第16話
「へ、へ……部屋おおおっおか、おかりしたひぶっ」
「噛んだ!? タック……さま、また噛んだ!」
「ご主人様はこの宿で一泊したいと仰っています。お部屋はございますでしょうか?」
ごついおっさんNPC--じゃなくて、宿屋の主人に面と向かったところで、僕の緊張感はマックスに。
盛大に噛んだけれど、そこはうまくアーシアがフォローしてくれた。
「……奴隷連れか。クィーンなら空いてるぜ。風呂はどうする。悪いが共同風呂は奴隷お断りだ。貸し切り風呂なら使えるぞ」
「ではそれでお願いいたします。お代はおいくらでしょうか?」
町に入る前にお金の準備も済ませてある。
僕が持っているお金は取引時にデータとしてやり取りするものだったけれど、実際に取り出すこともできた。
アイテムボックス画面の右下にある所持金部分に手を突っ込むと、取り出す金額を入力する画面が出てきて、出せたのだ。
そんなこと人前でするわけにもいかず、前もってある程度の金額を取り出していた。
それをアーシアのエプロンに付いたポケットに入れ、支払いは彼女に任せた。
「宿泊費は3人で350L《ロム》。奴隷料金で追加200L。貸し切り風呂が100L。合計で650Lだ」
宿屋の親父の言葉に、隣のルーシアがぼそりと「ぼったくりだわ」と呟いた。
幸い、その声は宿屋の親父には聞こえてはいなかったようで、にこやかに支払いを済ませたアーシアへ鍵を二つ渡してくれた。
「こっちが風呂の鍵だ。入る前に自分で沸かしな」
「ご丁寧にありがとうございます。さ、ご主人様、まいりましょう」
「う、うん」
アーシアのメイド風奴隷が似合いすぎている件。
「クィーン……クィーンベッドってことだったのか……」
「まぁ大きなベッド! すごいですねタックさん。あ、ご主人様」
「ふかふかだわ。ぼったくるだけのことはあるわね」
部屋の大きさは僕が住んでいたマンションの部屋と変わらず。だいたい12帖ぐらいかな。
その部屋にどーんっと置かれた、クィーンサイズだろうベッド。
実際にクィーンサイズなんて見たことないけど、これはキングかクィーンでしょ。
「ご主人様、さっそくお風呂のお湯を沸かしに行きましょう」
「お風呂……あぁ、何日ぶりかしら」
そういえば僕も昨日は入っていないし、森を歩き回ったからずいぶんと汚れたな。
ベッドのことは忘れよう。僕は床で寝ればいい。
うん。パソコンデスクで寝落ち慣れしてるし、平気だ。
「ところでルーシア。さっきぼったくりだって愚痴っていたけど、相場だとごのくらいなんだろう?」
「ア、アタシも詳しくは分からないけれど……アタシたちが住んでいた村にも宿はあって、人族から高いお金を取っているとケチをつけられるの。だから最小限の価格に抑えてて、ひとり15Lだったわ」
桁がひとつ違った。
「村に来ていた人族の冒険者さんの話ですと、人族の町でも安いところはその位だそうです」
「20から30Lで泊まれるって、聞いたことがあるわね」
「それでもやっぱり1桁違う……」
「このお部屋がきっと特別高いのだと思います」
「だけどあの宿屋の主人、ほかにも空いている部屋があるのに、嘘をついてアタシたちをこの部屋に通したわね」
そういえば宿に入る前、窓の明かりが半分以上ついていないから確実に空いているだろうからここを選んだんだった。
「ご主人様のお洋服が上等な生地ですし」
「それを言うならアタシたちのもそうよ」
「見た目で金を持ってると思われたのか……まぁ、はした金だからいいけどさ」
所持金は11桁あるから、特に気にもしないけれど。
「あれ? どうしたの二人とも」
「……あの金額をはした金だと仰るなんて……」
「……どんだけブルジョアなのよ……」
い、いや、別に不正なお金じゃないよ!
公式ショップのアイテムを露店に並べておけば、ゲーム内通貨は増えていくし。
アイテムなくなれば補充して、また放置露店して。
これ繰り返せば11桁のお金なんてすぐだよ、すぐ。
なんて話しても分かってくれないもんなぁ。
「と、とにかくお風呂だ。お湯を沸かそう、うん」
宿の裏手にある風呂専用の施設へと向かい、番頭みたいなスキンヘッドの強面の人にアーシアが鍵を見せると、その男は僕をみてニヤリと笑った。
な、なんですか? 怖いんですけどなんですか?
「湯をお沸かしになるんですね。薪を使ってじっくり沸かすか、それとも焼き石を投げこんで一気に沸かすか。どちらがいいです?」
スキンヘッドの強面おじさん。見た目に反して丁寧な話し方だ。
よく見るとこの人、首に鉄の輪をはめている。
この人も奴隷か。
見た目は人族だけど、奴隷は獣人に限った話ではないようだ。
「タック……さまは、今すぐ入りたいの。焼き石がいいわ」
「そうかい。じゃあ50Lだ」
「ここでもお金を取るっていうの!?」
「どうどう。お、落ち着こうねルーシア」
語気を荒げるルーシアを後ろから羽交い絞めにして落ち着かせ、その間にアーシアがお金を支払う。
お金、あとでもう少し出しておかなきゃなぁ。
「へっへ。まいど。それじゃあこっちの風呂ですぜ。タオルはサービスでついてますんで、自由に使ってくだせぇ」
「ありがとうございます」
アーシアがお礼をいうと、そのおじさんは鼻歌を歌いながら案内をしてくれた。
見た目より、いいひとなのかもしれない。
そうして案内された風呂には、特に脱衣室もなければ一般的な家庭で見る風呂より少しだけ大きなサイズの風呂釜がどーんと置いてあるだけ。
その風呂釜におじさんが持った鉄製のバケツから、赤くなった石をどぼどぼと入れていく。
そしてあっという間に風呂の水から湯気が昇り始めた。
「じゃあ、お楽しみに。ヒヘヘヘヘヘ」
そんな笑みを浮かべ、スキンヘッドのおじさんは出て行った。
出て行ってさらに鍵までかけられた!
いい人じゃない! 絶対いい人じゃない!
「お出になるときは、そこの紐を引いてくだせぇ。そしたら鍵を開けますぜ」
「な、なんで鍵を閉めるんですか!?」
「そりゃあ旦那、奴隷に逃げられちゃあ困るでしょう。そんじゃああっしは風呂の番をしやすんで」
いや待ってえぇぇーっ!
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