32.此花神社 二
斜面の縁に沿うように、新たな道が出来ていた。緩やかな坂道を二人で上る。
「バリアフリー、つったか? 工務店の奴らが言うにゃあ、年寄りでも楽に上れる作りだそうだ。柵に手すりをつけたりだとか、大人二人が並んで通れる道幅だとか……。まぁ予算の都合上、街灯にゃあ手が出せなかったんだけどな」
ゲンジさんは右手の柵から下手の境内を覗きつつ、この真新しい坂道の安全確認をしている。
「夜に来る場所でもないですし、大丈夫でしょう」
それこそ夏祭りでもなければ夜に来る場所じゃない。
「そうかい、そりゃなによりだ。まぁ来年にはつけられるだろうけどなっ」
緩やかな坂道を上る。
あの日に千佳に手を引かれて上った道は舗装もされていなかった。暗闇の中、懐中電灯だけを頼りに鬱蒼と立ち並ぶ木々の間を抜け。枝葉の隙間から煌めく小さな星明かりを見上げながら歩いた。
繋がる手から伝わる
「さってと、着いたぜ!」
何の苦労も感じずにすんなりと着いた見晴らし台も、綺麗に整備されていた。
ゲンジさんは突端の柵に両肘ついて寄りかかる。
「どうだ、すげぇだろ? 来年はこの場所にブルーシートでも敷いて、特等席を
「……どうと言われても」
「俺ぁよ、おめぇさん達に悪いことをしちまった。本当に、申し訳ねぇことをした」
それは、あの日の出来事に違いなく。
「…………」
ゲンジさんはただ遠く、景色を眺めていた。
「あの日、俺ぁ本部のテントで酒ぇ呑んでいたんだよ。キンキンに冷えたビール片手に、花火をツマミに人でごった返す境内を眺めてたのさ。みんな出払ってて……、俺が纏め上げたんだ、ってぇ浮かれてたんだ」
本部テント、一人でビールを嗜むゲンジさん。きっとその辺に何本も、空缶を転がし赤ら顔をしていただろう。
「そんな時にやって来たのが嬢ちゃんだ」
「……」
あの日に何があったのか。後ろめたい気持ちもあり、千佳はもちろんゲンジさんにも聞けなかったし、聞かされたこともなかった。
「
懐かしむのとまた違う、それは不思議な声音の笑い声。
「どうしてそこで笑うんですか」
咎めるような声が出た自分にはっとして、慌てて否定した。
「ぁ、そうじゃなくて、これは……」
「いいさ。不謹慎、って言いてぇんだろ?」
責めたいわけじゃない。無力だった自分が情けないやら恥ずかしいやら、それを突きつけられたような気がしたんだ。
「人間なぁ。どうしようもなくなった時、こう、笑いが込み上げてくるもんなんだ。そりゃ嬢ちゃんが
そうか。ふっと分かった気がする。笑ったんじゃなくて、笑うしかできないんだ、ゲンジさんは。
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