第17話
「ご主人様、本当にお先にいただいていいのですか?」
「あ、あんたのお金なんだから、あんたが先に入っちゃいなさいよ」
「いやいやいや。僕はこの隅っこで目を閉じて後ろ向きに壁のシミでも数えていますから」
それにここはやっぱりレディーファーストだろ。
あと彼女らに着替えを用意してあげないといけないし。ついでに自分の分も。
いっそ僕も海水パンツはくかなぁ。
「明日は着替えとかを買いに行こう」
「え? これで十分よ」
「そうですご主人様。この下着、とてもフィットしていいですよ?」
ごめん。それ、下着じゃないんだ……。
あ、そうだ。
「それ、水着と言って着たまま水に浸かっても――」
いいんだよと言おうとして思わず振り返ると、アバターも水着も脱ぎ終え、今まさにお風呂へ入ろうとしていた二人の姿を見てしまった。
「うぁ……」
「ア、タックさんっ」
「や、やぁっ」
「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん!」
壁のシミ! シミを数えるんだ!
シミが一本。シミが二本! おっぱいが三本!
「うわあぁぁっ。違うんだぁーっ」
ガンガンと壁に頭を打ち付けおっぱいを振り払う努力をする。
「ば、バカ止めなさいよっ。怪我するでしょ」
「そうですタックさん。わ、私は、その……気にしませんからっ」
僕が気にするううぅぅっ。
それから膝を抱えて蹲り、床にのの字を書いて時間が過ぎるのを待った。
二人が上がると、取り出しておいたパジャマと水着を手渡す。もちろん目を閉じて。
「まぁかわいい」
「フ、フリフリだわ」
「クマのぬいぐるみもセットなんですか?」
【クマちゃんと一緒ふりふりパジャマ】と題したアバター衣装だ。
アーシアはピンク色、ルーシアは水色のパジャマを着て、手にはもふもふのクマさん人形を抱えている。
そして僕は……。
「ふふ。タックさん、とってもかわいい」
「んふふ。いいじゃないタック。そのクマの寝間着、似合ってるわよ」
そそくさと風呂に入って汚れを落とし、着替えたパジャマは丸い尻尾はキュートなクマの着ぐるみパジャマ。
だって……男用のパジャマアバターがないんだよ!
この男女兼用のきぐるみパジャマしかないんだから、仕方ないじゃないか!!
恥ずかしいけれど仕方がない。
壁の紐を引いて鍵を開けてくれるよう合図を送ると、しばらくしてガチャリと音がいて扉が開く。
そして――
何も言わず、ただ口をぽかんと開けたスキンヘッドのおじさんと目が合った。
一難去ってまた一難。
「タックさん、どうぞベッドに入ってください」
「そうよ。タックのお金で泊まった宿なんだから、あんたが休みなさいよ。アタシたちは床でも平気なんだから」
クィーンベッドの前で二人がそう言う。
「それにここのお部屋、カーペットが敷いてあるんですよ。私とルーシアはここで大丈夫ですから」
「アタシたちにはこの自慢の尾があるもの。床で十分よ」
いや、だからって二人を床には眠らせられない。
美少女ゲームでこういうイベントが発生した場合、実際に床に寝かせた後好感度がかっつり下がる。
今の僕にとっては二人が頼みの綱なんだ。好感度は上げておきたい。
「ぼ、僕も床で寝るのには慣れている」
わりと本当。
「それに女の子を床でなんか眠らせられない。だからベッドは二人が使って欲しい」
僕の決意は変わらないとばかりに仁王立ちする。
二人は顔を見合わせ、またいつのも内緒話を始めた。
内緒話の間、だんだんとルーシアの顔が赤くなっていくのが見えた。
そうして話し合いが終わったようで、二人がベッドから離れて僕の下へとやって来る。
「いや、二人はベッドを――」
「使います」
「使わせて貰うわ」
「え? じゃあなん……え?」
がし。がしっと、左右からアーシアとルーシアに腕を掴まれる。
そのまま引きずられ、僕はベッドへと転がされた。
「私は右」
「アタシは左」
「「タック(さん)は真ん中」」
僕はうっかりしていたのかもしれない。
美少女ゲームでこういうイベントが発生したとき。
床で寝ることを拒否すれば、高確率で美少女と同じベッドで寝るルートになるということを。
「あ、タックさんの寝間着、もふもふで気持ちいい」
「本当。さわり心地最高だわ」
「は、はは……はははは」
【最高品質のもふもふクマさんの着ぐるみパジャマ】
お気に召していただけたようで、僕としてお嬉しい限りです。
でもこの状況……。
眠れない。
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