第6話

 獣人族は嗅覚、聴覚に優れている。

 というのは、オンラインゲームでもあった設定だ。

 だけどMMOで嗅覚聴覚とかそもそも未実装なんだけど、ここは異世界。

 僕には聞こえない音を聞き取り、追手から逃げるのに最適なコースへ向かって走っている。


「ね、ねぇ。はぁはぁ、追手って、な、何から追われているんだい?」


 前を走る二人は振り向くことなく同時に「奴隷商人」、そう答えた。

 あぁ、奴隷狩りにあったと言っていたけど、売り飛ばされる前に逃げてきたのか。

 その追手が迫っているってことだな。


 奴隷商人か……。やっぱり悪党なんだろうな。

 もし二人が捕まれば、僕も一緒に捕まるかもしれない。

 そうなったら……。


 手持ちのアイテム全部奪い取られるかも!?


 困る。

 毎月こつこつとガチャを回して蓄えた全財産ともいうべきアイテムたちだ。ゴミも混ざっているけど、それだって大事なものなんだ!


 それに、この二人からいろいろと教わりたい。

 この世界のことを。

 第一、今の僕が唯一信用できる人間――いや、獣人なんだ。


 奴隷商人は人族だろうし、ならそいつらは人間だ。

 人間怖い。人間怖い。


「捕まりたくないーっ!」

「ちょっと、大きい声出さないでよっ」

「ルーシアもぉ」


 慌てて僕とルーシアが口を手で覆ったが、遅かったようだ。


「あっちで声がしたぞ!」

「早く捕まえて戻るぞ。ったく、手間かけさせやがって」


 そんな男たちの声が聞こえ、馬蹄がこちらに向かって近づいてきた。

 ヤバい。見つかる!


 こんな時に役立つアイテムかなんか、なかった――ある!

 隠れんぼイベントで使う、『姿隠しのマント』!


 急いでアイテムボックスを開き、これを取りだ……どうやって取り出すんだ!?

 うわあぁぁっ、間に合わなくなるよっ。


 そ、そうだ。装備すればいいんだ。

 ひとまずマントをダブルクリックで装備して――。


「ひぅっ。タ、タックさん?」

「な、なんで消えたの? え? なに、どうした――きゃっ」

「二人とも静かに。こっちに来て」


 彼女らの手を引き、大きな木の根元へ。


「さっきはなんで消えたのよ」

「話はあと。二人とも僕にピッタリとくっついて、このマントの中に隠れて。奴らがどこかに行く間、絶対に動いたり喋ったりしないように。姿隠しの効果が切れてしまうから」


 じっとしていれば姿を消すことが出来る装備。

 ただしゲームではカメラアングルを変えようとマウス操作をしただけで効果が切れる。チャットを打っても、ダメ。もちろん動くのもだ。

 また範囲攻撃スキルでも炙り出されてしまう、若干微妙装備なため戦闘時には使えない。


 そして今――僕はその場から逃げ出したくなる衝動と、叫びたくなる衝動を抑えていた。


 右には金髪のアーシアがピッタリと。

 左には銀髪のルーシアがピッタリと。

 身を屈め、二人は僕の体に抱き着くような感じでくっついていた。


「マ、マント閉じなきゃ」


 さっとマントで二人を包み込み、いろんな衝動に耐え忍ぶ。

 右側はまだいい。

 問題は左だ!


 くっ……なんで……なんでこんなに柔らかいんだ!

 むにゅって、むにゅってしてるよ!


 この双子、毛色だけじゃなくて体形にも違いがあった。

 おっとりとした雰囲気のアーシアは貧……ごほん、つつましいサイズの胸。

 気の強そうなルーシアはメロン級の胸を持っていた。


 ぼ、僕は特に胸のサイズに拘りはない。むしろリアル女性に縁などないし、一生独身だろうなと思っていたから考えたこともなかった。


 でも今、右と左に挟まれ、僕の思考はショート寸前なんだ。

 つつましいのも良い。メロンもまた良い。


「おい、見つかったか?」

「いや……声は確かにこっちの方からしたんだが」

「奥に逃げたんじゃないのか?」

「っち。早く見つけねーと、夜になっちまうぞ」


 馬に乗った男が5人、僕たちを探してやってきた。

 その距離わずか5メートルほどだけど、見つかっていない。

 そして男たちは森の中の道を、そのまま奥へと馬で走り去って行った。


 それから3分ほど耐え、我慢の限界に達した。


「HUOOOOOOOO!」


 ばばばばばっと二人から離れ、別の木に手をついて呼吸を整える。

 お胸さまがひとつ。お胸さまが二つ――ちがーう!

 こんなんじゃ整うものも整わないだろう!


「ど、どうかしたのかおまえ」

「タックさん?」

「ちょ、ちょっと待って。い、今落ち着くから」


 落ち着けなければならないのはアレだ。

 今まで二次元でしか元気にならなかったってのに、なんでここで!


 ちらりと後ろを見ると、心配そうに眉尻を下げ見つめるアーシアと、不振そうに見つめるルーシアがいて。彼女らの耳と尻尾は、感情豊かに動いていた。


 あぁ、そうか。

 あの二人、僕が大好きな2次元キャラそのものなんだー。はっはっは。

 って笑ってる場合じゃないだろうっ。

 落ち着けー、落ち着けー。彼女らは二次元のようでいて、今は三次元なんだ。

 僕だってゲームのキャラそのものになったけど、これは三次元なんだぞ。リアルなんだぞ。


 あ。

 リアルだと思ったら、急におとなしくなった。

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