第25話

 翌日のお昼過ぎ。

 ようやく山間の村に到着した。


「意外と遠かったなぁ」

「そうでしょうか? 町から町まで徒歩で数日なんて当たり前ですし、私たちが育った村から一番近い町まで、半月はかかっていましたよ」

「タックはライド獣での移動に慣れすぎなのね」


 感覚がマヒしてるのは分かるよ。だってマップ移動なんて徒歩でも数分あれば終わってたし。

 ま、ゲームでの話だけどね。


「村に到着したはいいけれど、宿とかってあるのかなぁ?」

「あると思いますよ。峠の村なんかは、旅人の落とす路銀も大事な収入源ですから」

「タック、あの人に聞いてみてよ」

「え!? う、うぇ!?」


 僕が?

 人に聞く?

 無理無理無理無理。絶対無理!


 人間怖い。平気でうそをつくし、意味もなく人を傷つけるし。


「私が聞いてまいりますね」

「う、うん。アーシア、お願い」


 にこりと微笑んだアーシアが、僕に代わって村人の宿のことを聞きに行ってくれる。

 だけどその顔が一瞬だけ、不安そうな影を落としたのを僕は見てしまった。


 そうだ。

 彼女も僕のように人間が――人族が怖いんだった。

 それに僕とは違って、種族としてはっきりと迫害を受けているんだ。

 

 僕はなんてひどい男なんだ。

 僕は、優しい彼女に甘えてばかりで、卑怯な男だ。


 変わらなきゃ。

 幸いこの世界には、僕に人生を押し付け、そして捨てた両親はいない。

 自分が優れているからと蔑む兄も、僕の人格ではなく、お金だけが目的だった連中もいない。


 ここで変われなければ、もう一生引きこもりニートのままだ。


 アーシアを追いかけ、彼女が今まさに声を掛けようとしした村人の前に出る。


「タックさん?」

「あ、あのっ」


 声が上ずる。

 落ち着け。まず何を話すのか整理しよう。

 宿はありますか?

 そうだ。まずはこれだ。


「や、宿は、ああ、ありますか!?」


 村人は一瞬きょとんとして、それから僕らを見た。

 値踏みされている?


「おんや、旅の人かい? 珍しいねぇ。最近は峠に山賊が住み着いちまって、旅の人も通らなくなったんだけども」

「山賊……ってあの五人かな?」


 後半はアーシアへの質問。

 彼女は首を傾げたけれど、山賊と呼ぶにはあの人数は少ないだろうという。

 その会話を聞いていた村の人は、ビックリした顔で僕らを見た。


「お前さんら、山賊の仲間をやっつけたのかい?」


 分からない。昨夜、男五人組に襲われ返り討ちにはした。それが山賊だったかは、僕らには分からない。

 よ、よし。こんな感じか。


「わ、わ分かりません。き、昨日の夜男に襲われ倒しました。でも山賊だったかは、ぼ、僕らにはわか、分かりません」

「おおぉっ。そうかいそうかい。きっと山賊さねぇ。それで、宿を探してるんだったね。村長さんの家の隣が、宿になっちょるよ。案内するから、ついてきんしゃい」


 やった。やったぞ!

 しどろもどろだったけど、ちゃんと話が出来た。

 それのこのおじさん。僕らが山賊だろう奴らを倒したと聞いて、喜んでいるようだ。

 他にも山賊が残っているなら、倒してやりたいな。

 いや、むしろ残していくと、この村を襲うかもしれない。


「ここが村長さんの家じゃけん。宿の世話は村長さんところがしとるんじゃ。ちょっと待ってなさい」


 おじさんはそう言って一軒の家に案内してくれた。

 特に大きな家という訳でもなく、他の民家と同じ造りをした小さな家だ。

 といっても日本の一軒家が基準なので、これが普通なのかもしれない。


「タックさん、大丈夫ですか? 緊張なさったんじゃないですか?」

「ん?」

「さっき、村の方とお話したときです」

「ごめんなさいタック。アタシ、あんたが人族嫌いだってすっかり忘れてて」


 二人とも、僕の心配をしてくれているんだな。


「ううん。頑張ることにしたんだ。自分を変える努力をしようって」

「ご自分を変える?」

「うん。頑張るよ。ここには僕を虐げる者もいない。もし、この先現れたとしても、僕は抗って打ち勝って見せる!」

「タック……な、なによもう。きゅ、急にカッコよくなっちゃって」


 え? か、かっこいいかな?


「ルーシアは気づいていなかったのですか? 私はタックさんがカッコいいって、最初から知ってましたよ」

「え?」

「き、きき、気づいてなかったわけじゃないわよっ」

「ふふ。じゃあ最初からタックさんのこと、カッコいいと思っていたのね」

「あぐっ……あ、ほらほら、村の人出てきたわよっ」


 話題を逸らそうと家の戸口を指さすルーシア。

 だけど彼女の言う通り、戸が開いて人が出てきた。


 ひとりはさっきの村の人で「村長さんに話はしといたから、あとは直接話をしてくだせえ」、そう言って帰って行った。

 慌てて頭を下げたけれど、急なことでお礼を口にすることはできなかった。

 もうひとりがきっと村長さんだろう。

 五十代ぐらいの細身のおじさんで、どこか疲れたようすが伺える。

 畑仕事とか、そういうので疲れているのかな。


「私がこの村の長を務めております。さぁどうぞ。おはいりください。部屋のほうはすぐに用意させますんで」

「え、あ……は、はい」


 アーシアとルーシアも入っていいのだろうか。

 振り返って彼女らを見ると、村長さんが気づいたのか「お連れの方もどうぞ」と、そう言ってくれた。

 その声はとても優しく聞こえる。


「部屋、一つですか。二つですか」


 家の奥から野太い声が聞こえた。


「あぁ、そうだね。旅の方、お部屋の数はどうしましょうかね?」

「一つでいいわよ――「二部屋で!」」


 一部屋なんて僕が困る!


「だそうだよジャング。すまないけど、二部屋掃除を頼むね」

「分かりました。ちょっと待っててください」


 ジャング――村長さんにそう呼ばれた野太い声の主は――アーシアやルーシアのように、ふさふさの尻尾と耳を持つ、筋骨たくましい獣人の男性だった。

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