第55話

 半魚人たちがグリードと戦った海域へと潜っていくのを船の上から見つめる。

 暫くして上がって来た半魚人のひとりが「都の修復に随分かかりそうです」と。


「住めなさそうなんですか?」

「居住可能な建物もありますが、数十人ぐらいが入れるかどうかでしょう。別の海域にも逃げた同胞がいますので、このままじゃあ全員の帰郷は無理かと」


 そっか……なんとかしてやりたいけど、海の中のことだしなぁ。

 それに住む家だ……家か!


「ハウスキットで何かいいものがないかな」

「タック、また面白そうなものを出すの?」

「今度はなんでしょう?」


 わくわくした顔つきで二人が覗き込み、僕は公式ショップの一覧を見た。

 

 ハウスキット。

 MMO『Lost Online』で2年前に実装されたハウスシステムの関連アイテムだ。

 各都市や一部の大きな町に用意された土地を購入し、NPCに依頼して家を建てて住むことができるというものだ。

 素材も自分で集めなきゃならないうえに、依頼料も発生。外観パターンも少なく、不人気なシステムだった。

 その時に同時発売されたのが、課金アイテムのハウスキット。

 外観を選んで、内装家具を選んで決定ボタンを押せば、指定した場所にそのまま家が建つアイテムだ。


 ハウスシステム実装から半年ほどして、ギルドハウスキットなんてのも発売され、こっちは人気あったんだよね。

 その中から出来るだけ大勢が暮らせるようなのは──これだな。


「僕がとりあえず家を建てますから、どこに置けばいいか教えてください」

「ゲ、ゲロ? い、家を置く?」


 半魚人の皆さんが慌てている。

 まぁそれもそうだよね。家を置くっておかしいもんね。


 構わず海へ飛び込むと、慌てて半魚人が酸素昆布を差し出してくる。


「ちょっと行ってくるから、待っててぇ~」

「いってらっしゃいタックさん」

「頑張ってねぇ」

「どんな家が建つのか楽しみだ。アリア、ボクも行ってくるよ」

「どうぞ。わたくしは行きませんので」


 獣人族の三人は船に残り、僕とブレッドが半魚人に連れられて海へと潜った。

 深く潜っていくと、直ぐに建物らしきものが見えてきた。


 白を基調とした大きな建物は無残に壊れ、周りも瓦礫でいっぱいだ。

 結構大きな規模だなぁ。

 少しだけ残っているという建物は隅のほうにあり、グリードの破壊から免れた貴重な物なんだろう。

 

 黒っぽいというかグレーというか、その辺の岩と同じ色の四角い箱型は、まるでアパートのようにも見える。


「集合住宅?」

「はい。我々半魚人族の住まいは、集合住宅になっております。海の中ですので、限られたスペースで快適に過ごすためには、あの形がベストなのですよ」

「なるほど。えぇっと、じゃあ家はどこに置こうか?」

「……ほ、本当に置くんですか?」


 うんうんと頷き笑って見せる。


 彼が案内してくれたのは、残ったアパートからほど近い空いた場所だ。海底は砂で、平らなので家も置き易そう。

 そこに向かって泳ごうとすると、すぐに半魚人に止められた。


「人間族にはお分かりになられないようですが、あそこは空気があるんでゲロ」

「空気? え、じゃあ半魚人の都って……」

「空気の膜に覆われた都なんでゲロ」


 だから泳がず、海底に足を付けていけと教えてくれた。

 そうしないと、空気の膜を超えた瞬間、海底に落下するという仕組みだ。


 でも海の中を歩くって、難しいんだよ!

 半魚人に手を引いて貰って空気の膜を超え、昆布を外して深呼吸。

 あ、本当だ。呼吸できる。


 だけどこうなると、今度は砂の上が歩きにくい。

 えっさえっさと歩いてアパートの前までやって来ると、ギルドハウスキットを購入して設置する。

 部屋数30。しかも一部屋2LDKバージョンだ。

 ふへへ。3階建てのアパートが5000円で買えちゃうって、ゲームってやっぱりいいね!

 家具は、とりあえずタンスとダイニングテーブル、あとベッドはどうするか。


 半魚人族の一般家庭で使われる家具を教えて貰って、二段ベッドを二つずつ設置することにした。

 設定を終えて決定ボタンを押し、すると僕の視界に半透明な巨大アパートが浮かび上がる。

【設置位置を決めてください】

 そんなシステムメッセージもあって、これを動かすことで位置を決められるのかな?


 スペースの問題もあるので、ここに置けたのは四棟だけ。

 他の場所にも三棟置いて、とりあえず800人ぐらいは住めそうだ。

 

「ほ、本当に家が置かれたゲロな……」

「これで都の再建もしやすくなる。あのままだと通いながらの修復になっただろうし」

「ありがとうございますゲロ」

「ありがとうコポポ」

「タックさまは我ら半魚人族の英雄ゲロロ」


 いやぁ、3万5千円ぐらいで英雄なんて言われたら、ちょっと恥ずかしいな。

 あ、最近ちょこちょこ使ってるし、口座からショップマネーをチャージしておこうかな。


「ふふ。タックは本当に、面白いものをたくさん持っているね。それを惜しみなく、困っている人のために使うなんて。君は他種族にも優しい。本当に、君とは心から親友になりたいと思うよ」

「ブレッド?」


 黙って成り行きを見ていたブレッドが、いつになく真剣な表情になる。

 この顔は、あの夜──獣人族の国を作ると語った時と同じ顔だ。



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