73.記憶の鍵 三
ソラで仕草を繰り返してみても分からない。
「あ、ぁ、ぁあああ」
「? ゲンジさん?」
唸り声にそちらを見ると、引き攣った顔でゲンジさんは固まっていた。
「思い、出したぁあああっ! そうだよ、嬢ちゃんの悩みごとっ、あぁあああああ!」
野太い咆哮を打ちあげ、
「祐坊、嬢ちゃんはな!? あんとき、それ、俺が教えたんだよ! まっさかそんな、いやだがそうか、そりゃ嬢ちゃんも、あぁあぁああああああ!」
興奮冷めやらぬとばかりに叫び続ける。
「ゲ、ゲンジさん?! なにが……」
「おい祐坊、それだけか!?」
「そ、それだけ?」
「指切りだよ! 嬢ちゃんとしたのは、その一回だけか!?」
あまりの剣幕にたじろいでしまいながらも頷いた。
「あ、ぇっと……俺がここで、足を滑らせて落ちたときに、ここの崖下で、千佳が大泣きしてて」
「はぁあああ!?」
「それが最後、の筈です」
事故に関わること、記憶を刺激することとして、指切りもタブーという意識があった。
「話せ……」
「ゲンジさん?」
「祐坊。お前は、あの日のことを覚えてるのか? 落ちたときのことだ、記憶があるのか?!」
「あ、あります、けど、全然、はっきりしてないし」
「それでいい! いいから教えてくれ!」
小湊さんに話したように、あの日のことをゲンジさんに話す。といっても、あくまでうなされる悪夢のことだ。正確にあの日のことを覚えているかと言われたら違うだろうけれど。
「なぁ、祐坊。もう一度だけ聞かせてくれ。嬢ちゃんに誘われて、ここに来て――」
「崖際に向かう千佳を追いかけて、けどドジして足を滑らせて」
今、向日葵が生えている崖下のあの場所で倒れていた。
「それで二度目の指切りをした、と。間違いないな?」
「はい。そっちもなにを約束したか覚えてません」
泣き止ませたいと思っていたことは確かだ。けれどそちらについてもさっぱりだ。
「いいかよく聞け、祐坊」
悪い予感がした。けれどガシッと両肩を掴まれながら、真正面から目を覗かれて。
「あの日崖から落ちたのは――嬢ちゃんだ」
そう突きつけられてしまっては、冗談や嘘と笑うことさえできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます