62.玉子串 二

「へぇ~」


 小湊さんが近づいてきた。小湊さんの視線は、ボウルの中でかき混ぜられている玉子に向けられている。


「何か気になるか?」


「篠森も料理できるんだ。すごいね」


「料理は昔からしてたし、今は一人暮らしだからな」


 嫌でも作れるようになる。


「え、そうなの? 一人暮らしって家族は……って聞いてよかったかな」


「あぁ、大した理由じゃないよ。親の転勤について行かなかっただけ。ピンピンしてる」


 小湊さんは見るからに胸をなで下ろし息吐いた。


「そっか、訳ありだったらどうしようかと思ったよ。ねぇねぇ、それは今なにやってんの?」


「それ?」


「その、びよーんって箸持ち上げたり斜めにしたりしてるの」


白身しろみを切ってるんだよ。黄身と混ざりやすいようにして、焼き上がりの時のムラをなくすようにするんだ。それで、ボウルを傾けて混ぜるのは空気を入れないようにするためだよ。気泡が入ると、そこが焼けたときに穴が空くんだ。だからそうならないようにこうやって混ぜる」


 一、二個ならすぐに終わるし見た目にも大差ないが、八個分となると少し念入りに切っておかないとマズい。味にはあまり関係ないが、焼き上がりで分かりやすいまだら模様が生まれてしまう。


「すごいね、料理人だ~。店、ひらけるんじゃない?」


「玉子混ぜてるだけで大げさな……」


 こんなちょっとしたことで褒められるなんてむず痒い。


「祐司さん、出来てますか?」


 千佳の手元を見ると、あらかた具材の準備は出来ており、フライパンを火にかけていた。

 ちょっと喋りすぎたか。


「あぁ、もうちょっと」


 醤油、砂糖を加え、風味調味料を濃いめで合わせてさらに混ぜる。


「へー、ほぉ~」


 ……覗き込む小湊さんがすごく近い。

 普段なにも考えないで作っているが、そんな感心されてしまうとこっちが勘違いしてしまう。


「まだですか祐司さん」


「あ、悪い。はいよ」


 ボウルを千佳に渡すと、小湊さんの視線もそのままついていく。

 ここから先は焼いて具材を混ぜるだけ、今のうちに皿をだしておこう。


「わ、すごい良い匂い!」


 溶かした玉子がフライパンに注がれると、ふわっと香りが広がった。


「なにこれ、なにこれ、めっちゃいい匂いなんだけど!?」


 そりゃ風味調味料濃いめだからな……。その香りが立ったんだろう。

 千佳の手は止まらない。フライパンに半分ほど注いだところですかさず具材を投入し、さらに玉子を注いでいく。


「おぉ……」


 ある程度固まってきたところで上下で半分に切り、くるくるっと巻いていく。


「すごっ、崩れてない!」


「そんな大したことないですよ」


「いやめちゃくちゃすごくない!? 篠森

 できる?」


「無理だよ」


「やっぱり!」


 普通は二本まとめてなんてこともしないが、そこは千佳の腕が為せる技だ。

 仕上がった厚焼き玉子をぱぱっと皿に移し、千佳は二回目の焼きに移る。

 その間に俺はそれぞれを四人分に切り分け、竹串を刺していく。最後に紙コップへ入れれば食べ歩きスタイル玉子串の完成だ。


「うっわぁ~、なんか輝いて見えるよっ!」


「もう少しで次も焼けますので、温かいうちにどうぞ」


「いいの? それじゃ向こうもってくね!」

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