22.かなとなお 一

「……迷子かな」


「かもしれません。落ち着いている様子ですし、大丈夫かもしれませんけれど。少し見てきてもいいですか?」


「あぁ、うん」


 女の子の顔には焦りも不安も浮かんでいないように見える。あのくらいのとしでは、見知らぬ場所で一人ぼっちになってしまうと心細くて泣いてしまうものだけど、この子にそんな様子はない。

 大きなバッジをしていることから、自分達と同じように遠足かなにかで来ているのだろう。もしかすると何度も来たことがあって、勝手知ったるなんとやらなのかもしれない。


「あれ、なにかあった?」


 一段落したのか、そこには声を弾ます小湊さんと消耗した須藤がいた。なにか声をかけた方がいいのかもしれないが、触らぬ神に祟りなしとのことわざもある。ここは須藤の様子には気づかない振りをして、こちらの話をしよう。


「千佳が見つけたんだ。もしかすると迷子かもしれない」


 僕たちの視線の先では、千佳がしゃがんで女の子に話しかけている。


「ふぅん? その割には平気そうに見えるけど」 


「だな。なにかあればそれはそれ、時間はあるんだし寄り道くらい大丈夫だろ」


 小湊さんの言葉に須藤も同意し、もし迷子だとしてもそれはそれで対応できると続けた。

 確かに、メガジップラインを回らないことにして手頃な頂上行きを決めたんだ。時間なら有り余っている。

 と、そんな話をしていれば女の子の手をひいて、千佳がこちらに戻ってきた。


「こちら、かなちゃんです」


「かなです、よろしくおねがいします!」


 元気のいい挨拶に少し面食らってしまう。連れてきたってことは迷子なんだろうけど、この子には不安のカケラもないらしい。


「こんにちは、かなちゃん。よろしくね?」


 小湊さんに続き、僕と須藤も挨拶を交わす。その後、千佳がかなちゃんの現状を話してくれた。


「どうやら、一緒に回っていたお友達とはぐれてしまったみたいで、かなちゃんは心当たりの場所を探していたところらしいです」


「なおくんはすぐいなくなっちゃうんだから、もう」


 千佳のアイコンタクト。なるほど、かなちゃんには迷子の自覚はないらしい。

 わざわざ指摘することでもないし、泣かれたりするよりはこのままがいいだろう。


「そっか、それは大変だね。ねぇ、今日はなお君といっしょに来たの?」


 かなちゃんの目線にあわせてしゃがみこんだ小湊さんが、手がかりを得ようと声をかける。


「んーん。きょうはね、えんそくで、なおくんといっしょしてたの」


「ここに来るのは初めて?」


「いっぱいきてるよ!」


「そっか、そんなとこでいなくなっちゃうなんて、なお君もドジだね」


「そうなの! だから、しっかりもののわたしがみつけてあげるの!」


 かなちゃんは自信満々な声で頷く。


「お姉さんだね、かなちゃんは」


「えへへ~」


 まんざらでもなさそうに笑うかなちゃんに、今度は須藤が声をかけた。


「それで、なお君の特徴は?」


「とくちょう?」


 まだ小学校低学年くらいのかなちゃんに、『特徴』なんて言葉は難しかったのかもしれない。


「あー、えーっと、どんな子かっていうことかな」


 訊き返されるとは思ってなかったようで、しどろもどろになりつつ須藤が答えた。


「あ、わかった!」


「お、おう、それでなお君の特徴は?」


「なきむし! すぐうじうじして、こう、まえがみをいじいじってしてる!」


「……あー」


 元気のいい返事に、須藤は困った顔を浮かべるしかない。不思議そうに須藤を見返すかなちゃんに、すかさず小湊さんが声をかけた。


「いきなりそんな難しいこと聞かれても、分かんないよねー」


「ねー!」


 息ぴったりで、まるで年の離れた姉妹のようにすら見えた。


「そ、そうか」


 にっこりと笑い合う二人に、須藤はタジタジと引き下がることしかできない。須藤が訊きたかったのは、なお君がどんな格好をしているのか、太ってるのか痩せてるのか、メガネをしてるかしてないか、そういうことだったのだろうけど……。どうにも聞き方が悪かったらしい。

 そして後を継ぐ形で小湊さんは言葉を繋げる。


「なお君も困っちゃってるかもしれないし、早く見つけてあげないとね。そうだ、お姉ちゃん達にもなお君のこと、一緒に探させてもらってもいいかな?」


「いいよ!」


「ありがとう」


 小湊さんはもうかなちゃんと打ち解け合っていた。かなちゃんを見つけ手を引いてきた千佳といい、そういう面で僕や須藤はかないそうにない。


「それでかなちゃん、なお君はどんな服きてるか教えてくれる?」


「えっとねぇ、わたしとおなじふくで、きいろいぼうしかぶってる!」


 かなちゃんが今着ているのは体操服だ。つまり体操服姿の黄色い帽子を被っている男の子。


「背の高さはどれくらいですか?」


 今度は千佳が訊く。


「えっとねぇ、これくらい!」


 持ち上げられた手はかなちゃんの目線くらいの高さだった。身長はなお君の方が低いらしい。

 そうして二人が率先してなお君のことを聞き出していく。と、はぐれたときの状況も見えてきた。


「ここでトランポリンのコースに行って、その時はなお君も一緒だったんだ?」


 小湊さんが確認する。


「うん、それで、うえについて、もどったけどいなかったの!」


「そっかぁ、それは大変だったねぇ」


「たいへんだったの!」


 かなちゃんはやれやれと肩を落とす。


「教えてくれてありがとう。ちょっとお姉ちゃんたちでなおくんが居そうなところ、考えてみるね?」


「わかった!」


 かなちゃんは素直に頷いた。


「……祐司さん、どうですか?」


 千佳の問いかけに、今の考えをそのまま口にする。


「体操服に黄色の帽子、かなちゃんよりすこし背の低い男の子。学校で来てるみたいだし、一人で歩いてたらそれだけで目立つよね」


「ですね」


 それこそ千佳が声をかけたときのかなちゃんのように、あたりをキョロキョロと見回したりしている筈だ。服装さえ分かればあとはどうとでもなる気がする。


「トランポリンコースから行って、戻ってきたってことは同じトランポリンから戻ったんだ。それでなお君が見つからないってことは、もうひとつしかないよね」


 一度、頂上に着いたかなちゃんは、同じコースでこの入口に戻ってきた。そしてここにもなお君はいない。


「あ~、つまり上の展望台になお君は向かったってことか。まぁなんか広いみたいだしな、ちょっとした店もあるんだろ? そこで入れ違いになった感じか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る