第37話

「タックさま。明日、行商人の方がいらっしゃいます」

「え? そうなんですか?」

「はい。昼間に合図の煙が上がっていましたので」


 村へ戻ってきて体を休めていると、アリーンさんがやって来てそう話す。

 なんでも行商人は村へ来る前に、色のついた煙を炊いて訪問を知らせてくるのだとか。

 が、山道を荷馬車を引いて上って来るので、煙が上がってから一日近く過ぎてようやく到着するのだという。


 そして翌日の夕方。

 アリーンさんの言う通り、行商人がやってきた。

 大きなサイのようなモンスターが引く荷車は全部で五台。

 護衛の冒険者が数人いて、こっそりレベルを確認すると平均して30ってところか。

 山賊連中より装備もレベルもしっかりしている。


 だけど二人ほど突出して高いレベルの人がいた。

 一人は男で二十歳ぐらいの、ずいぶん顔立ちの整った人だ。

 ただその服装が……ものすごく恥ずかしい。

 赤いベストに白のタイツ。見たくないところに視線が行ってしまう。


 そしてもうひとりは猫獣人の女の人。今の僕と同じぐらいの年齢だろうか。

 ただ露出がやや多めの服で、これはこれで目のやり場に困る。


 男のレベルは43で、獣人の女性は40。

 二人は商人と一緒に村長さんと話をしながら、時折僕らの方をちらちらとみていた。

 そして何故か手を振られる。


「お知り合いですか?」

「いや、全然」

「手振ってるわよ。振り返さなくていいの?」

「え!? ふ、振り返さなきゃダメ?」


 ルーシアを見ると、「さぁ?」と言って首を傾げる。


「ご挨拶をされたのですから、振り返してもいいと思うですよ」

「そ、そうかなぁ……うん、まぁ手を振るぐらいなら」


 正直、あの白タイツはないなと思う。

 だからあまりお近づきになりたくないのだけど、手を振るぐらいなら……。

 そう思って振ったのがいけなかったんだろうな。


 わずかに右手を上げ軽く揺らした瞬間――。


「おおぉぉぉぉっ」


 っと白タイツが声を上げて走って来た。

 思わず逃げそうになったけど、その前に白タイツに上げた右手を掴まれぶんぶん振り回される結果に。


「村長どのから話を聞いたよ☆ 君はボクの心の友だ!」

「うひっ。こ、心の友!?」


 嫌だ。止めてくれ。僕は変態にはなりたくない!

 こんな白タイツの変態と一緒にしないでく……あれ?

 視線を落とし、白いタイツと青紺色のタイツ――い、いや、これはちょっとピッチピチしただけのズボンだ。

 だってもっこりはしていないし、タイツじゃないんだ!


「服の趣味も一緒だ☆ミ」

「ち、ちっがーうっ!」






 ドラゴンの素材は村長の言っていた30万Lより少し高い、32万Lで取引されることになった。


「とはいえ、わたくしもそのような大金を持っての行商は無理でして」


 とは、この村で馴染みの行商人のオセロという名の中年男性だ。

 オセロ……覚えやすい名前だな。


「いやはや。小型とはいえドラゴンはドラゴン。それをこんな若い方々で倒してしまわれるとは。あ、ジャングさんは若くありませんね」

「うぐっ」


 若くないと言われ、耳を伏せてしまうジャングさん。

 まぁ気にするよねぇ。気持ちは分かるよ。僕だって日本人年齢は28だし……。


「いやぁ、ボクも君ぐらいの歳の頃に小型のドラゴンを倒したけど、あの時は苦労したねぇアリア」

「……そうでございますね。坊ちゃまがあそこで尻もちをついて、ズボンがお破れになられて、その時のビリビリという音でドラゴンに気づかれるなんて思いもしませんでしたし」

「うんうん。あの時は本当にボクもビックリしたよ♪ でも勝負下着を履いててよかった☆ミ


 ……そういうのは内緒にしておくものじゃないのかな。

 でも今の会話で僕にも分かったことがある。


 この白タイツ……獣人に対しての偏見とかがまったくない。

 だからアリアと呼ばれた猫の女性も、あんな風に言えるんだろうし。


「それでブレッドさま。わたくしはピタリー村への支払いのために、仔牛と子豚、それに野菜の種や苗を仕入れてこなければなりません。港から船で西に渡る予定でしたが、そうもいかなくなりまして」


 行商人たちが僕らと同じ港町を目指していたのか。

 ブレッドというのが白タイツで、口振りからするとそれなりの身分の人だろうか。


「あの方はきっと貴族ですね」

「見てくださいタックさま。行商人のオセロどのが腰を低くして話しているでしょう?」

「そう……いえば?」


 村長さんと話しているとき、背筋はしっかり伸びていた。

 柔和な笑みに手をもみもみするスタイルは同じだけど、あのブレッドという人と話をするとき、わずかに腰を曲げていた。


「商人が身分の高い者と取引するときは、ああするのだそうだ。オセロどのに聞いたから間違いはないだろう」

「へぇ。あの人、貴族なのか」


 確かに赤いベストは上質な生地っぽいし、白いタイツもまぁ……うん。

 飾りたててはいないけれど、汚れもない綺麗な服だ。

 ブレッドとオセロさんが何やら話し込み、そして急にブレッドだけが僕に向かってまた走って来る。


 全力で回避したい。

 

 そんな気持ちを抑え耐えていると、


「村長さんに聞いたよ。君たち港町を目指しているんだって? 船で西に行くなら、一緒にどうだろうか?」


 と言ってきた。

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