第52話

 目が覚めたのは、太陽が真上に見える時間。

 アーシアとルーシアはまだ眠っていたので、そっと部屋を出て一階の食堂へ。

 利用客が少ないのは、昼食の時間もとうに過ぎていたからかな。

 そんな食堂には、ブレッドがひとりテーブルに座っていて。


 苦手なはずなのに、何故か僕の足は彼の座るテーブルへ。

 彼も僕に気づいて手を振る。


「おはよう、我が心の友よ♪」

「……おはよう」


 爽やかすぎる笑顔が、なぜか暑苦しく感じる。


「昨夜はずいぶん賑やかだったねぇ☆」

「う、うん。明け方までずっと騒いでいたみたいだね」

「みたいとは他人事のようだが、賑やかだったのは君たちのことだが?」


 僕たちが……賑や──


「ほわああぁあぁぁっ!? な、んななななななっ」

「なぜ知っているのかって?」


 僕は頷く。


 昨夜、僕とアーシア、そしてルーシアは結婚した。

 形式とすら呼べないものではあるけれど、それでも僕らは愛を確かめ合った。

 そりゃあ……い、いろいろ言えないこともいっぱい……した。


 まさかそれを聞かれていた!?


「はっはっは。君たち三人の部屋の隣に、ボクらの部屋があるからね☆ミ」

「うわあぁぁぁぁっ」

「いやいや、そんなに恥ずかしがることじゃないだろう。愛し合う者同士が交わるのは、ごく普通のことさ。ボクらのよう──」


 そこまでブレッドを口にするとほぼ同時に、スパーンッと音がする。

 いつの間にかブレッドの背後に立ったアリアさんは、どこから持って来たのか分からないスリッパを手にしていた。


「坊ちゃま、余計なことを仰らないでください」

「ふふ、テレ屋さんだなぁアリアは。ボクらもタックに負けないぐらい愛しあ──」


 またスパパーンっと音が響く。どうやら今度は2連射だったようだ。


 まぁ二人がそういう関係だってのは、だいたい予想がついていたけれど。普通はそこ、隠すべきところじゃないのかな。


「タックさま。ご出発はいつになさいますか? 港の船の修復をお待ちになるので?」


 いつものポーカーフェイスのアリアさんだけど、その頬は少し赤い。


「明日には出発しようと思います。僕の船がありますし」


 港の船の修理費用は、大工や材木問屋、その他修理のために必要な各部署への支払いは終わらせてある。

 改めて思ったけれど、最初から僕が船を出していれば済んだことなんじゃないかとか思わなくもない。

 異世界ボケしているのかな。


「半魚族の姫君のところへは行くのだろう?」

「うん。寄るつもりだよ」


 何かくれるかもしれないし。


「タックさま。西大陸のどこへ向かわれますか? 東の大陸から寄港できる港町ですと、三カ所ございますが」

「え、三カ所?」


 ゲームでは港町が一つしかなかった。

 いや、大陸の北側はほとんど未実装だったし、そちらのエリアにあるのかもしれない。


 アリアさんが腰のポシェットから地図を取り出して、テーブルへと広げた。


「一番近い港はここです」

「うん。そこは僕も知っています。他は?」


 彼女は港町からつつーっと指を這わせて、まずは西大陸の南端を指さした。


「レノーラの港町でございます。小島を結ぶ橋を渡るルートでも、この町が終着点となっております」

「なるほど。こうして地図で見ると、橋ってめちゃくちゃ多いんだね」

「はい。最長ですと、渡り終えるのに3時間かかるものもございます。また潮の関係もあって、渡れない日などもございます」


 東から西へ渡るために、スムーズに進んでも七日は掛かるという。

 滿汐の際は渡れない橋もあるため、どうしても途中で宿泊する必要がある、と。


「途中の小島には宿も多いと聞きます」

「行ったことはないんですか?」

「はい。わたくしは獣人ですので、通行が禁止されておりますから」

「あ……ごめんなさい」

「いえ、お気になさらずに。もう一つの港町はこちらになっております。北のコンラトでございます」


 やっぱり知らない名前の町だ。

 僕は特にどこに行きたいという訳でもないけれど……できれば勝手知ったるオーリンの町が良いな。

 ここから一番近い、真っすぐ西に進んだ場所にある港町に。


 僕がじっと地図を見つめていると、アリアさんが「分かりました。オーリンでございますね」と言う。


「それはよかった。ボクらもオーリンで下ろして貰えると嬉しいと思っていたのだよ☆」

「ブレッドたちはオーリンに用が?」

「いや。オーリンから北西が目的地さ」

「ふぅん」


 ブレッドの目的は、獣人の国を作ることだと言っていた。

 どこまで本気なのか分からないけれど、それが叶うなら獣人族にとっていいことなのだろうと思う。

 ブレッドは変な奴だけど、獣人には優しい。

 それは一緒にいるアリアさんに対する態度を見ても明かだ。


 アーシアやルーシアのためにも、それが実現することを祈りたい。

 祈りたいけど、国なんてどうやって作る気なんだろう?






 翌朝、いろいろな疲れも癒えた僕らは、町の人に見送られながら出航した。

 まずは途中の島へ寄って、半魚人の都へと立ち寄る。


 昆布があるので船上からダイブして、そのまま海底を目指すのもあり──なんだけれども。


「嫌よ、いやいやぁ」


 ルーシアは叫び、アーシアは無言で首を左右に振り続けるというありさま。

 あとアリアさんも尻尾の毛を逆立て立っていた。


 獣人って、泳げない種族なんだろうか。


 一度は潜っているのに、何故ここから飛び込むのはダメなのか。

 確かに行きは直で海底だったし、歩いていったけどさ。


「分かったよ。海底洞窟から行こう」

「きゃ~っ、タック大好き」

「やっぱりタックさんは優しいですね」


 あんなにあからさまに嫌がられちゃ、無理強いできる訳ないじゃん!

 


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