第14話

「ご、ごご、ご主人様っ」

「ルーシア、声が裏返ってます。もっと自然に呼ばなきゃダメです」

「わ、分かってるわよっ」


 僕たちは今、イリスの森を南に出たところへといる。

 地図ではこのすぐ先に町があるけれども、そこだと昨夜の奴隷商人ご一行と遭遇するかもしれない。

 奴らは森の北に向かったし、目的地が帝国領だとすると東に行くのもまずい。

 西にもすぐに町はあるけれど、それだとやっぱり遭遇することも考えられる。


 ということで、森を抜け、マップを二つ超えた先の小さな町を目指す予定だ。

 まぁそう遠くはないはず……そう、思っていた。


「お、おかしい……半日以上歩いているのに、まだマップ一つも超えてない!」

「タックの地図が見えないからなんとも言えないわね」

「ルーシア、ご主人様が無理なら、せめてタック様って呼んでくださいね」

「うっ……タ、タッ、タックひゃまっ――ぐぅっ」


 噛んだ!

 今思いっきり噛んだ!


 そんなことで、僕たちは町へと到着するまでに奴隷とご主人様としての役割を身に着ける練習をしている。


「ご主人様。例えばイリスの森からここまでの距離と、ここから町までの距離は、どのくらいの差がございますか?」

「そ、そうか。それから計算すれば、あとどのくらいで到着するか分かるはず。ありがとう、アーシア」

「もうご主人様。奴隷にお礼なんか言ってはいけません」

「えぇっ。そ、それぐらいいいじゃないか。ほ、ほら、奴隷思いの優しいご主人様ってことで」

「そ、そうね。設定をもう少し考えましょう。例えば、奴隷商人の下から逃げてきた、可哀そうな双子の獣人を匿うために奴隷にしたとか。ね? いいでしょ?」

「ルーシア……。それじゃあ今の私たちそのものです。だいいち奴隷商人の下から逃げてきたってバレちゃってるでしょう?」

「はぅっ」


 ルーシア、てんぱってるなぁ。さっきから尻尾の毛が何度逆立ったことか。

 なんていうか彼女、典型的なツンデレキャラなんだよね。


「あはは。もういっそうさ、ルーシアは気の強い反抗的な奴隷っ娘ってことでいいんじゃないかな? それをアーシアが窘める。そのほうが自然でいいと思うよ」


 二人は僕の死んだ父親と信頼関係にあった奴隷の娘で、あちこちのダンジョンを巡っていた。

 二人はそのまま僕の奴隷となったけれど、僕たちも親と同じように各地のダンジョンを巡る旅をしている。

 そんな感じでいいんじゃないかな。それなら僕らの職業も不審がられることもないし。


「いいですね、それ」

「いいんじゃない、それ」

「でしょ? さて、次の町までは……」


 森を出てとっくにお昼も過ぎ、おにぎり休憩も終わっている。

 4時間は歩いただろうか。

 それで現在地はイリスの森の隣のエリアにいるはずなんだろうけど……


「おかしいな。隣のエリアに移動したら、自動的に地図が変わるはずなのに」


 とっくに森を出ているっていうのに、地図はいまだにイリスの森のまま。

 強いて言えば現在地を示す青い丸が、地図の中央下のところでずっと止まっている。


 不具合かな?

 そう思っていたころ、ようやく地図が変更された。


「もう夕方だ……こんな所で野宿するのは嫌だなぁ」


 大きな岩や木々が点在する平原。

 モンスターも出るだろうし、何より草の上で寝ることになる。

 昨日の遺跡内での野宿も、腰が痛くてよく眠れなかったしなぁ。


「町はまだ遠いようなんですか?」

「うん。たぶん……まだ結構遠いと思う」

「先の方を見ても町はおろか、灯りすら見えないから村もなさそうね」

「仕方ない。この辺で野宿をしよう」


 食べ物があるのは幸いかもしれない。あとは枝を集めて薪にすれば……いや、薪あるじゃん!


 大きな岩の陰で野宿することになった僕らは、まず焚火の準備をした。

 アイテムボックスにある『薪』を取り出す。

 ゲーム内ではこの薪を使用すると勝手に火が点き、その火に『札』アイテムを投げることでバフ効果が得られる。


 その薪を取り出すと、立派な薪数本が紐で括られた物だった。

 これにファイアダガーを当てると、じわぁっと煙が出てやがて火が点いた。


「よし、これで火はよしっと」

「タックさまはなんでもお持ちですね」

「美味しいおにぎりは本当に最高だわ」

「あと寝る場所が用意できればいいんだけどね。さすがにテントはないんだ」


 テントは未実装アイテムだったからなぁ。

 他にそれに代わるものはないかとアイテムボックスをお探していると……あった。


 騎乗用ペット。

 マップの移動を楽にする動物だったりモンスターだったりなんだけど、その中でもガチャ専用の複数プレイヤーが同時に乗れるタイプのもの。

 単純に大型モンスターというのもあるけれど、中には人力車や馬車タイプのものもある。


 馬車の中ならソファーだろうし、少しは眠れるんじゃないかな。


「二人は騎乗用ペットって知ってる?」


 僕は目的の馬車付きペットが封じ込められた卵を取り出し、そう尋ねる。


「ライド獣のことでしょうか?」

「人を乗せるアレでしょ?」

「あぁ、そうか。正式名称はライド獣だったね。馬車付きのそれを持っているんだ。今夜はその中で寝よう」


 決して広くはないだろうけど、草の上で寝るよりはいい。


「タ、タックさんはライド獣をお持ちなのですか!?」

「人族でも、貴族や大富豪ぐらいしか持ってないのに……タック、あなた本当に凄いわね」


 え?

 そ、そうなのかな。NPC売りのライド獣なんて、誰でも普通に持ってたけど……。

 300年の間に変わったのか、それともゲームだからなのか。


 とにかく放り投げた卵からは、アルパカが二頭、その後ろに四人乗りの馬車が現れた。


 うぅん。ゲーム内で見るのと実際に見るのとでは、結構違うなぁ。

 中を開けてみたけれど、とてもじゃないが三人は眠れそうにない。


 幸いなのは御者台があったこと。そしてクッションが敷かれていて、ここでなんとか眠れそうだ。

 あとは装備品のマントを取り出して毛布代わりにして眠る。

 バッチリだ。

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