105.試し焼き 三

「お疲れ様です、四谷さん! 見回りですか? その服もとっても似合ってます!」


 小湊さんの弾む声に振り向くと、青を基調にした法被はっぴに袖を通した四谷さんがそこにいた。


「はは、ありがとうございます。とはいえ、私一人だけこの格好というのはやはり照れますね……」


 四谷さんはあまり目立ちたがらない人だ。先頭に立ち、目立つ仕事はいつもゲンジさんが行い、その右腕として青年団を支えている。だからこのように目立つ格好をするのは気恥ずかしいのだろう。


「一人だけ? どうして一人だけなんですか? みんなで着れば盛り上がるのに……」


 千佳と俺、特にその『一串入魂ひとくしにゅうこん』と筆字が躍る黒ユニフォームに目を向け、勿体ないと小湊さんは続けた。辺りを見回す。確かに屋台の準備をしている顔なじみの青年団員は誰も法被を着ていない。


「これですよ、これ」


 四谷さんはやれやれと、手にしていたバインダーをこちらにみせてくれた。そこには夏祭り申請準備書類とお題目が書かれている。


「外のかたもいらっしゃってますので、誰が主催者か分かりやすいように着ています」


 外の方とは青年団以外の屋台をすることになっている人たちのことだろう。

 身内には取り仕切っているのが誰かなんて分かりきったことだからなんら問題ない。が、外から来た人には事務的に取り仕切っている人が誰かなんてすぐには見分けられないだろう。このような場ではなおさらだ。であれば、すぐに誰か分かるように法被を着るのは確かに良い方法で、なおかつスマートに確認作業も進むというものだ。


「なるほど、そうだったんですね。……順調ですか?」


 とはいえ、事務作業が四谷さん一人だけというのはさすがに仕事量が多すぎる気がする。だが、そういう意味ではなんら気にしていないというように四谷さんは頷いた。

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