第3話

 なぜこうなったのかは分からない。

 分からないなりに受け入れなければ。


 ここはMMO『LOST Online』に酷似した世界だ。

 このゲームは人族、獣人族、妖精族がお互いに仲が悪くて、小競り合いを続けていた――という設定だ。

 主に人族が他を虐げていただけでもあるけど。

 サービスが開始されて1年後のアップデートで、魔物の背後に巨大な悪の影がーなんてのが出てきて、その正体が邪神だというのがストーリーイベントで分かる。

 3勢力の中で一部はお互いに協力しあって、邪神を倒そうってことになり、その一部が要はプレイヤーだ。


 今回のアップデートで邪神の正体も分かるハズだったんだろうけどなぁ。


「そ、それで君たちはその……獣人族だよね?」


 僕の手が届かない距離、それでいて銀髪の子が持つ木の枝が届く距離。

 彼女は威嚇するように鋭い視線で僕を睨み、もう片方の子は怯えたような、それでいてどこか興味津々な目で見ていた。


 まだ気持ち悪さは残っているけれど、現実と向き合わなければならない。

 それに彼女らは人間じゃない。

 そう、僕が苦手な人間じゃ……。


「はぁ……だんまりかぁ。こんな時、ゲームだとESCボタン押せばインターフェースがひた……開いた!?」


 突然僕の視界にゲーム画面と全く同じインターフェースが映り込む。

 まるでSF映画に出てくる、ホログラムモニターみたいだ。


 あ、二人の名前も頭の上に浮かんでるぞ。


 金髪の子がアーシア。

 名前の下に青いバーがあって、ゲームと同じ仕様ならこれはHPの量を表しているんだろう。

 その横に丸いアイコン。描かれているのは弓か。


「ア、アーシアは、アーチャー……かい?」

「ひぅっ。ル、ルーシア。このゾンビさん、私の職業クラスを言い当ててます」

「正解か。そっちのルーシアはソードマンだね」

「くっ。ど、どうして知っている! それになぜ名前をっ」


 インターフェース画面で丸わかりだけど、それ以前に君らさっきから名前で呼び合ってるし。


 っとそうだ。どうやらゲーム仕様のままなようだし、今のうちに装備とかしておこう。

 えぇっと、アブソデュート・ハイクオリティ・ハイウィザーズローブ+10っと――ん?


【その職業では装備不可能です】


 そんなメッセージが浮かぶ。

 いや、その職業って……あ。


「ああぁぁっ! エ、エタノビ!?」


 慌てて視界の下のようにあるステータス画面を開くアイコンに触れると、別ウィンドウが浮かび上がる。

 そこにはステータス一覧と、そして僕のキャラクターグラフィックが表示されていた。


 僕、タックの姿のまんまなのか?


「あ、あの……。僕って今、赤紫色の目だったりする?」


 二人に尋ねると、完全シンクロ状態で頷いた。


 ゲームキャラの姿で転生――いやこの場合転移?

 えぇい、どっちでもいい。とにかく実際の僕、東堂晃とうどうあきらじゃないってことだ。

 そしてキャラグラの僕は、半そで短パンという、なにかの罰ゲームのような恰好をしていた。

 いや、初期装備なのは分かってるよ。分かってるけどね、実年齢より10も若い18歳設定で作ったキャラで、短パンはないだろう。


 と、とにかく着れる物を探そう。

 アイテムボックスは課金で上限いっぱいまで拡張してある。

 装備品タブも10。1タブ80種類入れられて、ネタも含めて700以上持ち歩いている。ガチャ産のダブったものもあるけれど。

 それら装備も、そして各種アイテムもちゃんと持ったまま転移できたようだ。


「これとこれ……これから武器も一応……うわ、武器装備すると、そのまま手に持ってしまうのか。鞘とかは――ないのね」


 手持ちの武器でノービスでも装備できるのは、やはり短剣だ。

 チェリーがくれると言っていたアレとは程遠いけれど、ファイアダブルパワーダガー+8を装備しようと思ったけれど……。

 鞘はなく、直接手に持たないといけないのは危なっかしい。


 ショートカットに登録しておくか。

 とりあえず装備持ち換えようでセットしていた、F1の杖と交換しておこう。


「あんた、さっきから何している?」

「空中で手をわさわさしてるの、どうしてですか?」

「え、えぇっと、アイテムボックス内の確認とか、その、ショートカットキーの登録とか?」

「アイテムボックス?」

「ショートカットキー?」


 双子は揃って首を傾げ、僕を奇異な目で見る。


「インターフェースとかないの? ほ、ほら、スキルのレベルを上げたり、ステータスを開いたり」

「インターフェース?」

「ステータスを開く?」


 え……ここってゲーム仕様なんだろう?

 なら、みんな出せるよね?

 そう尋ねてみたけど、二人は首をこてんと傾げたまま、今度はかわいそうなものでも見るような視線を向けてくる。


 や、やめてくれ。僕はそんな目で見られるのが凄く嫌なん……ん?


「アーシア、逃げるわよっ」

「ル、ルーシア」


 二人が突然走り出す。アーシアは眉尻を下げ、こちらへと振り向いた。


 待ってくれ……。

 右も左も回らない今の状況で、ひとりにしないでくれ。


 追いかけようとしたその時、二人の前方に犬が現れた。


『ウオォォーンッ』


 二足歩行で立ち、手には短剣と盾を持って――


「コボルト?」

『グルオオォォォォッ』


 木々を揺らす雄たけびを上げながら茂みから出てきたのは、先に登場したコボルトより二回り以上大きな――筋骨たくましい犬だった。


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