33.此花神社 三

「それにな、笑うっつっても色々あんだ。自棄ヤケになりかけてたのかもしれねぇし、いい気になってた己のことを、あざけったのかもしれねぇさ。おめぇ達の大事な時に、俺ぁ酒浸りしてんだからよぉ。手を引かれながら思ったものさ。なにも見ねぇ振りをして、祭りに戻りてぇってな」


「……」


「見るまでは本物じゃねぇ、認めなければ、それはただの悪い夢。酔っ払いがうなされてみた悪夢。それこそ笑い話になるだろう?」


 事故そのものを認めなければ。悪い夢から目が覚めて、祐司と千佳がいつも通りに遊んでる。それをゲンジさんは夢想したんだ。


「けれど、来てくれたんですね」


「言っただろ。酔いはどっかに飛んでったんだ、悪夢を見ているワケがねぇ。だとしたら、俺がやらなきゃならねぇことは決まってる。酔いつぶれて地面にキスしておねんねよりか、たとえ千鳥足でふらついていようがな、家に帰って寿司折り手渡すべきなんだ」


 起こってしまったことは仕方ない、ならば後はどうするか。きっとそういうことなんだろう。よりよい結果を得るために、逃げずに立ち向かったんだ。


「おめぇを見つけたときゃ息が止まったね、ほんと。ズタボロで、背中がざっくり裂けててな、シャツが真っ赤に染まってて、頭からも血ぃ流れてて。おめぇも話しくれぇは聞いてるだろう?」


「それはもう、嫌になるほど聞かされました」


 傷に関しては医者から何度も説明された。崖から落ちた後、俺は斜面を転がり落ち藪にぶつかっていたらしい。

 肩口から脇腹にかけ、何十針と縫う大怪我だった。しかし裂傷そのものは綺麗に裂けていたそうで、深い傷でもなかったらしい。滑落中に岩にぶつかり切ったのだろういう見立てを受けた。頭も打っていたが、記憶の混濁程度で済んだのは、むしろ不幸中のさいわいだったと言われたっけ。


「嬢ちゃんと俺が救急車に乗ったんだがよ、嬢ちゃんはずっと『なんで、なんで、なんで』ってぼろぼろ泣いて、泣き止まなくて。おめぇはよ、嬢ちゃんの泣きっ面ぁ、見たことあるか? 俺ぁ、あれから一度足りとも見てねぇよ」


 千佳の泣き顔か。思い出すのはどれも笑った顔ばかり。


「俺ぁよ、嬢ちゃんを泣かせてぇんだ。……おっと、誤解しないで欲しいんだがな。嬢ちゃんはほんと、強い子に育ったからな。毎度嬢ちゃんは笑ってんだ。それが辛ぇんだよ。……子供らがここを遊び場にしてることも知ってたんだよ俺は。ちょっと考えりゃ分かることだった、俺が封鎖しときゃこんなことにゃならなかったんだ。責めてくりゃいいのに、嬢ちゃんはそれすらしねぇ。いっつも笑ってやがる。こっちの身にもなれってもんだ」


 それは……でもゲンジさんは命の恩人で、こっちがやらかしただけで。だから感謝こそすれ恨む道理はどこにもない。


「俺ぁな、祐司。お前らにやり直してほしいんだ。新しくなったこの場所で、また一からな。だからよ」


「……」


「思いっきり泣かしてくれねぇか?」

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