第10話

「おはようございます、タックさん」

「お、おはよう……タ、タック」


 翌朝、ルーシアが僕の名前を呼んでくれるようになった。

 二人は獣人で、人族を嫌っている。

 そしてこのタック・・・は、人族としてキャラメイクしてある。

 どうやら僕が知っている『LOST Online』より、かなり種族間の仲は良くないようだ。


 だけどなんていうのかな、最初からわりと友好的なアーシアはいいとして、ルーシアがそうなったのはやっぱり……。


「お、おにぎり食べるかい?」

「まだアレがあるの!?」


 ルーシアの物凄い反応。

 これって餌付けっていうのかな?


 昨夜おにぎりを食べた後、ステータスを見ると確かに筋力が+1されていた。

 効果時間はたぶんゲーム仕様と同じ30分だ。時計がないので確かめる術はない。


 ステータスが+1される料理なら僕にも作れるし、筋力ならいいか。

 シャケおにぎりを三つと、それプラスリンゴも三つ取り出してひとり一つずつ食べた。

 

「本当に美味しいですね、このおにぎりというのは」

「タックが泣くほどだもの」


 いや、あれはその……。

 こんな異世界に突然やってきて、それでも口にしたおにぎりは普段コンビニで買っているおにぎりと同じで。

 それで不思議と涙が零れたっていうか。


 みんな、どうしているんだろう。

 あ、いけない。また泣きそうだ。


「そ、そうだ。ふ、二人には職業があったよね。武器があれば戦える?」


 昨日のクエスト報告でのレベルアップと、MPを極限にまで増やす装備――といってもノービスでも装備できる物――で固めて、なんとか1800まで増やすことが出来た。

 これで初級魔法なら、安心して撃てるようになっているはずだ。

 それでも魔術師なんて、MPがなければただの肉壁でしかない。いや、壁にもならないだろう。

 なんせ防御力がゴミだから。


 戦える人数は多いほうがいい。


 二人が頷くのを見て、僕はアイテムボックスから片手剣と弓を取り出した。


「じゃあアーシアには弓を。ルーシアはこっちの片手剣を。二人のレベルが分からなかったし、初級装備なんだけどどうかな?」

「レベル? タック、あんたが言っている言葉は、時々アタシたちには分からないわ」

「それに何もない所から突然物を取り出したり……」

「えぇっとこれは……」

「まるでマジックアイテムね」

「え?」


 マジックアイテム?


 聞けばその昔、神々が地上に様々なマジックアイテムを送ったのだという。

 そのアイテムの中に、物をたくさん収納できる鞄があったのだとか。


 あぁ……課金アイテムにそれあるね。僕も持ってるよ。

 神々って、まさか開発会社のことだろうか。オンラインゲームでは、よくそういう表現をすることがある。

 ゲーム内で運営がアナウンスすることを『天の声』といい、ゲームマスターが出てくると『神降臨』とか言って弄ったものだ。


「そう。これ、マジックアイテムなんだ。はは、ははは」


 そういうものがあると認識されているなら、そういうことにしておいたほうが便利だろう。

 そう思ったのだけれど、二人のようすがどうもおかしい。


 ひそひそとささやき合い、やがて二人は僕を見て興奮気味にこう言った。


「「神の使い!?」」


 どうしてそうなるのか……。






「今から約300年前、当時がオウル歴と呼ばれていた時代に、多くのマジックアイテムを駆使して魔物と戦う方々がいらっしゃいました」

「だけどオウル歴312年。突然彼らはいなくなってしまったわ」


 その消えた人々を、この世界の住人たちの一部では『神の使い』と呼ぶのだそうな。


 オウル歴312年……。まさに僕がプレイしていた『LOST Online』の時代だ。

 突然消えたってことは、もしかして地震によりサービスが困難な状態になったとか、そういうのだろうか。


 彼女らの話はまだ続く。

 神の使いがいなくなったことで、当時種族間紛争をやめようとする組織の力が弱まってしまった。

 そうなると調子に乗るのが例の、獣人族の国に戦争を仕掛けていた――


「ボルストン帝国です。獣人族の国は、帝国によって滅ぼされたです」

「ちょうどその頃、地底で眠っていた邪神が復活したの。帝国は生き残った獣人族を囮に使い、再び邪神を封印することには成功したわ」

「獣人族を囮に……」


 予想していたストーリーと、ずいぶん違う方向に進んだな。

 お互い手と手を取り合って、巨大な悪と立ち向かう……そんな方向に進むと思ったのに。


「今はリウラ歴299年よ」

「私たち獣人たちは、帝国に故郷を滅ぼされてからばらばらになって、少数氏族で暮らすようになったです」

「邪神が眠っていた地が、アタシたち獣人族の国。それもあって、獣人族は肩身の狭い思いをしているわ」


 偏見と差別により、彼女らの種族は人族の奴隷として働かされることもある。

 もちろん、奴隷商人に攫われ、売り飛ばされればの話ではあるけれど。


「全ての人族がそうではないんです。中にはタックさんのように、優しい方もいらっしゃいます」

「ふんっ。良い人族より、悪い人族のほうが多いわよ。第一見分けなんてつかないんだし」

「で、でも村を守ろうとしてくれた人族の冒険者もいたじゃない」

「お金で雇われていたからでしょ。勝てないと分かると、さっさと逃げていったじゃないの」

「うぅ。でも、でもぉ」

「ま、まぁまぁ二人とも。と、とにかく今の話で、なんとなく状況は分かったよ」


 僕がゲームとしてプレイしていた時代から、今は約300年後。

『LOST Online』のようでどこか違うと思ったのは、時が経ちすぎていたからなんだろう。


 それにしても、多種族連合が邪神を倒して世界を平和に導く……そんなストーリー展開になるだろうと思っていたのに。

 どうしてこんなことになったのか。


 開発会社はこんな結末のゲームを開発していたのか。

 いや、そもそも開発なんて存在したのか?

 もしこの世界の神様が、何かの理由で自分の世界をゲームとして地球人に追体験させていたとしたら。


 うぅん、謎だ。

 とりあえず考えるのはよそう。今はこの世界で生きていくことだけを考えなければ。


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