ。あと病気もだ。ゲームにはなかった条件で死ぬと、復活できねーから気を付けろ」

「ゲームになかった条件……ですか」

「あぁ。おっと、ずいぶん話が脱線したな。それで街道をずっと進むとな、徒歩だと8時間かかる場所に村がある。俺が暮らしている村だ」


 その村にはなんと、ハッシュさんの奥さんが住んでいる!?

 け、結婚してるんだ。

 いや、僕もある意味結婚しているけどさ。


「実子はもう大人になっててな、冒険者やってんだ」

「じゃあ奥さんひとりなんですか?」

「いや、養子がいる。そいつらと宿屋を開いてんのさ。んで俺は出稼ぎと、ここで宿の宣伝しているって訳だ」


 国境での仕事は半月ごとに、別の冒険者と交代している。

 半月ここで働いて、半月宿で働いて、そしてまたここに。

 あれ?

 ハッシュさん……。


「休みないんじゃないですか?」

「言うな」


 どこか寂しい視線を空に向けるハッシュさんに、僕らは別れを告げて出発した。

 もちろんライドに乗って。






 スピード重視でピュロロに跨り、街道を突き進む。

 国境を離れたのは昼過ぎだったけれど、暗くなる前に村へと到着できた。

 宿を探すのは簡単だ。だって一軒しかないのだから。

 それに街道から一番近い場所に、周りの家と比べてひと際大きな建物だったのもあって一目瞭然だ。


 中に入って真っ先に見えたのは、カウンターの向こうで蠢くふさふさ。


「お客さんなの?」


 声が聞こえた。小さな女の子の声だ。

 でも姿は見えなくって、もさもさした何かが動いている。

 な、なんだろう?


「はいはい、お客さんですねー。すぐ、すぐ行きますから待っててぇ~」


 次に聞こえてきたのも女の子の声。でも声の印象からして、僕らとそう変わらないぐらいかな。

 出てきたのは──バニーガール?

 でもレオタードじゃなくって、異世界では普通に見るような服装だ。


「狐耳の子?」

「え?」

「あ、ううん。後ろの子たちのこと」


 バニーガールはアーシアたちのことを「狐耳の子」と呼んだ。

 あ、この子もしかして兎の獣人か!


「私たちが珍しいですの?」

「そんなこと言ったら、宿で働いている獣人のほうが珍しいわよ」

「あら、そう言われればそうよね。ふふ」


 優しく笑みを浮かべるバニー……じゃなかった獣人の女の子は、宿に泊まるのかと尋ねてきた。

 僕らがハッシュさんからの紹介だと伝え、彼から預かってきた手紙を見せる。


「父さんがわざわざ手紙を預けるなんて。待っててね、母さんに見せてくるから」

「あ、はい」


 広くはないロビーにベンチがあったので、そこで座って待つことに。

 すると今度は、カウンターから小さな獣人の子が現れた。

 うん。これは猫だな。


「父ちゃんは?」

「と、父ちゃん?」


 8歳ぐらいの小さな子だ。黒猫のような耳と尻尾が見えるが、それさえなければ人の子と変わらない。

 じっと僕を見上げ、金色の瞳をキラッキラさせている。


「ハッシュさんのことじゃないの?」

「慕われているんですね、ハッシュさん」

「父ちゃんは~?」


 この子はハッシュさんが帰ってくると思っているのかな。


「ごめんね。ハッシュさん、まだ国境の砦でお仕事なんだよ」


 それを聞いた猫子ちゃん。

 僕をじっと見て、それから──。


「はぁ……こっちのお仕事も忙しいのになぁ~」


 そうぼやいて奥へと行った。


 ハ、ハッシュさん……生きて。 


「お待たせ~っと、どうしたの?」

「あ、いえ……」


 兎の子が戻って来て、僕が微妙に暗い顔をしていたから心配したようだ。


「父さんの同郷・・なんだってね。タダで泊めさせてやってくれってさ」

「え? い、いや、お金は払うよ」

「遠慮しなくっていいんだって」

「い、いえ、本当に──二人からも言ってよ」


 助けを求めると、アーシアが、


「タックさんは11桁のLを持つ男ですの」


 と、暗号めいた言葉を言い放った。



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