第65話

 荒れ果てた獣人族の里を三人で掃除すること五日。

 割れた窓ガラスの修復はできないけれど、外れかけの戸は可能な限り直し、焼け落ちた家などは逆に綺麗に燃やしてしまった。

 少しだけスッキリした、誰も住んでいない里。

 いつかここも森に還るだろうけれど、あのままにしておくよりは良かったと思う。


「探し物は見つかった?」

「はい。父と母が残してくれた、オルゴールが残っていました」

「それに家族の肖像画。残っててよかった」


 見せて貰った肖像画には、家族四人の姿が描かれていた。

 アーシアたちは今よりも幼くて、12、3歳ぐらいなのかな。


 二人はそれぞれの鞄に、大事そうにしまって──僕らは出発した。

 ジータの町に向かうため、まずは森を南下する。

 南下して街道に出たら、そこからは馬車ライドでジータへと進んだ。


 港町から西に進んだ先の山脈の北端付近にやってくると、そこには国境があって。

 ここは港町オーリンのあるウェイロ王国と、ジータのあるロンバル公国の国境だ。

 山道にも国境の砦があって、他にも道という道に国境の砦がある。

 ただ、道のない場所には砦がないので、実質出入り自由っていうね。

 ま、そういう所にはモンスターがいるので、普通の旅人や行商人は砦のある街道を通る。


「だけど帝国は国全域に壁があるって聞いたわ」

「出入りできる場所が限られているので、通行税を必ず支払わなければならないんです」

「さすが帝国と名がつくだけはあるなぁ」


 悪党らしいといえばらしい。

 

 国境が見える場所まで馬車で来てしまったし、ここで引き返すのは怪しまれる。

 このまま素直に通行税を払ってジータへ向かおう。


 と思ったけれど、馬車で通ったのは失敗だった。

 ウェイロの国境警備の人が言うには、徒歩ならひとり50Lだったんだけど、馬車を利用しているならひとり75Lに。そして馬車そのものの通行税として150Lも取られた。

 まぁはした金だからいいんだけどさ。


 ウェイロからロンバルへと入るとき、ロンバル側の警備兵に呼び止められた。

 もしかしてこっちでも通行料を?

 いや、当たり前か。

 

「そっちの二人は奴隷か?」

「え……違いますけど「そうですっ」」


 あ、一応表向きにはそういうことになっていたんだった。

 どこで奴隷商人に見られているかも分からないし、違うってことにすうと誘拐されかねないからだ。

 まぁこの二人を誘拐できる奴隷商人なんて、もういないと思うけどなぁ。


「そうか……」

「あの、何かマズいことでも?」

「お前たちは東側から来たのか?」


 警備兵の人にそう問われ、どう答えたものかと考える。

 少なくとも僕はそうだ。でもアーシアたちは北の森出身だしなぁ。


「大陸の西側では、あまり獣人の奴隷は取引されていない。我がロンバル王国では奴隷制度自体、廃止されているからな」

「あぁ、そうだったんですか」


 最初の頃にそんな話を聞いたような気がしたけど、もう忘れてしまったな。

 警備兵の人は親身になっていろいろと教えてくれた。


「特にロンバル国内でも、ジータの町周辺では奴隷を連れているだけで白い目で見られる。その子らを連れてかの町へ行くのは止めておけ」

「う。僕たち、まさにジータへ行こうと思っていたのだけれど」

「ならせめてその奴隷の首輪を外していくんだな。外しても困らないのであれば、だが」


 外しても困らないっていうのは、逃げられる心配がなければとか、そういう意味なんだろう。

 そもそもこの首輪は奴隷商人に目を付けられないようにするためだし。外しても構わない。というかいつまで付けてるつもりなんだろう。


「あの、ここから北の森で、数カ月前に大規模な獣人狩りが行われたのを、ご存じですか?」


 恐る恐るといった様子で、ルーシアが警備兵の人に尋ねた。

 尋ねられた警備兵は眉をしかめ、小さく頷く。


「他国でのことゆえ、我々にはどうすることもできないのだ……。まさかそこの出身なのか?」


 今度はルーシアが逆に問われ、困った顔を僕に向ける。


「彼女らは北の森の出身なんです。僕とは東側で出会って、その時……その……」

「買ったのか?」


 問われて僕は慌てて否定する。


「ち、違いますっ。えぇっとその」

「わ、私たちが奴隷商人から逃げてきたですの。それでタックさんに助けられて」

「アタシたち、そのままタックの奴隷ってことで、ずっと一緒にいるの。でも奴隷の契約はしていないし、好きで傍にいるだけなのよっ」


 アーシアとルーシアが僕を挟んで警備兵の人に訴える。

 僕はというと、彼女らと出会った時のことを思い出して笑ってしまった。


 なんせ僕は、二人に埋められていたのだから。


「ではお前たちは奴隷ではないと?」

「そうですの。でも東にいる間は、首輪をしているほうが何かと都合がよかったもので」

「首輪をしていないと、その辺をうろうろしている悪い奴らに襲われるもの」

「え、つけてても襲われたじゃないか」

「そ、そうだけど……」


 悪い奴らなんて、奴隷だろうがそうじゃなかろうが、盗めるモノがあればそれでいいんだしね。

 そんな話をしていると、警備兵の人が笑いだしてしまった。

 どこに笑いのツボがあったのだろう?


「分かった分かった。お前たちが主従関係ではないというのは分かった。なら悪いことは言わん。その首輪、外していくがいい。なぁに大丈夫さ。この国にいる間は、狙われることはないだろう」


 むしろ奴隷商人が入国した時の方が大変だと彼は言う。

 特にこれから向かうジータは獣人族が自由に商売をする領。

 普通の商人に扮して入国する者もいるが、奴隷商人だとバレれば極刑が待っている。


 そんな話をしてくれた。


 その場でアーシアとルーシアの首輪を外すことに。

 ただ鍵がない。


「どうやって外そう……」


 盗賊系職業だと『解錠』というスキルがあるんだけどなぁ。

 でもあれ、アクティブスキルだからエタノビのスキルツリーにも……確認してみたけど、やっぱり無い。


「待っていろ。鍵開け名人がいるから、呼んできてやる」


 警備兵の人がそう言って建物へと向かった。


「か、鍵開け名人……」

「なんのご職業だったんでしょうね」

「か、考えちゃダメなんでしょ」


 思っていることは三人一緒。

 やがてひとりの中年男性がやってきて、無言でアーシアたちの首輪をあっさり解除していった。


「おぉ、凄い。こんなアッサリと」

「……解錠10だからな」

「へぇ。スキルレベル10なの──え?」

「お、おまっ──え?」


 二人の首輪を外してくれた男と見つめ合い、それから──


「「プレイヤー!?」」


 と同時に叫んだ。


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