72.記憶の鍵 二

「嬢ちゃんの悩み事? なんだそりゃ?」


 どう聞いていいか迷った挙句、出てきたのはそういう聞き方だった。


「あの日の前のことだったと思います。千佳が変なことを言って、何かを約束したんです」


 うまく説明できないことがもどかしい。


「前のこと……」


 ゲンジさんは顎に手をあて空を見上げる。記憶を手繰っているようだ。


「きっと、それが分かれば俺も動けると思うんです」


 うまく言葉にならなくて、それが確かとも言えないけれど。


「って言われてもよぉ。その変なことってぇと?」


「千佳が言ってたんです。オトナになると、って」


「……ん? そんだけか?」


 あまりに手掛かりが少なすぎる。やっぱりこれだけでは、ゲンジさんを困らせてしまうだけかもしれない。


「はい……。その約束がなにか、知りたいんです」


 夕焼け小道のあの夢は、自分の無力さ、弱さを突きつけてくる大きな足枷でしかなかったけれど。そこに意味があるのなら、それを見つけられたなら。


『篠森祐司。アンタを救おうとしてるんじゃない? そう、相楽さんはヒーローになろうとしてるのよ』


 小湊さんは、千佳がなかったことにしようとしたのは俺に欠陥があるからだ、と言っていた。千佳に悲劇のヒロインを押し付けている。そんな歪な関係のままでは、破綻することは目に見えていると。

 だから。このトラウマを解決することができたら。一歩進めるに違いなく……、それに。また千佳に救われるだなんて恥ずかしいだろ。


「なぁ祐坊、どうして俺に聞いたんだ? もしかして嬢ちゃんは、俺にもその悩み事を言ってたか?」


 ゲンジさんはまだピンと来ていないらしく、首を傾げたままだった。


「おそらく。千佳は言ってたんです。その解決方法をゲンじいから聞いたって」


「おぉ、そりゃまた懐かしい呼び名だな、オイ。そういや嬢ちゃんからそう呼ばれたっけか」


「それで、ゲンジさんからその答えを聞いて約束したんです」


「どんな約束だ?」


「どんな、って。ただの約束ですよ」


「いや、嬢ちゃんの悩みなんだろ? だったら祐坊に関係ねぇじゃねぇか。それともあれか、嬢ちゃんに頼まれたって意味だったか?」


「頼まれごとじゃなくて……普通の約束ですよ」


「ってぇと?」


「ただこうやって……」


あの日にそうしたように、指をひとつたて見えないそれと結ぶような仕草をし、


「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲~ます、ちぃぎった」

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