第20話

「地図とテントに毛布、鞄が三つ」

「ランタン、油、調理器具一式と食器、水筒」

「それから着替えの下着っと。こんなもんでいいのかな?」


 雑貨屋と服屋で買ったものだ。


「あと食糧ですが……タックさんがお出しするおにぎりがありますし、必要ないかなとも思います」

「ア、アタシはおにぎりがあれば別にいいわよ」

「ぷっ。二人とも、おにぎり大好きだなぁ。まぁたくさんあるから、今はいいけどね」


 他にも料理はいろんな種類がある。

 ステータス補正+1から+10まで。筋力から詠唱まで各種とり揃えてある。

 アイテムボックスの1スタックに99個まで入るが、全種類MAXで持っているので、食料は当分心配ないだろう。

 肉料理も魚料理も、そして野菜だってあるから、栄養の偏りも心配ないと思う。


 ただ飲み物だけはない。

 さすがに喉が渇いたからとポーションを飲むわけにもいかないし。

 そこでお湯を沸かすための鍋は買った。飲み物を注ぐ木製のコップも。

 調理器具はフルーツの皮を剥いたり切るためのものだ。


 市場で紅茶の葉を買い、町を出る。

 買った地図とゲーム仕様の地図を見比べ、違いの確認をした。


「特に地形が変わったりはしていないな」

「大きな火山の噴火や大地震でも起きなければ、そうそう地形は変わりませんし」

「だけど勢力図は大きく変わっているわよ。特にこのあたり――大陸の東側はね」


 ルーシアの言う通り、ゲームの地図を比べて帝国領が大きくなっているし、人族の国でも消えたところがいくつかある。

 東は獣人にとって住みにくい地域だというのもあって、僕たちは西を目指すことにした。


 さて問題なのがどのルートで西に行くかだな。

 この世界は大きく分けて二つの大陸がある。

 一つは今僕らがいる大陸で、Cを左右反転させた形に近いユラシア大陸。

 もう一つはCの左隣にあるLのような形をしたアレストン大陸だ。


 それぞれ陸続きではないけれど、間に小さな島がいくつもあって、それぞれ橋が架かっているから徒歩で渡れる。

 目的地はLのアレストン大陸。

 MMO『LOST Online』の始まりの地だ。


「ここから最短距離でアレストンに行くなら、橋ではなく船だよねぇ」

「そうですね。だけど船だとお金が……」

「え? いまさらそこ心配する?」

「……11桁のLを持つ男だものね、タックは」

 

 うんうん。お金のことなんて心配しなくていいんだからね。

 というわけで、紙の地図を見ながら港町へと向かおう。

 冒険者ギルドへの登録も、そこで済ませればいい。


 ライド獣ピュロロで颯爽と街道を進み、けれどさすがに大陸の端まではそう簡単には到着できなかった。

 途中の草原で野宿の準備をし、今夜のおにぎりは『梅干し』と『おかか』。


 外国人に梅干しを食べさせるとすごい顔をする。

 テレビ番組でそんなのを見たことあるけれど、二人はどんな顔をするんだろうか。


 ちょっぴり楽しみにしながら準備をしていると――。


「タ、タックさん。先ほどはその……ありがとうございます」

「え? 先ほど?」

「ほ、ほら。宿でのことよ」


 宿?

 宿賃のことだろうか。それともお風呂を先に使わせたことだろうか。それともベッド……。

 いや止めよう。ベッドだけは思い返すのはやめよう。


「アタシたち、あんたとは違う種族だし、獣人よ? けどあんた、そんなアタシたちのために……」

「怒ってくださいました」

「え……そ、そんなことでお礼を?」


 二人は頷く。

 異種族に対して親切な人族は稀らしい。

 盗賊から村を守る冒険者だって、お金が貰えているからであって、ボランティアではない。

 もちろん獣人族に雇われるぐらいなので、人族としては親切な分類なのだという。


「タックさんは私たちにこんな可愛らしい服をくださいました」

「タックはアタシたちに食べ物をくれたわ」

「タックさんは私たちのために怒ってくださいました」

「タックはアタシたちのために戦ってくれたわ」

「「ありがとう」ございます」


 そう言って、二人は深々と頭を下げた。


 僕はそんなことをして欲しくて怒ったんじゃない。

 僕こそ二人に感謝しているんだ。


 僕を……

 家族からも

 友人だと思っていた連中からも

 リアルを知る者全てから見放された僕を……


 優しいって言ってくれた。


 それがどんなに嬉しかったことか。


「僕は……僕は家族に見放されたんだ」


 それから僕は、二人にぽつぽつと身の上話を語った。


 父も母も叔父も、そして祖父と、僕の家は医者の家系だった。

 兄と僕は私立の幼稚園に通い、兄は小学校に上がる際に別の私立小学校に合格した。

 僕は……落ちた。


 市立の小学校に通い、中学でも私立を受験したがこれも落ち。

 高校では私立をいくつも受験させられ、全部落ちた。

 県立の、僕の成績で入れる高校。先生曰く「平均的な進学校だが、お前なら合格するだろう」という学校は合格。

 だけど親父が許さなかった。


「そんな平凡な学校! 我が家の恥になるだろうっ」


 そう言って通わせては貰えず、同時に小遣いは打ち切り。


 その当時まで友人だと思っていた連中も、突然手のひらを返して僕に冷たくあたるように。

 そいつらの目的が、僕が親からもらう小遣いだったとしったのは4月になってから。

 あいつらはお金のなくなった僕に価値はないと、笑いながら蔑み、僕を川に突き落としたんだ。


 泳ぐのが得意だったから溺れずに済んだけれど。


 その後も何度か呼び出されては、いわれのない暴力を受け……。

 以来、僕は部屋に引きこもるようになった。

 引きこもればそれはそれで、出来の良い兄が部屋の外で嫌味を言う毎日だったけれど。


 そんな僕が唯一、自分でいられる場所がオンラインゲームだった。


 その僕が今いるのは、オンラインゲームに酷似した異世界。

 その世界で僕は二人に出会い、そして優しいと言って貰えた。


「そんな君たちを蔑み笑うあいつらを、僕は許せなかった。僕を必要としてくれなかった、あいつらと同じ目をしているあいつらがっ」


 過去の自分を思い出したくない。

 僕は……タックとしてこの世界で生きて行きたいんだ。

 だからきっと、あの怒りの中には、自分自身が蔑まれたような気がしての怒りが混じっていたと思う。


 そして思い出したからにはふつふつと煮えくり返る感情が蘇ってくるわけで。

 そんな僕を挟み込むように、アーシアとルーシアが隣に立つ。


「私はタックさんを不要だとは思いません」

「アタシはタックのことを見放したりしないわ」


 二人はそれぞれ僕の手を取り、涙ながらに訴える。


「私はタックさんのことが必要です」

「アタシもあんたが必要よ。あんたは……どう?」


 僕の視界は水に濡れてはっきりと見えなかった。

 そんな中で僕はこう答えた。


「アーシア、ルーシアが必要だ。これからもずっと一緒にいて欲しい」


 ――と。


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