第72話

 久々に興奮して疲れたというアレスに変わって、さっきのメイドさんがダガーの保管されている場所まで案内してくれた。

 や、やっぱり柴犬だよね……。


 くるんっと巻いた尻尾を後ろから見つめながら向かったのは、お屋敷の地下室。


「ここにはジータ領主が代々受け継いできた品物が眠っております」

「お宝みたいなもの?」

「それもありますが、単純にこの地方の歴史を記した書物などもございますので」


 それもまた宝の一つだろうと僕は思う。

 地下に下りるとまずは鉄の扉。もちろん鍵が掛かっている。

 二つの鍵を持ったメイドさんは、その一つを使って鉄の扉を開けた。

 中に入るとメイドさんが何かごそごそ。


「もしかして盗賊避けの罠でもあるのかしら」


 なんていうルーシアの言葉に、柴犬メイドさんは振り向いてにやぁっと笑う。


 マ、マジだ。

 マジで罠があるんだ!


「解除しましたので、もう大丈夫ですよ。ですがこの先の通路の両端にある扉には、安易に手を触れないようお願いしますね」


 僕らは無言で頷いた。


 メイドさんを先頭に僕らは中へと入り、扉の一つでメイドさんが立ち止まる。

 残っていたもう一つの鍵で扉を開けると、中に入って僕らを手招きした。


「ここにありますのは、大地震で崩壊したジータを復興するのに貢献した方々が残した品でございます」

「復興に貢献?」

「はい。できれば後世まで、大事に保管して欲しいと頼まれたものばかりでして」


 大事に保管して欲しい……どうしてそう頼んだのか、この時の僕には分からなかった。

 だけど──


「こちらが、旦那様がタック様にお見せしたかった品でございます。選ばれし者しか装備できない品ですが……」


 ガラスケースに飾られていたのはダガーだ。

 普通のダガーと違い、装飾が施されている分、高価に見える。

 ケースが取り除かれ、僕はそのダガーを手に取った。


「重い……」

「やはりタック様も選ばれし者ではありませんでしたか」


 ダガーをアイテムボックスに入れ、詳細を確認した。



【チェリー酒のライトニングハイクオリティクワドロプルクリティカルダガー+10】

 初心者にも使いやすい短剣。

 所有者:チェリー(ロック中)



 っぷ。ほんと、名前長すぎだろ。

 なるほど、重いのはチェリーが装備していたからなのか。

 他の人が持ち出せないようにしたのかな。


 つまりチェリーは──

 無事にこの世界に転移できたうちのひとりだったようだ。


「あの、この貢献したチェリーって人は?」

「はい。記録によりますと。ジータの街の復興後、他の方々と協力して冒険者ギルドを設立した方でございます」

「チェ、チェリーが冒険者ギルドを!?」

「はい。チェリー様が初代ギルドマスターに。そしてバラモン様が副マスターとして、彼女を生涯を通じて支えられました」


 バ、バラモン!?

 いやいや、まさかここであいつの名前が出るなん──え?

 し、生涯?

 まさか──


「まさかその二人……夫婦なんていうんじゃ」

「その通りですが、よくご存じで」

「うわあぁぁーっ!」


 衝撃の事実を知ってしまった。






「いやぁ、あの二人が結婚したなんてさー」

「そうだろうそうだろう。驚いただろう?」

「驚いたさ。だってバラモンってそんな気まったくなかったじゃん」


 この驚きを共有したくってアレスの所に慌てて戻って来た僕。

 アレスも一緒だったらしく、当時のことを振り返って話してくれた。


「そうそう。チェリーからの手紙が残されておったじゃろ? 読みたい気持ちはあったのじゃが、お前が現れるのをずっと待って我慢しておったのだ」

「え。そうなの? もし僕が現れるのがあと50年遅かったら、どうしたんだよ」

「死ぬ前に読むつもりじゃった。それで、何が書いてあった?」

「ごめん。まだ読んでないんだ」

「なんじゃ、まだ読んでなかったのか」

「いやだって、この驚きを君と共有したくってさ」


 窓辺にあった椅子に腰かけ、ダガーと一緒に保管されていたチェリーの手紙を開いた。



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 これを手にしているのがタックだといいなぁ。

 もし違うのなら、彼にこの手紙とダガーが届くように祈ってください。


 私の名前はチェリー。

 MMO『Lost Online』のプレイヤーのひとりです。

 このダガーは友達の転生祝いで作った物です。

 だから誰も使わないで欲しいの。

 といってもダガーだし、いらないよね?



 タックへ


 転生して、それから転移できてるよね?

 日本で地震があったあの日、同じようにこの世界でも大きな地震があったんだって。

 私はその大地震から10年後のこの世界に転移してきたの。

 バラモンもいるんだよ!

 でもバラモンは私が転移してから2年後だったの。

 他にもね、『Lost Online』のプレイヤーがいるんだけど

 みんな転移してきた時代がちょっとずつずれてるの。

 理由は分かんないけどね。


 それでねタック。

 ビックリするかもしれなけど、私ね、バラモンからプロポーズされたんだぁ。

 キャー恥ずかしい><


 この世界に来てバラモンと再会するまで、私ひとりだったの。

 ジータをなんとかしなきゃって思ってたけど、どうすればいいか分からなくて。

 たった2年で死にたいって思うようになってさ。

 そんなときにバラモンが来てくれた。

 それで私をね、ずっと支えてくれたの。


 嬉しかった。

 それでね、好きになったんだよね。


 で、ここだけの話なんだけど──


 私ってばアレスのこと好きだったんだよねー。

 きゃー><


 あ、このダガーは転生のお祝い。

 それともう一つ。

 転移のお祝いもあるよ。


 あの時にね、ギルドメンバー一覧のタックの職業が、魔導師からエターナルノービスに変わるのを見たの。

 なんでそんな職業選んだの?

 まぁそれはいいんだけど。どうせ魔法使いプレイしてるんでしょ?

 だから頑張って作ったんだよ。

 エターナルノービスのことも調べて、装備できる中で最高ランクの杖!

 役立ててね♪



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 杖?

 そんなものは無かったけれど、あとで聞こう。

 手紙は他にもあって、1行目に「アレスへ」「ミーナへ」「クラウドへ」と書かれていた。

 全員に手紙を残したんだ、チェリーは。


 その中で「クラウドへ」と書かれた手紙の最後に「読んだぞ。byクラウド オウル歴422年」と書かれてあった。


 オウル歴312年に大地震が起きた。

 クラウドはその110年後に転移してきたんだな。


「アレス。これ、チェリーから君に充てた手紙だ」

「わ、わたしにか?」

「全部まとめて封筒に入れていたから、全部僕充てだと勘違いしたんだろう」


 転生祝いのダガーと一緒に保管されていたのなら、そう思っても仕方がない。


 そっか。

 チェリーとバラモンが結婚して、クラウドもこの世界に無事来てたんだ。

 あとはミーナ……か。


 友人がこの世界に無事来ていたことにほっとしている僕の横で、アレスが「なんじゃとおぉぉっ」と叫び声をあげていた。




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