第5話

「う……あぁ……」


 目の前で起こっている出来事に、僕の頭が付いていけていない。


 目の前には赤々としたドーム状のものが見える。

 まるで溶岩を風船のように含まらせたようなソレは、しばらくするとしゅーっとしぼんで消えてなくなった。


 残ったのは大きな炭。


 コボルトキング剛腕のボブは、完全に燃え尽きて炭化していた。


 範囲外にいたコボルトが数匹残っていたが、それを見てキャンキャンと悲鳴を上げ逃げて行く。

 追いかけるべきか。仲間を連れ戻ってくるかもしれないし。

 いや、ボスはここで死んだんだ。仲間といっても残りは雑魚しかいない。

 戻ってこないだろう。


 しかし、魔法のエフェクトがゲームと少し違うなぁ。

 なんていうか、よりリアルになったというか。エグい?


「あ、そうだ。アーシア、ルーシア、二人は大丈夫だった?」


 振り向くと僕の後ろに二人の姿が。

 双子は肩を抱き合い、さっきの僕と同じように炭と化したボブをじっと見つめている。

 

 二人は……プレイヤーではない、んだよな。

 プレイヤーだったらインターフェースのことも知っているはずだ。

 ということは、NPC?

 

 いや、ここがゲームに酷似した異世界だっていうなら、現地住人か。

 その二人が驚いているってことは、今のフレイムバーストは、そうそうお目にかかれる魔法ではないのかもしれない。


「お、おーい。あの、その……だ、だいじょうる?」


 僕のコミ症はリアル対人にのみ発動する。

 だからオンラインゲームでは普通にチャットでの会話もできるし、ゲーム内なら人あたりだって悪くない、はず。

 野良でのパーティーだって参加できるし、イベントを開いたりだってできる。


 でも、これが現実となるとそうはいかない。

 一気に緊張しまくって、噛みかみになってしまう。


 だけど今ここで噛んだことで、場の空気が変わったようだ。


「だ、だいじょうる、ですって。ふふ。ゾ、ゾンビさん噛んでます」

「ぷふ。なにあんた、そこで噛んじゃうわけ?」

「ルーシア、笑っちゃダメです。ゾンビさんは私たちを助けてくださったのだもの」

「アーシアだって笑ってるじゃない。あとこいつ、やっぱりゾンビじゃないわ。ゾンビだったら魔法なんて使えないし、もし使えたとしても自滅するような炎の魔法は、絶対使わないわ」


 笑われた。でも悪い気がしない。

 だって二人とも、超がつくほどの美少女だから。

 まぁゲームのNPCが美男美女だってのはあるあるだけど、実際にリアルで見れるなんて思ってもみなかった。


「あは、あははは。ちょ、ちょっと緊張しちゃって。はは。そ、それで、怪我はない?」


 僕のスキルに回復系はない。ただしレベル1回復魔法が使える永久版の指輪は持っている。

 怪我があればそれを使うつもりだったけれど、どうやら二人は無傷のようだ。


「あ、あの。僕の名前は、タ、タ――」


 人に……自分の名前を名乗るのっていつ以来だ?

 あのマンションを買うとき、不動屋さんで名乗って以来なんじゃ……。

 

 19歳でジャンボ宝くじの1等が当たって、それまで俺を蔑んできた父親から逃げるようにして家を出て、田舎で一人暮らしを始めた時だから……。

 9年ぶりか。


 き、緊張する。


「タ、タックです!」


 言えた!

 言えたぞ!


 思ったほど、出来ないこともないもんだ。

 ここが異世界だとしたら、俺が恐れている人間はここにはいない。


 小学校のお受験に失敗して、毎日顔を合わせるたび舌打ちする親父や、ため息を吐くばかりのお袋。

 自分が勝っているからと、弟の俺をパシリのようにこき使う兄貴や、同情するような目で見る家政婦たち。


 そんな奴らはここにはいない。

 いるのは目の前の綺麗な狐少女たちだけだ。


「こ、ここがどこだか分かりますか? 僕、迷子なんです。自分がどうしてここにいるのかも分からないんですっ」


 異世界から来ました――そう言って信じて貰えるかも怪しく、その点は伏せて自分の置かれた状況を説明した。

 気づいたらここ――というか土の中?


 そんな風に説明すると、二人は神妙な面持ちでお互いに見つめあい、それから頷きあった。


「あんた死んでたんだから。本当よ」

「確かめました。心臓は動いていなかったです」


 死んでいた……だから二人は穴を掘って埋めたのだという。


「人族は憎いけど、死んだ奴はもう人族でもないから」

「人族は怖いですけれど、死んじゃった人はかわいそうですから」

「人族が憎い? 怖い?」


 二人は頷き、彼女らは先日、奴隷狩りにあって市場に売り飛ばされるところだったのだと話す。

 あの首の輪っかは、奴隷の証……なのか。


 俺の知っている『LOST Online』とどこか違う。

 人族は多種族を蔑んでいたが、奴隷にはしていなかった。

 単純に仲が悪く、相手を罵ったりちょっとしたことで喧嘩したり、そんな感じだ。

 ただゲーム内に出てくる一つの国だけは、獣人族の国を奪い取ろうと戦争を仕掛けていたが。それも去年のアップデートで阻止された。

 種族間での差別を無くし、一致団結しよう――という流れだったハズ。


「人が来るっ」

「え?」

「ルーシア」


 アーシアとルーシアが頷きあう。


「タックさん」


 アーシアが手を伸ばし、僕も一緒に来いと言ってくれた。

 僕は考えることなく、その白くて細い手を掴んだ。

 

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