第19話

「どこの貴族のお坊ちゃまか知らねーが、こんな上玉の奴隷連れてのお散歩とは羨ましいねぇ」

「俺らにもおすそ分けしてくんねーかなぁ」

「そのあとで冒険者ギルドなりなんなり案内してやるよ」


 さっきはお金のことを言っていなかったか?

 

 人相の悪い三人組が現れると、宿のおっさんはさっさと奥の部屋へと逃げてしまった。

 しかもしっかり金貨を握ったまま。

 本当に汚い大人――いや、人族だな。


「しかしなんだねぇ、変わった服着てんじゃねーか。よく分かんねーが、興奮するじゃねえか」

「俺はこっちの赤白の服来た狐っ娘が好みだなぁおい」


 メイド服に巫女服。

 全男プレイヤーのロマンがビッシリ詰まった萌え衣装だ。

 まさか異世界でもこの萌えが通じるとは思わなかった。

 だからといってこいつらと仲良くするつもりはない。


「いえ、結構でございます」

「鬱陶しいのよ、あっち行って」

「うひょー。いいねいいねぇ。ボクちん気の強い女の子大好き」


 そう言って男がひとり、ルーシアの巫女服を鞘で捲ろうとする。


「や、止めなさいよっ」

「ひゃーっはっはっは。ずいぶんと威勢のいい奴隷さまだなぁ。ベッドの中でもそうなのか、ええ? 坊ちゃんよ」

「ひーっひ、ひーっひ。こっちの姉ちゃんも可愛いなぁ」

「や、止めてくださいっ」

「げひゃげひゃっ。止めてと言われても、止められましぇーん」


 なんで?


 なんでお前ら、笑ってるんだ。


 なんで?


 アーシアもルーシアも嫌がってるじゃないか。


 なんで?


 僕の脳裏に嫌な記憶が蘇る。

 以前、友達だと思っていたクラスメイトから……

 川へ突き落とされた時の記憶が。


 友達だと思っていたのに、それが違うと分かった時の――あいつらの笑った顔が。


「い、いやっ。止めてください。お願いしますっ」

「や、止めないとタダじゃおかないわよ!」

「ひゃーっはっは。どうタダじゃおかないって言うんだ姉ちゃん? ん?」

「ご主人たまはチビって動けないみたいでちゅよー」


 ――るさない。


「ん? 今なんか言ったか?」

「許さない」

「はぁ?」


 この異世界で――僕を優しい人だと言ってくれた二人を――笑いものにするのなんて――


「許さなかったら、なんだってんだ。えぇ? お坊ちゃまよぉ」


 男がひとり、僕に対して剣を抜く。

 その瞬間――


【悪漢のモブリが決闘を申し込んできました】

【受けますか? はい / いいえ】


 というメッセージが浮かぶ。

 なるほど。対人コンテンツは決闘システムと領土戦でしか実装されてなかったゲームだから、この世界ではこうなるのか。


 もちろん選ぶのは――


「はい、だ! "アイスストーム"!」


 唱えたのは氷属性最大魔法。しかもレベルは10。

 建物の中で炎はまずいだろうと、そう思ってのチョイスだ。


 消費MP2000と、正直一回唱えたらあとはない。

 これで黙らせられなければ、あとは指輪の力を借りるさ。


 宿のフロント内で、ゴオォォッと吹雪が舞う。

 敵を凍らせてダメージを与える魔法で、裏技としては魔法の効果が持続している間に氷を割ると、再びダメージを与えられる。

 ただこれをできるのは術者以外っていうね。


 氷漬けになった3人に追加ダメージは入らず。

 だけどインターフェースを開いて3人の残りHPを確認すると、バーは真っ赤になって辛うじて生きている状態だった。


 うっかり氷を割らずにすんでよかった。

 いきなり人殺しになるつもりはないし。

 もちろん、僕や二人に危害が及べば……あと一応この世界の法律がどうなのかも確認したうえで、それなりの報復はさせてもらうけれど。


「い、いい、今の音は――ひいっ!?」


 吹雪の音が気になって宿のおっさんが出てきたようだ。

 氷漬けになった3人を見て驚いたのか、そのまま床に座り込んでしまった。


「アーシア、ルーシア行こう」

「タ、タックさん?」

「タック?」


 3人組は氷漬けにしてやったけど、やっぱり腹が立つ。

 ギルドはまた今度でいい。とにかく今は、必要な物を買い揃えて町を出よう。

 

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