78.フードコート 一

 無事に牛とろ丼を手に入れ、カレー店からフードコートへと移る。飲み物は麦茶のペットボトルが売っていたのでそれを買った。

 それなりに卓は埋まっているが、空いてる場所を見つけてそちらに着いた。それぞれの昼食を広げる。


「なぁ、本当にそれだけでよかったのか? 足りなくないか?」


 俺の頼んだカレーと見比べると、千佳の頼んだ牛とろ丼がやけに小さく見えた。皿と器の違いもあるのかもしれないけれど、それにしたって量が少ないように見える。


「ふふ、そんなに食べれませんよ。逆にハーフサイズがあったから注文できたくらいです」


「そうか?」


「そうですよ。さ、いただきましょう?」


 もしなんだったら後でまた追加すればいいか。とにかく今は目の前のカレーに手をつけてしまおう。


「いただきます」


「はい、いただきます」


 一口含むと、ガツンと香辛料が味覚を刺激して鼻腔に抜けた。やけにドロっとしたルーに見えたが、納得の濃厚さだ。

 二口目、三口目と食べ進める。食べ始めは濃厚さが勝っていてそうでもなかったが、ヒリヒリとせり上がりだした辛みに思わず咳き込んだ。


「ッゴホ、っゲホ!」


 ペットボトルを開け、一気に流し込む。


「背中さすりますか?」


 箸を止め、立ち上がりかけた千佳を手で制す。


「大丈夫、大丈夫だから。これめちゃくちゃ辛いわ……」


 一度に半分がなくなったペットボトルに眉を顰めながら大きく深呼吸した。

 辛口は嫌いではないし、むしろ好きな方だけどこの辛さは別格だ。このドロドロなルーが喉に絡みつき、凶悪な辛さになっている。


「そんなに辛いんですね……、ちょっと待っててください、もう一本買ってきますね」


「あ、待っ」


「いいですから、祐司さんはそのままで」


 そんなに気にしないで欲しかったが、結局千佳は買いに出てしまい、一人卓に残された。


「……カレーは失敗だったか」


 ここまでは順調だったのに、と一人ごちる。

 計画では今日一日、千佳をエスコートする筈だった。それがカレーによる醜態で道半ばになってしまうとは。


「っく、素直に牛とろ丼にしておけば」


 いや、まだ完璧に失敗したとは決まってないか。


「食べ切れたら、少しは見直してくれる、か?」


 これで食べ残しでもしたら、それこそ千佳にマイナスな印象を与えてしまう。……今のうちに少しでもかっ込んでおくか? 辛口で食べるのが遅れて千佳を待たせるというのもまたネガティブ材料になるかもしれないしな。


「祐司さん、お待たせしました。はいこちら追加で二本買ってきました」


「助かる……」


 千佳にいいところを見せる。それが今回の目的だ。


「無理しなくていいですからね?」


 それはできない相談だ。ニコニコと笑う千佳が恨めしいが、カレーを選んだのは自分。とにかく少しでもプラスになるように、今はカレーに挑むしかない。まるで毒沼のようにすら見え出したドロドロのルーを掬いあげ、無心で口へと運び続けた。

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