第56話
海面へと戻って来た僕らは、半魚人たちに見送られ再び出航した。
船内で昼食をとり、しばらくしてから──
『間もなく目的地オーリンへと到着いたします。お忘れ物のないよう、ご注意ください』
そんなNPCの声が聞こえる。
微妙に懐かしさを感じるセリフに、思わず僕は笑いそうに。
船の操作をするNPCにその言葉に、アーシアとルーシアは真剣に身の回りのチェックを始めた。
「タック、忘れ物ないわよね?」
「着替えは持っているですの? 食料は?」
「持ってる。大丈夫だって」
あの日、港町での濃密な一晩。思い出すだけでも顔から火が出そうだけど、その前に買った鞄は、二人に持たせてある。
3WAYスタイルの鞄は、肩掛け、手持ち、リュックとして使えた。
二人は両手が自由になるリュックスタイルで背負っている。
各自着替えや、二人が使える装備もそっちに入れて貰うようにした。
さらにこの鞄。別に買った鞄を中に入れれば、自動的に枠が追加される仕組みだった。
そこで僕が持っている女性物のアバターは全部二人に持って貰うことに。おかげでこちらのアイテムボックスには十分な余裕ができた。
「ブレッドたちは忘れ物はないね?」
一応聞いておく。
この二人もアイテムボックス──いや、魔法の鞄を持っている──と思う。
いつ見ても荷物が少ないもの。
アーシアたちが言っていたけど、魔法の鞄は高級品だという。
アリアさんはブレッドのことを「坊ちゃま」と呼んでいるし、彼はどこかの貴族の子なんだろうか。
だとしたら、何故アリアさんと二人で旅なんか。
獣人の国を作ると言っていたけど……家出少年なのかなぁ。
まぁ少年って年でもないけど。
「どうかしたかい、心の友よ♪」
いちいち白い歯を輝かせるブレッドは、やっぱりどこか苦手だ。
嫌い──ではない。
好きかと言われれば、よく分からないけれど。
でも、彼のノリはちょっと疲れる……。
こう、煌びやかなんだよね。
やっぱり貴族のお坊ちゃまなのかなぁ。
「忘れものはございません。むしろこの方を船に忘れていきたいほどでございます」
「はははは。アリアはいつも面白いことを言うなぁ☆」
真顔のアリアさんに対して、いつもにこにこなブレッドは気にした様子もなく返す。
それから──
こともあろうか、アリアさんのお尻を撫でてキス始めちゃったよおい!
「ブブブブ、ブレッド。ふふふふ、船、船下りるんだぞ!」
「ん。いやぁ、すまない。アリアが可愛くてつい」
「わたくしのせいにしないでください」
「分かったよ。ではもう一度だけ」
「んふぅ」
……もうやだこの二人。人前でキスなんかするなよなぁ。
その時──
『到着しました。またのご利用をお待ちしております』
というNPCの声が二階の操舵室から聞こえた。
ついでに、
『公共の場でのみだらな行為は、ハラスメント行為とみなされます。通報なさいますか?』
と尋ねてくる声も。
通報って、運営はいないだろうに。どこに通報するんだよ。
「いや、いいよ。ありがとう」
『どういたしまして』
「さぁさぁ、ブレット、アリアさん。イチャついてないで、船を降りてくださいっ」
二人を急かして船着き場へと降りてから、クルーザーをアイテムボックスへ。
うん。周りの船乗りさんが驚いてるね。早くここから離れよう。
「ボクたちはここから南を目指す。君とはここでお別れになってしまうね、寂しいよ★ミ」
「獣人の国を作るっていうのは、本気なのかいブレッド」
「本気も本気さ。そのための伝手もちゃんとある」
「坊ちゃま。余計なことをタックさんに吹き込まないでください。彼を巻き込むおつもりですか?」
「ははは。怒られちゃった☆ミ だけど本音では、君の協力が欲しいと本気で思っているところだよ♪」
獣人族の国を作るために?
確かに僕としても協力したいと思っている。
だけど獣人族の国は今はない。戦に負けたからだ。
大陸の西側のこちらでは、比較的扱いは酷くはないということだけれど、それでも獣人族の国を作るとなれば反発も起こるだろう。
だって、
どこに国を作る?
って話になるじゃないか。
アパートみたいに空き部屋ならぬ、空き土地があるならまだしも。
「国を作るって、どこに作るんだい?」
「そりゃあ決まっているだろう。もともとあったば「ブレッドさまっ」っと、また怒られちゃったね」
そこまで言えばもう丸わかりだろう。
だけどそうなると、獣人族の国は僕たちがやってきた東側の大陸にある。
それも今は帝国領だ。
まさかブレッドは、この地で人を集めて帝国に戦争を!?
はっとなって彼らを見ると、ブレッドは笑顔で、そしてアリアさんは悲痛な面持ちで首を左右に振った。
それから二人はそのまま歩き出す。
ブレッドが一度振り返り、手を振った。
その手に向かって僕は……思いっきり手を振り返した。
初めての時とは違う。僕がそうしたいと思って、そうした別れの挨拶だ。
彼の隣に立つアリアさんも一度だけ振り返り、彼女は大きくお辞儀をして歩き出した。
二人の姿が人ごみに消えてから、アーシアがぼそりと零す。
「獣人族の国……本当に出来るのでしょうか」
「さぁ、どうだろう……出来るといいなって、僕も思うよ」
「アタシもそう思うわ」
しばらく人ごみを見つめた後、僕は二人の前に立って手を刺し伸ばす。
「行こう、僕たちも。まずは二人の故郷からだ」
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