6章

74.新たな一歩 一

「祐司さん、どうして起きてきてるんですか」


 散歩にでも行こうかと部屋を出たところ、居間にいた千佳に気づかれ見咎みとがめられた。


「ちょっとは出歩かないと逆にだな……、分かったわかった、戻る、戻るよ」


 ぐいぐいと肩を押され、あえなくベッドに逆戻りする。外の空気を吸いたいけれど、ちょっとも出してもらえずじまいだ。


「せめて今日くらいはじっとしていてください」


「あぁ」


「もう、昨日倒れたこと覚えてますか? なにかあったらすぐ呼んでくださいね?」


 千佳が部屋を出ていく。遠ざかっていく足音に、一人溜息を吐いた。

 昨日の話の途中。急に立ち眩みがし、ゲンジさんに連れられて診療所に向かった。眩暈と頭痛の症状から、軽い熱中症と診断され点滴を受けた。

 千佳にはゲンジさんがうまく伝えてくれたらしい。

 診療所に押し掛けてくるかと思ったけれど、帰りもゲンジさんが迎えにきてくれた。

 なんなく家に戻ることができたが、千佳の看病? はそこからだった。 経口補水液のペットボトルが冷蔵庫に詰められていて、かけつけ一杯とばかりに一本差し出され……色々あったが、うんざりするほどの介助だった。


「大したことじゃないんだけどな」


 熱中症とは言われたが、恐らくそれとは関係なくて。


「もしそれが本当なら俺は……」


 背を向けてきた代償だろうか、それが真実だとしたら。


「いや、違うか」


 話を聞いて、取り戻した欠片もあった。だとしたらではなく、間違いなくそうなんだ。


「そうなると。千佳がヒーローに、は別の話か」


 小湊さんが言っていた話。それもまた、根本から違ってくることになる。そもそも小湊さんに聞いてもらった夢の出来事が間違っていたのだからそうなるだろう。

 けれど。


「悲劇のお姫さまヒロイン


 千佳にそうであってほしいと、俺が無意識的にも望んでいるかもしれないという見立てには刺さるモノがあった。刺さる、ということは当たらずも遠からず、無自覚でもそういう風に見ているふしがあったということだろう。


「……決めた」


 この夏に、これまで引きずってきたことすべての決着をつけようと。

 そのためには、これまでずっと受け身だった今の自分を変えなければならない。

 うまくいかないかもしれない。

 須藤には、らしくないと笑われるに違いないし、小湊さんにも迷惑をかけるだろうけど。

 それでも振り向かせたいと思ってしまったものだから。


「しかたないよな」


 早速ゲンジさんに電話をかける。お礼とお詫びもそこそこに本題を切り出して、


「花火大会、やってください。はい、あらためてお願いします。えぇ、決めました。そこでひとつお願いが――」


 ここからはもう、戻れない。

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