第64話
運転席で見張り番をしながら、僕は失敗したなと頭を抱えた。
車のヘッドライトに集まってきているのだ──虫……タイプのモンスターが。
アーシアたちにしっかり聞いておくべきだったなぁ。
硬いっていうモンスターの話を。
いや、聞いていたとしても、まさかこうなるとは思わなかっただろう。
だってゲーム内では奴らは光に集まる習性だとか書かれていなかったからさ。
ヘッドライトの明かりに誘われて集まってきているのは、クワガタやカブトムシに似た昆虫タイプのモンスターたち。それに蛾のタイプだ。
もちろん、普通に昆虫もいる。
ゲームだとこっち側の大陸は、港町オーリンから真っすぐ西のジータと、やや南の地方が実装されていた。
二人の故郷である森はジータから北にあって、未実装ゾーンだ。
生息するモンスターの情報はないが、この辺の奴らがレベル30未満と考えると、正直僕のゲーム知識は役に立たないな。
ゲームだとオーリンの周辺ですら30超えばかりで、ジータに行くと一気に適正レベルは70を超える。
そもそもこっちは上級者コースと言われたマップだったからね。
とはいえ、ぶんぶんと集まって来るモンスターのことは覚えている。
生息していたのは東の大陸だったけれど、この際それはもう忘れよう。
レベルは30。
どれも弱点は火だ。
蛾は毒を持ち、クワガタとカブトムシは硬い皮膚が特徴で、物理攻撃には強い。
なるほど。アーシアたちが言っていた、厄介なモンスターに当たるのかもしれないな。
「さて。ぶんぶんうるさくなって来たし、片付けるかな」
運転席のドアから外に出て、ヘッドライトの照らされた巨木に群がるモンスターに向かってまずは──
「F6──からのぉF3」
つまりフレイムバーストのレベル10からの、ファイアウォールレベル5だ。
ファイアウォールは仕留め損ねた奴ら対策用になる。
こいつら、リンクモンスターだからな。一匹がダメージを受けると、近くの同族が助っ人に来るって言う。
ただし一撃即死させられればリンクすることもない。
そしてファイアウォールの必要もなかったようだ。
範囲内のモンスターは全て一撃で仕留めることが出来た。
「ゲーム仕様っていうのはやっぱりいいよね。どんなに強力な魔法を使っても、自然破壊をしなくて済むんだから」
フレイムバーストの範囲内にあるはずの大木は、燃えるどころか焦げてすらいない。
さて、残っているモンスターを片付けようか。
「こいつら、光に集まる習性があるなんて知らなかったわ」
「へっどらいとのように強い光が、そもそもこの世界にはないですの」
「そうよねぇ」
次の日、朝食を済ませてから外の惨状を見てアーシアたちが言う。
「君たちの里に来たりしなかったのかい?」
「こいつら、森の外周にしか生息していないの」
「里の周辺には魔物避け──というか虫よけの草木が多いので、嫌って近寄らないというのは聞いたことがあるですの」
モンスターだけど、虫なのか……。
キャンピングカーをガチャカプセルに戻して、代わりにピュロロを出して森の中を駆ける。
里までは一応道があるらしく、まずはそれを探すことにした。
小一時間ほど走ると草木の生えていない、土がむき出しになった場所を発見。
それは森の外から奥へと伸びる道。整備されているとは言い難いほど凸凹しているけれど、ピュロロにはあまり関係がない。
草木がないだけでもこの子らには走りやすい道だ。
速度を上げノンストップで駆けること数時間。
ついにそれは見つかった。
人の気配がまったくない家々。
火事によって焼け落ちた物もあれば、残ってはいるものの戸や窓が破壊された、廃墟同然の物。
そこかしこに散らばる生活用品は、使われなくなってからの月日を感じさせるように苔が生え始めていた。
そっと振り返って二人の様子を見る。
悲痛な表情は浮かべているけれど、二人はしっかりとした足取りである方角へと向かった。
その先に一軒の小さな家がある。焼け落ちることなく、形がしっかり残った状態の家だ。
だけど戸は外れ、窓もほとんど割れていた。
二人の後を静かに追い、彼女らが中へ入ると僕はそこで待った。
中からかすれたような声が二つ、聞こえてくる。
どうしてこんな状況になったんだろう。
僕らは『Lost Online』で平和のために戦っていたはずなのに。そういう設定だったはずなのに。
獣人族への差別をなくし、全ての種族が平等に暮らせる世界を──
そういうコンセプトだったはずなのに。
あの日、大型アップデートが行われた日に起きた大地震のせいで、この世界のプレイヤーがいなくなってしまったから?
地球が無事だったら、こうはなっていなかったはず。
きっと多種族連合が邪神を倒して、それで帝国も滅ぼしてどの種族も仲良く暮らす未来があった……ハズなんだ。
この世界の過去は変えられなかった。
なら……これからの未来は変えられないのだろうか。
誰かが泣く必要のない、そんな未来を作りたい。
僕に何か出来るだろうか。
僕だけゲーム仕様な、この世界で。
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